不和
1
僕には妹がいた。御加賀清子という名前で、性別こそ違えど、僕に負けず劣らず美しい容姿をした妹だった。
ただ、今はもういない。消えてしまった。
彼女が消えたのは去年の秋である。僕は高校二年生で、彼女は高校一年生だった。もっとも、通っていたのは火津路高校ではなかった。僕が親元を離れると同時に生まれ育った土地を遠く離れ、この土地で一人暮らしを始めると同時に火津路高校に転入したのは今年のことである。云うまでもなく、妹の消失が密接に関係している。
妹が消えた理由は分かっている。その責任の一端は間違いなく僕にあるのだから当然だ。
つまり自業自得なのだ。僕が彼女に、最愛の妹にもう二度と会えないというのは、まったくの自己責任で、だから受け入れなければいけないのだ。
未練なんて抱くのは、おこがましい話だ。
僕には罰が下るのを待つことしかできない。
そのときは絶対に来る。これは確信している。
妹を救えなかった僕には、破滅が待っている。
今はそれまでの、ほんの僅かな猶予期間である。
2
放課後になり、通例どおりに美化委員会の教室へ赴こうとした僕は、廊下で自分の目を疑う事態に直面した。
帰宅しようと、あるいは委員会活動に行こうと、あるいは別の予定があるのでも、ないのでも、何でもいいが、とにかく慌ただしく行き交う生徒たちのなかで、ひとりだけ、僕を待ち構えるかのように立っている男子がいた。事実、待ち構えていたのだと思う。
僕はその男子を知っている。
「お久し振りッスね、御加賀先輩」
気さくな感じに笑うその顔は、一年前からまったく変わっていない。
内心は揺れ動いている僕だが、それを表に出さないよう、いつも通りの格好良い僕であろうと意識しつつ応じる。
「うん、久し振りだね、巫和くん。巫和正太郎くん」
「あれ、覚えていてくれたんスね。巫和くんは欣喜雀躍の思いッスよ。敬愛する御加賀先輩、御加賀清吉先輩に名前を覚えてもらえてるなんて、こんなに自慢できることはちょっと他には思い付かないッス」
相変わらず、わざとらしい顔の立て方をする子だ。
「ところで、どうして此処に? しかも火津路高校の制服まで着て」
「あれ、そんなの考えたら分かるじゃないッスか。そんな間抜けな質問をするなんて御加賀先輩らしくないッスね。鬼の霍乱とはこのことッスね。答えは簡単、巫和くんは火津路高校の生徒だからッス」
「はは、悪い冗談にしか聞こえないな」
僕としたことが、笑顔が引きつってしまっていることだろう。
「弐年申組の生徒ッスよ。先月あたりに転校して来たんス。敬愛する御加賀先輩を追いかける格好で、巫和くんもこの火津路高校にやって来たんスよ。ほら、御加賀先輩がいなくなってから、あの高校、めっきり詰まらなくなっちゃったんで」
あの高校……僕が以前通っていた高校。巫和くんはそこの生徒だった。消えてしまった妹と違って彼は消えても死んでもいなかったが、しかしもう二度と会うことはないとばかり思っていたのに、まさかこんな場所まで追いかけて来るとは……。
「挨拶に来るのが遅れてしまってすンません。慣れるのに苦労しましてね。落ち着いてから伺おうと思ってたんスよ。ところで御加賀先輩、美化委員会なんて面白そうな委員会を組織しているんスよね? 聞いたッスよお。是非、見学させて――」
「駄目だよ。うちの委員は全員が僕の信奉者でね、君のようなどこの馬の骨とも知れない男が来たら嫌がること必至だ。僕は委員のみなを大事にしている。彼女達を不快な思いにさせるなんて以ての外さ」
「そう邪見にしないでくださいよ。傷付いちゃうなあ。心配しなくても、その委員のみなさんが御加賀先輩から巫和くんに鞍替えするようなことはないッスよ」
「当然だ。この世で最も格好良い僕からどうやったら他の男に心移りできるのか、そんな方法があるなら教えて欲しいくらいだよ」
「そうッスよ、そうッスよ。なので是非是非――」
「駄目だよ、巫和くん。君にはオブラートに包んだ云い方では通じないようだね。この際だからはっきり云っておこう。僕が君を嫌いなんだ。これ以上に正当な理由があるかい?」
これでとりあえず巫和くんを遠ざけることが叶うはずだ、と一瞬でも思った僕は浅はかだった。彼と会うのは一年振りだから、つい気が緩んでいたのだと思う。
巫和くんは気さくな感じに微笑んで、
「あれ、でも御加賀先輩、いいんスか? いや、勘違いしないで欲しいんスけど、これって脅しなんスよ。脅迫なんスよ。美化委員会を見学させてくれないと、前の学校で貴方と貴方の妹さん、僕の敬愛する御加賀先輩と僕の大好きな清子ちゃんの身に何があったのか、バラしまくっちゃうぞって話なんスよ」
その笑みは、僕には悪魔のそれにしか見えなかった。