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日付変わって放課後に、八木とその幼馴染四人は例の教室の前に集められた。例の教室というのは、幼馴染四人が昨日案内してくれた空き教室である。
「梢くんはせっかちで、無駄な段取りは極力省くよう釘を刺してくるもんだから、僕も今回はさっさと話してさっさと終える所存さ。ところで君達は真実を受け入れる心構えは済んでいるかな?」
八木が覚悟は決まっていると云うかのように頷く。昨日の私の話が効いたのか、他の四人も真剣な面持ちだ。
私も一日ぼんやりと考えてみたのだが、御加賀が辿り着いた真実とやらは分からず仕舞いだった。だからこれから述べられるそれに、少しは興味がある。
「昨日、梢くんが云った一言が僕の閃きを喚起してくれた。覚えているかな? 『大仰なのは名前だけで中身はすっからかんの連中だよな』というあれさ。岩馬淵翔吾、木場崎賢輔、石井理梨花、岡田沙耶絵。たしかにみな、えらく大袈裟な響きをしている。君達みたいな中身すっからかんの人達にはおよそ相応しくない名前だ。名は体を表す、なんて言葉があるけど、君達はそれに反旗を翻している。そこに並べると依頼人である八木洋平くんはいかにも平凡だ」
散々な云われようの五人だが、反駁することなく耐えている。彼らが話の腰を折ったりしないように、私が睨み付けているのが功を奏しているのかも知れない。
「さて、そろそろ結論を述べてしまおうか」
少しの間がおかれる。みなが固唾を飲んで言葉を待つ。
「八木くんの恋人は岩馬淵翔吾、木場崎賢輔、石井理梨花、岡田沙耶絵の四人によって殺され、さらには隠されてしまったのさ」
さすがに四人は黙って聞いていられなくなったらしく「なんだよそれ!」「そうよ、なに云ってんの!」「俺達が殺人なんてするはずがない!」「しかも選りにも選って洋平の恋人を殺すなんて!」と騒ぎ始めた。しかし御加賀は余裕の表情で、
「いいや、殺したよ」
「証拠は!」
四人の声が重なる。八木は不安げにそんな四人と御加賀を順に見遣る。
「証拠も君達が隠してしまった。しかも君達はそれらすべてを忘却している。だから受け入れ難いのも仕方がないね。これはそういう隠し場所だ。八木くんの恋人はそもそもいなかったことにされ、記憶どころか記録にも残らない。過去まで遡ってすべてが改竄されてしまった。ただし、残滓はある。それを八木くんと、実行犯である君達四人だけは感じ取れる。ゆえの〈気がする〉という感覚さ」
全員が眉を顰め、極度の混乱状態にいる様子だ。無理もない。すっかり慣れている私と違って、彼らは御加賀が展開する人を喰ったような推理をはじめて体験しているのだ。
「八木くんは、僕ほどじゃないにしても、なかなかの美形だし好青年といって差し支えない風格を備えている。さぞ異性からの人気も高いんじゃない? その恋人もきっと相応に美人だったはずだ。八木くんだけでなく、その恋人も男子からの人気が高い子だった。だからこのカップルについて、男子は八木くんに嫉妬し、女子はその恋人に嫉妬する。そしてそれを最も強く抱いたのが、八木くんの最も傍にいる幼馴染の四人だったわけさ。岩馬淵翔吾、木場崎賢輔……君達は八木くんの恋人を犯した。尊厳を踏みにじり、思う存分に凌辱した。八木くんには内緒で、八木くんの幼馴染にして大親友である君達はその立場を利用し、八木くんの恋人を穢して鬱憤を晴らした。石井理梨花、岡田沙耶絵……君達はそれを知っていても咎めなかったどころか、自分達も八木くんの恋人を攻撃した。口で罵るだけでは足りず、ぼこぼこに、ボロ雑巾みたいな有様になるまで、徹底的に暴行を加えた。そうして鬱憤を晴らした。でも君達はやり過ぎた。八木くんの恋人は死んでしまったんだよ。それが起こったのが、君達が今まさに目の前にいるこの空き教室さ。だから君達四人はこの教室から感じるものがあったけれど、それを知らない八木くんにはなかったのさ」
「勝手なことを云うんじゃねえ!」
「そうよ! まったくの出鱈目だわ!」
「洋平だってそんなの信じられるわけがない!」
「そもそもどうやってその記憶も記録も消したって云うの! 隠し場所ってどこよ!」
「勝手なことは云っていない。出鱈目じゃない。八木くんだって信じるしかない。そして隠し場所とは……君達が八木くんの恋人の死体どころか、その存在そのものを隠した隠し場所とは……」
御加賀はありもしないカメラに向かってポーズを決めるようにして、
「君達の名前の中さ」
ますます意味が分からないといった顔つきになる五人。
だが私には、これでようやく御加賀の云わんとしていることが分かった。
なるほどこれは……憂鬱な真実だ。
「君達は八木くんの恋人をバラバラにして、自分達の名前に取り込んでしまったのさ。岩馬淵翔吾、木場崎賢輔、石井理梨花、岡田沙耶絵……この仰々しい名前は、それぞれが一文字ずつ余分な漢字を取り入れたせいで生まれたんだよ。君達の名前を普通の、本来の名前に戻してやると、馬淵翔吾、木場賢輔、石井梨花、岡田沙耶だ。ほら、違和感は消えた。それぞれ余分な一文字は、姓のはじめ、姓の終わり、名のはじめ、名の終わりに付いていた。これらを合わせると八木くんの恋人の名前が現れる……岩崎理絵だよ」
岩馬淵、木場崎、石井、岡田の四人は呆然としている。
「いわさき、りえ……」
そう呟く八木の頬を一筋の涙が伝う。
「岩崎理絵は四人の名前に隠された。バラバラにされて四人に取り込まれてしまった。岩崎理絵なんて人間ははじめからいなかったことに。四人の名前ははじめから岩馬淵翔吾、木場崎賢輔、石井理梨花、岡田沙耶絵だったことに。その歴史に、改竄されてしまった。だからそもそも事件なんて起こっていないかのように、何の異常もないかのように、日々は進んでいった。でも八木くんは本当に岩崎理絵を愛していたようだね。だから四人と一緒にいるとき、岩崎理絵の存在を感じ取っていたんだ。その指摘を受けて、事件そのものを忘却している四人も、岩崎理絵の残滓は他でもない自分達の中にあるために、無視はできなかった。これが真実さ」
静寂が訪れる。だがしばらくして、岩馬淵、木場崎、石井、岡田の四人は何やら異を唱えようとした――が、それは八木の叫ぶような声によってかき消された。
「理絵はどこにいるんですか! どうすればまた彼女に会えるんですか!」
その質問を受けて、御加賀は空き教室の扉に手をあてた。
「いま、僕が真実を看破したことで、四人の名前も、それに伴って岩崎理絵も、本来のかたちに戻りかけている。だからいまこの扉を開ければ、中に岩崎理絵はいるはずだよ。それを君が確かめることによって、完全に本来のかたちに戻るのさ。この教室はいま、事実を確定させる前段階……〈シュレーディンガーの猫〉さながらの状態にある」
八木が扉に駆け寄ろうとする。しかしそれを幼馴染の四人が止めた。
「離せよ!」
八木が、己の喉を破壊せんばかりに叫んだ。幼馴染の四人の驚愕に染まった表情を見るに、八木がここまで感情的な声をあげるのは滅多にないことらしい。
「もう分かってんだよ! お前らも御加賀さんの話を完全に否定はできないんだろ! 否定しようとしても、もうどうしようもなく〈そんな気がする〉んだろ!」
決裂した。破滅の音が響いた。この五人の仲は、友情は、永久に失われた。絶望的な四人の顔がそれを物語っていた。
八木は四人の制止を振り払い、扉に手をかけ、開けようとして――
「ただ、ひとつ注意があるよ、八木くん」
御加賀が云った。
「なんでしょうか」
八木は早く扉を開けたくて、早く恋人と再会したくて堪らないといった様子だ。
「扉を開けて君が見ることになるのは、ぐちゃぐちゃに犯され、ぼろぼろに殴られ蹴られ打たれ絞められ転がされ投げられ捨てられ、そのうえで身体を四つに引き裂かれた、見るも無残な、もはや原型を留めていないような、哀れな肉塊と化したかつての恋人だよ。君がそれを見れば、改竄はなかったことにされ、殺人犯である馬淵翔吾、木場賢輔、石井梨花、岡田沙耶の人生は滅茶苦茶になり、君も深いショックから精神がおかしくなり、周りにも甚大な被害が及ぶだろう。岩崎理絵にまつわる悲劇は、この世界をあるべき地獄に変えるだろう。それでも開けるかい?」
あるいは、と御加賀は言葉を区切る。
「この扉を開けず、このまま見かけ上は平穏な日々を送るかい? 惨たらしい殺人なんてなかった世界。岩崎理絵なんて子はいなくて、君は誰か別の女の子と恋に落ち、幼馴染にして大親友の岩馬淵翔吾、木場崎賢輔、石井理梨花、岡田沙耶絵と仲良く楽しい日々を共に過ごす。そんな平和で、みなが幸せな世界を維持するかい?」
君が選ぶんだ、と御加賀は微笑む。
「真実なんて掃いて捨てるほどある」