処理
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ああああああ、委員長が至ったという真実を早く知りたくて堪りません。日付は変わり放課後になり、もうそのときは間近まで迫っていますが、我慢の限界を迎えそうです。そうなったときに自分がどうなってしまうのかは定かでありませんが、想像したくないくらいには壮絶な事態となりそうです。委員長は私に自分で考えてみるよう云いましたが、結局なにも浮かびませんでした。集中なんてとてもできない状態なのでさもありなんです。ああ、じれったい。比類なき飢餓感。餓死寸前です。うううううううううう。
ただ、真実を知れることは約束されているので、これは贅沢な悩みでしょう。野次馬精神の塊みたいな私、好奇心が服を着て歩いているような私なので、そりゃあ真実が分からないままに有耶無耶になってしまった謎というのも無数にあるのです。今回はそんな最悪な事態は回避できるのですから、もう少し心の余裕を持ちたいところですが……無理無理無理無理。それは無理な相談ですよ。早く知りたいな早く知りたいな。は・や・く・し・り・た・い・なああああああああああああっ!
美化委員会の教室にやって来た私ですが、気が急くのに任せて早く来すぎたせいで、まだ誰もいませんでした。一番乗りですけど、まったく嬉しくありません。あああああああああっ、もう焦らすんじゃねえよおおおおお! 教室の中をぐっちゃぐちゃに散らかしてやりたくなります。妊婦さんはストレスが溜まって破壊衝動を宿すことがあると聞きますが、こんな感じなんでしょうか。めちゃくちゃ楽しいのにめちゃくちゃ苛々……苛々して嘔吐するという奇天烈な副委員長の気持ちも今なら分かろうというものです。
教室の扉が開いてがばっとそちらを見遣りますが、天は私を苛めているようにしか思えません、這入って来たのは美麗ちゃんでした。皇美麗。美化委員会の委員ですが、現在の私が待ち望んでいる相手ではありません。
「こんばんはですよ、美麗ちゃん」
「御機嫌よう、礎さん」
挨拶を交わし終えたとき、またしても扉の開く音がして、今度こそと思いつつ見ましたが、今度は栖ちゃんでした。何度肩透かしを食らわせたら気が済むんですか! 私の形相が余程恐ろしいそれになっていたのか、栖ちゃんはびくっと怯えてしまっています。
「……こんばんはですよ、栖ちゃん」
「御機嫌よう、泡槻さん」
「こ、こ、こんにちは……」
委員長がいると引き締まるのですが、委員長なしでは烏合の衆といった感じの私達です。協調性のかけらもない副委員長が加わると、さらにその感は強まります。
御加賀清吉、憂端梢、礎好奇、泡槻栖、皇美麗……以上五人の少数精鋭で、美化委員会は清く仲良く美しく活動しています。
「それよりお二人、聞きまして?」
美麗ちゃんが自分の紅茶を淹れながら、そう切り出しました。栖ちゃんは隅の席で縮こまっていて、私は落ち着きなくうろうろ歩き回っています。
「何をですか?」
「六人目の被害者が出たんですわよ。例の連続猟奇殺人です」
「おお、それはグッドニュースですね!」
私も興味津々の事件です。昨日からは優子ちゃんの件が意識のすべてを占めていたので、私としたことが情報収集がおろそかになっていました。
「あら嫌ですわ、礎さん! バッドニュースですわよ!」
美麗さんは声を震わせました。カップを持つ手も震えていて、中身がこぼれないか心配です。
「被害者は三年生の男子のようですが、彼は全身の骨を抜かれて殺されていたと聞きましたわ。全身の骨を抜かれていたんですわよ。こんな酷い仕打ちはなかなかありませんわ。それにどうしてそのかたはそのような殺され方をしたのか想像できますか?」
「えー、どうしてでしょう。これまでのパターンを鑑みるに、そうですねえ……あ、被害者は魚のあだ名を付けられていたんじゃないですか? だから魚を食べる際に骨を抜くように、被害者も骨を抜かれていた、とかじゃないですか?」
「ああ、礎さん、どうして貴女はそんな惨たらしい想像をできるのでしょうか。わたくしにはとても理解できません。しかし違いますわ。被害者は学園のマドンナ的存在であるところの女子生徒に惚れたということを周囲の友人に洩らしていたのですよ。これでお分かりかしら。ええ、被害者は女性に〈骨抜きにされた〉状態だったために、骨抜きにされて殺されたと云うのですわ! 酷いですわ! 恋に落ち、その甘美に身を任せ、ロマンスに生きる道が開かれた途端に、その切なる感情がゆえに、しかもそれを茶化され、冒涜されるようなかたちで、冗談みたいに、玩具のように命を奪われてしまうなんて! あんまりですわ!」
美麗ちゃんは泣き喚かんばかりですけど、私は面白さのあまり鼻血が出てきました。もう、みんなしてこぞって私を楽しませようとしてくれちゃって。この世界は素晴らし過ぎますよ。ええ、本当に。
また扉の開く音がしました。委員長です! さらに優子ちゃんも一緒です! まったく待たせてくれたものです。
「うん、好奇くんもいるね。優子くん、そこに掛けてくれよ」
「はい」
優子ちゃんは緊張しているのか、表情が固いです。
「委員長、もう焦らしたりしませんよね?」
私はそわそわ疼く気持ちを抱えつつも確認します。
「うん、早速話そうと思っているよ。だから好奇くん、君も座りなさい。お客さんを前にみっともないよ。クールにいこうじゃないか」
「はい、そうですねそうですね」
だけど期待感で胸が張り裂けそうなんです。浮足立つのも無理はありません。
さあ、満を持しての解決編です。カタルシスで卒倒しないようには注意しつつも、このイベントを悔いの無きよう楽しみましょう。
4
「優子くん、健太くんはすぐ近くにいるよ。会うことも可能だ」
「本当ですか!」
表情がぱあっと明るくなる優子ちゃん。相変わらず椅子の先端の方に座っているだけの彼女なので、身を乗り出すと椅子から落ちてしまいそうです。
「君は健太くんを探し回ったけど、一向に見つからなかったという話だったよね。なら簡単だよ。健太くんは探しても探しても絶対に見つけられない場所にいるということだ」
委員長は優子ちゃんに歩み寄り、その隣に立ちます。
「人は自分の背中を見ることができない」
「ああっ!」
私は思わず声をあげてしまいました。でも話を邪魔しちゃいけないと思って、すぐに手で口を塞ぎます。
「君は健太くんをずっとおんぶし続けているんだよ。だから君はそうやって、椅子に座るときは浅く座るんだ。背もたれとの間に健太くんがいるから、そうやってしか座れないんだ」
優子ちゃんは戸惑いの表情を浮かべています。何か云いたくて堪らない様子で、その心中は私もお察ししますけれど、しかし委員長は間をあけずに話を続けていきます。
「でも僕らにも他のみなにも、君の背中にいるはずの健太くんを見ることは叶わない。今も見えていないよ。触ることもできないだろうね。いや、見ることも触ることもできるけど、そう認められないのさ。好奇くんが昨日云った言葉によって、僕はその可能性に気が付いた。そう、僕らは健太くんを〈見なかったことにして〉しまうんだよ」
うわあああああああああ。叫び出したいです叫び出したいです。そうでないとこの興奮の行き場がありません。
「健太くんが消えてしまったという日に起きた本当のことを話そうか。君は健太くんをおんぶしたまま、後ろ向きに転んでしまったんだ。そして、健太くんを潰して、殺してしまったんだよ。大好きな弟を、これ以上ないくらい可愛がっていた弟を、君はそんなミスで殺してしまったんだよ。君はそれを認めたくなかった。認められなかった。その事実から目を背けてしまった。だから君は健太くんの死体をおんぶしたまま、健太くんを探し回ったんだ。なんて悲惨な姿だろうね。周りの人間はそんな君を、あんまり可哀想だから〈見なかったことにして〉しまうのさ。君の悲劇的な姿から目を背けてしまうのさ」
ああ、私の叫び出したい衝動は笑い出したい衝動に移行しています。こんな面白い話を聞いて笑わないでいられる人なんているのでしょうか。面白い面白い面白い面白い。面白おおおおおおおおおおい。
「でも君が背中の健太くんを見られる場合がある。それがこの間起きたことさ。合わせ鏡だよ。合わせ鏡で、君は自分の背中を正面に見ることができる。君が使っていたあの空き教室にはカーテンがなかった。君が空き教室を出たのは遅くまでコンクールに向けた練習をしていた後なんだろう? だから外はすっかり暗く、窓は鏡と化していた。うん、空き教室の窓と廊下の窓、向かい合うこの二つが合わせ鏡となっていたんだよ。だから君は教室を出るときに、正面にある廊下の窓の向こうに、空き教室の窓に映った自分の背中――そこにいる健太くんの姿を見たのさ。まるで宙に浮いているかのようにね。もっとも、すぐにまた目を背けてしまったから、事実を認められなかったから、〈見なかったことにして〉しまったから、健太くんの姿はすぐに消えて、一瞬見えただけだったんだけどね。うん、合わせ鏡は君にとって不測の事態だった。だからこのときにはじめて、健太くんを見ることが叶ったんだ」
優子ちゃんは放心状態といった有様です。焦点の合っていない瞳と、ぽかんと開いた口。間抜けで、可哀想で、なんと〈見ていられない〉顔でしょうか。ああ、素晴らしい、ハイパー素晴らしい顔です。是非とも写真に撮りたいくらいです。
「優子くん、君は弟に会いたいんだよね? なら自らが弟を殺したことを認めなさい。そしてそこにあるはずのおんぶ紐を解いて、対面すればいい。君がちゃんと弟と向き合えば〈自分が最愛の弟を殺したことを認められずに、消えた弟を探し続ける哀れな姉〉という目を覆ってしまうような悲惨な図はなくなって、僕らも健太くんを見ることができると思われるよ。さあ優子くん、どうする? 弟に会うかい? 目に入れても痛くない、たったひとりの、愛すべき、かけがえのない弟を見るかい? 君の背中で潰され、そのまま長い時間が経過し、身体は腐り果て、もはや君が知る可愛い姿とはかけ離れてしまった、見るも無残なその死体を、直視するかい? それが君の望みなんだろう? だけどまあ、強制はしないよ。君の自由だ。君が決めるんだ。君には弟と会わない選択肢だってある。ある日不可解にも消失してしまった弟を探し続け、罪を周りの人間全員に見逃され続ける日々をまた送る選択肢だってある。そういう真実もあるんだ。好きにすればいい。真実なんて掃いて捨てるほどある」
委員長は素敵にばしっと格好良く締めると、優子ちゃんに背中を向けました。目を背けました。でも私は優子ちゃんを凝視します。
さあ、さあさあさあさあ優子ちゃん、貴女はどうするんでしょうね? 気になりますねええええええ。楽しみですねええええええええええええ。最っ高ですねえええええええええええええええええええええええええええええ。