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美化委員会の不浄理論  作者: 凛野冥
美化委員会の不浄で不条理な理論
17/19

真実2

    4


「一年前、貴女に何が起こったのか。まあ、ある日突然なんてことはなくて、徐々にそうなっていったってのが実際のところッス。予兆は前々からあったし、原因だって色々とあった。ただそのひとつにこの巫和くんが絡んでるってのは否定しようがないッスね。誇らしいことッス。自慢話は趣味じゃないんスけど、こればかりは胸を張りたくなるッスよ。はい、巫和くんは貴女を、清子ちゃんを虐めていた集団の主犯格なんスから。清子ちゃんをぶっ壊してやりたくて、散々、それはそれは目を覆いたくなるような凄惨せいさんで容赦のない虐めを徹底して続けてたッス」

 そんな記憶はない。前にいた学校について私が憶えているのは、些細な、断片的なことだけで、それだって茫洋としていて……でもこれって、おかしい。だって、たった一年前のことなのに、どうしてこうも記憶がないの?

「でもそれ以前から御加賀家は問題を抱えてたんスよ。両親による子供への虐待ッス。特に父親が清子ちゃんに働いた蛮行の数々はちょっと口にするのも憚られるッスね。って云っても、巫和くんだって実際に目にしたわけじゃないんで詳細は分からないんスけど。まあ御加賀兄妹は幼少期から、実の両親の手によって虐げられてきた兄妹ってことッス。それなのにああして堂々としていられる御加賀先輩は、だから凄いんスよ。あのナルシズムに仮面を被るという側面があったとしても、強靭な精神の持ち主であることに変わりはないッス。だけど清子ちゃんはそうはいかなかった。学校でも陰鬱としていて暗い子だったッスよ。友達なんかいなかった。兄が孤高になろうとした一方で、妹は孤独にしかなれなかった。それで清子ちゃんは自らの悲惨な境遇から、精神面で逃避しようとしたんス。それは自分の中に別の人格を形成して、それを友人とし、心の慰めとすることでした。自分の意識との完全な切り離しなんてはそう簡単にできるわけもないんで、多重人格と云うよりは、単なる妄想癖って感じだったみたいッスけどね。誰もいない場所にあたかも誰かがいるかのように話したり、ということが続いたみたいッス……貴女達が今も自分でない別人格が自分とは別個に同時に存在しているかのように振る舞ったり、それと会話しているように見せるのは、このころの名残りなんでしょうね」

 正太郎さんは私の正面でまた足を止める。

「そして清子ちゃんは高校に進学して、巫和くんと出逢ったってわけッス。巫和くんは清子ちゃんを一目見たそのときから気に入ったッスよ。いかにも不安定で、今にも壊れてしまいそうで、なら巫和くんが決定的にぶっ壊してやろうって思ったッス。だから虐めました。肉体的にも精神的にも追い詰めて、どうなるか見ようとしました。結果、清子ちゃんはついに別人格をつくり上げて現実逃避するすべを、ほぼ完成形に仕上げたんス。完全に自分とは別個に切り離した存在としての貴女、泡槻栖を作り出したんス。でも絶望の底に沈んでいた清子ちゃんだったんで、別人格と云っても臆病で引っ込み思案で暗い女の子だったんスよね。清子ちゃんは巫和くん達や両親から虐げられている間は清子ちゃんとして耐え、それ以外の時間は貴女として自我を保っていたッス。つまり虐めも虐待も知らない、不当な環境下に置かれていない、平和な自分をつくったわけッスね。ここが少し変わったところッスよ。普通なら別人格の方に悲惨な役割を押し付けそうなものじゃないッスか。でも自分が虐げられているというのは清子ちゃんにとっては幼少期からずっと続いてきた常識で、今更、別人格に押し付けられるものじゃなかったんでしょう。ただ、それでも巫和くんは手を緩めなかったッスよ。清子ちゃんが一風変わった二重人格者のような有様になったのは、巫和くんが理想とする壊れ方ではなかったッス。むしろ逃げられた……いえ、反抗されたようなものッスよ。ってことで清子ちゃんの生活はさらに過酷になっていったッス。そうしてついに、清子ちゃんは限界を迎えた」

 ぱあんっ、と正太郎さんが自分の手を叩いて音を立てた。

「清子ちゃんは消えちゃったんス。泡槻栖と、このときに新たに生まれた憂端梢を残して」

 また私の間近まで迫ってくる正太郎さん。

「清子ちゃんは泡槻栖と憂端梢の人格をつくった後に、自分の人格を消してしまった。最初からこうするつもりだったのかは分からないッスけど、ここで清子ちゃんの逃避はいよいよ極まったわけッス。あれ、そうなるとッスよ、清子ちゃんは貴女達のお母さんみたいッスよね。そうなるとお父さんは、彼女を追い詰めたすべてのもの……そのひとりは間違いなく巫和くんじゃないッスか」

 正太郎さんの手が、私の頬に触れて撫で回す。

「ほら、お父さんッスよ、泡槻さん」

 全身に寒気が奔り、鳥肌が立った。

「まあ冗談はさておきッス、清子ちゃんが一向に姿を現さなくなって、消えてしまって、いよいよ御加賀先輩が大きな決断をしたんス。それが貴女を連れて、御加賀家から、あの土地から離れる決断ッス。男子高校生には立派すぎる決断ッスよ。御加賀先輩だって辛い境遇にあって、虐げられる側だった、支配される側だった人間ッス。御加賀兄妹を取り巻く状況は絶大的で絶対的で、どうしようと太刀打たちうちできないと感じていたはずッス。巫和くんが云うのもおかしいッスけど、十代というのはどうしても閉塞的に成らざるを得ない。広い視野で物事が見られず、追い詰められやすく、打開策なんて浮かばず、些細なことが自分の命運を握っているような感覚に捕らわれる時期ッス。だからこそ、御加賀先輩がついにそこから脱するには、その決断しかなかったんだと思うッスけどね。これには巫和くんもびっくりしたッスよ。御加賀先輩は前々から侮れないと思ってたッスけど、所詮はひとり。一方の巫和くんには仲間がたくさんいたんで、どうやったって巫和くん達が負けることはないと高を括ってたんス」

 正太郎さんは私の顔を撫で回すのを止め、また私の周りを歩きながら、話を続ける。

 もう私はその話を聞くのに無抵抗になっていた。それが本当なのか嘘なのか、いちいち考えることもできず、ただ話を聞くだけ……まるで脳が麻痺しているかのようで、ジーンと奥の方が痺れている感覚だけがある。

「かくして御加賀兄妹はこの地に移ったッス。御加賀先輩がどういうふうに両親を説得したのかは知らないッスけど、頭の良い先輩のことッスからね、上手くやったんでしょう。ただ、もう決定的に両親との縁が切れるような〈最後の手段〉を用いたっていうのは、どうやら確からしいッスけどね。さて、しかしここでも問題があったんスよ。泡槻栖も憂端梢も、御加賀先輩の妹ではないということッス。清子ちゃんの消失とは関係なく、これらは別人格と云うよりも、もはや別人なんスね。肉体を共有しているに過ぎないんス。それで御加賀先輩は、貴女と別居することにした。ゆえに御加賀先輩は一人暮らしで、貴女も一人暮らし……泡槻さんと憂端さんと皇さんと礎さんは同一人物なので、同じ場所ッス。貴女達はそれを意識しないよう、自らを欺いてるッスけどね。さらに、多重人格でありながらそれを認識できず、ひとつの肉体を複数の人格が入れ代わり立ち代わりする貴女が学校生活なんて送れるはずもないッスから、御加賀先輩は貴女を火津路高校には入学させなかった。でも貴女はこの学校に通っている。貴女達にとって自分が学校に通わない理由はないッスからね、だから御加賀先輩は貴女達をどこのクラスにも所属していない生徒として学校に来させるようにした。そして貴女達の居場所としてつくったのが美化委員会ッス」

 正太郎さんの声は愉快そうだ。この人は、何なんだろう。どうして私にこんな話をするんだろう。何がしたいんだろう。考える気力はない……。

「御加賀兄妹にとって、生まれてはじめての平穏な生活の始まりッス。そしてかつて御加賀清子だったその身体には、新たな人格が生まれる。皇美麗と礎好奇ッス。内向的だけど狂気を隠し持っている泡槻さんや厭世的でいつも物憂げな憂端さんまでは、清子ちゃんがずっと身を置いていた環境が陰惨としたものだったために、いくら逃避のための別人格と云ってもネガティブなそれでしたけど、この皇さんと礎さんは平穏な生活の中で生まれたそれなので、割合ポジティブな感があるッスね。皇さんは情緒豊かで礎さんは好奇心旺盛。あ、これは巫和くんの自意識過剰じゃなくて正鵠を射てると思うんスけど、礎さんの人格には巫和くんの影響が強く出てるッスね。泡槻さんと憂端さんが現実逃避で生まれた人格なのに対して、皇さんと礎さんの出生にはトラウマからの脱却という意味合いが強いと思われるんで、礎さんはあえて巫和くんがモデルにされたんスよ。苦手意識がこういうかたちで表出するのは興味深いッス」

 頭に鈍い痛みがある。意識もなんだか、朦朧としてきた。

 そう思った直後、頬に衝撃が――正太郎さんが私の頬を平手打ちしたのだ。その際に舌を噛んでしまい、咥内に血の味が滲む。

「また貴女の意識は、自分にとって都合の悪い事実から逃避しようとしてるッスね。駄目じゃないッスか。人の話はちゃんと聞かないと。巫和くんはそんな貴女の目を覚まさせるためにこうして遠い地まで足を伸ばして、一ヶ月もかけて根を張ったんスからね」

「目を、覚まさせる……?」

「そうッスよ。貴女に逃げられて、それを放っておくなんて巫和くんにはできなかったんス。だから今度こそ徹底的に貴女をぶっ壊してやろうと思って、こうしてるんスよ」


    5


「巫和くんは不安定なもの、もろそうなもの、はかないもの、そういったものに目がないんスよ。そういうものは見ているだけで楽しいッス。でも特別気に入ったものについては、壊れる様が見たくなるんスよね。清子ちゃんは最高ッスよ。さっきも云ったとおり、一目惚れだったッス。しかも清子ちゃんの兄、御加賀先輩がこれまた傑作で、巫和くんはこの御加賀兄妹に夢中になったッス。御加賀先輩の何が良いって、彼の考え方ッスよ。真実は掃いて捨てるほどある。彼の美学こそ、不安定で脆くて儚い、巫和くんの大好物ッス。だからこの学校で美化委員会なんてものをつくって、奇妙な依頼を受け付けていると知ったときは歓喜したッス。巫和くんが探偵委員会に入ったのは情報収集に打ってつけだったってのもあるッスけど、もうひとつ、面白い依頼が美化委員会に回るように意図的に操作することも目的でした。はい、巫和くん、面白い依頼が探偵委員会にやってきたときに、その依頼人が美化委員会をあたるように仕向けたんスよ。そして観察してたんス。道理で最近、美化委員会に立て続けに依頼が舞い込んでいたんスね」

 つまり私達は、ずっと見られていたんだ……。

「御加賀先輩の告げる真実……彼の推理はどれも面白いッスよ。ただ、あの人は優し過ぎるんスよね。甘いんス。そんな甘いところがまた巫和くんは好きだったりするんスけど。と云うのもッスよ、御加賀先輩は罪は指摘しても、罰は下さないんス。ゆえの、あの事実を有耶無耶にさせるような、理屈が通っているんだか通っていないんだか分からなくなるような、不安定で脆くて儚い推理なんス。真実は掃いて捨てるほどあるという美学なんス。あの人はいつも、依頼人の語るものを前提として推理を構築するッス。依頼人が嘘をついている場合を考慮に入れず、あくまで依頼人の言を絶対の前提として推理をするんスよ。それでいて罪を暴いてみせる。語られる真実は、掃いて捨てるほどあるうちのひとつとされ、毎回曖昧さ、不確かさを含むッス。そして選択肢が与えられる。罪人が、自らを罰するか罰さないかの選択ッスね。これは事件の解決とは云えないッス。だからあの人は依頼を処理するという云い方をするんスよ。解決ではなく処理。罪は暴くが罰しない。真実は掃いて捨てるほどある。そういうスタンスあっての、美化委員会なんス」

 たとえば、と正太郎さんは人差し指を立てる。

「巫和くんが美化委員会に回させた依頼のひとつッスけど、八木洋平の、いた気がする恋人を探して欲しいという依頼。八木洋平は記憶喪失なんスよ。八木洋平には確かに恋人がいたんスけど、それを八木洋平の幼馴染である岩馬淵翔吾、木場崎賢輔、石井理梨花、岡田沙耶絵の四人が暴行を加えて殺した。まあ証拠不充分でこの四人が本当に犯人だったのかは迷宮入りしてるんスけど、八木洋平はその現場を見てしまったそうなんスよね。で、そのショックから恋人に関する記憶を封印してしまったんス。でも、その記憶が、徐々に戻りかけてきた。幼馴染の四人はそれを止めたくて、一緒に調べるていを装って、彼の〈気のせい〉ってことにしようとした。たとえばこの学校の名簿を調べて、行方不明の女子がいないか探ろうとしたりッスけど、見つかるわけがないんスよ。八木洋平の恋人だった子って、他校なんスもん。この学校でいくら探したって見つかりっこない。八木洋平の記憶喪失の事情を知ってる人達は当然口をつぐみますし。あと幼馴染の四人は、全然関係ない空き教室を怪しいだの何だのてきとーな証言をして混乱させようともしてたッス。そして八木洋平は美化委員会に依頼を持ち込んだ。御加賀先輩は、ちゃんと幼馴染の四人の罪を指摘してみせたッス。あくまで依頼人である八木洋平や幼馴染の四人が語ったすべてを前提に据え、それらすべてを活用したうえで、推理を、真実をつくったんスよ。これが御加賀先輩のやり方ッス。見事なもんッスよ。この依頼は、こうして処理されました」

 正太郎さんは続いて、人差し指に加えて二本目の指……中指を立てる。

「その次が樺井優子の、行方不明の弟が窓の外に浮かんでいるのを見た云々の依頼だったッスね。樺井優子が弟を不慮の事故で殺してしまったのは本当ッス。ほら、高い高いってあるじゃないッスか。あの最中に誤って床に落としてしまって、頭部を強打した弟が即死したってあらましッス。でも樺井優子はそれを認められなかった。八木洋平みたいな記憶喪失とは違うみたいなんスけど、自己暗示によって弟は行方不明で、まだ会える可能性があるんだと思い込むようになったんス。周囲もそんな哀れな彼女に事実を無理に認めさせるなんて酷な真似はできなかったそうッスね。樺井優子の弟への執着と、そして深層心理に残っている罪悪感が、彼女に弟の幻を見せたんスよ。ただそれだけの話ッス。それを御加賀先輩は、彼女の談をすべて前提として、真実を提示してみせた。ちゃんと、彼女が弟を誤って殺してしまった事実から目を背けているのだと指摘してッスよ。よくそんな芸当ができるもんッスね、まったく。そう思わないッスか?」

 正太郎さんがまた、私の頬を叩いてきた。

「思わないッスか?」

 正太郎さんはへらへら笑ったままだ。

「お、思う……思います」

 正太郎さんは満足そうに頷いて、話を再開する。

「この二つについてはッスね、御加賀兄妹に示唆を与える効果もあると思って、美化委員会に回したんスよ。ほら、二つとも、清子ちゃんがやったことに通じるところがあるじゃないッスか。都合の悪い事実から目を背けて、自分を欺いて、誤魔化しているって点ッスよ。もっともこの程度では、貴女には何も響かなかったみたいッスけどね。ともかく、これが御加賀先輩のやり方なんスよ。あの人の語る真実は、あの不条理な理論は、優しい真実なんス。他の事件にしても同様ッスよ。昨日の弐年巳組の件だって、彼らの証言を受け入れたうえで処理してたッスけど、彼らの証言を鵜呑みにさえしなければ、クラス全員がグルになって事態を有耶無耶にしていると捉えられるッス。多忙なせいで溜まった苛立ちや鬱憤を委員長を惨殺することで晴らしたってだけ、とか。それにしては証言が不自然すぎると礎さんは云ってたッスけど、そうやって攪乱するのが狙いかも知れないッスし、単なる考慮不足かも知れないッスし、解釈の余地はいくらでもあるッス……それこそ掃いて捨てるほどに。でも御加賀先輩はああやって事件を処理した。罪は暴いても罰は下さず。ここまでくると優しいと云うより、優柔不断って気もするッスけど、このあたりは両親から虐待されていたのが一因かも知れないッスね。ああ、鵜月隘穂の件にしてもそうッスね。彼女は誤って宇尾蓮人を死なせてしまって、その死体を隠した後に、消えてしまったと云い張ったんスよ。でも考えが足りない子ッスからね、消失の状況を密室にしちゃったんス。でも後には引けなくなって誤魔化していると、お節介な友人、主に松壁琴海によって、強引にあちこちへ依頼させられる羽目はめになってしまったと、こんなところじゃないッスかね。現に鵜月隘穂は具体的な依頼内容は一度も口にしていなかったッスし」

 もうじき日没……教室の中は薄暗くなってきている。正太郎さんの持つ包丁は、真っ赤でこそなくなったが、鈍く、より凶悪に光っている。

「もちろん、巫和くんが美化委員会に持ち込まれるように仕向けたんじゃない件についても、巫和くんはばっちり見てたッスよ。常に陰から監視してたッス。泡槻さん、貴女にとって最も新しいそれは、空野八重が空き教室の中で消えられるというあれッスね。あれだって委員長が語ったそれでも、奇島先輩が語ったそれでもない真実がちゃんとあるッス。それにしても奇島先輩は力不足だったッスね。だからこそ、巫和くんは彼を貴女と交際させたんスけどね」

「え……」

「忘れたんスか? 奇島先輩、奇島朔也は探偵委員会の委員ッスよ。それで巫和くんが彼に、貴女のことを教えたんス。奇島先輩が貴女に最初に云った言葉は憶えてるッスよね? 『どこかで会ったよな』って言葉ッス。これ、よくあるきざっぽい台詞ッスけど、奇島先輩は本心で云ってたんスよ? 以前同じく探偵委員会に所属していた礎さんに何となく見覚えがあったから、貴女に対して『どこかで会ったよな』なんて云ったんス。同一人物ッスからね」

 絶句、してしまう。何もかも、全部、この人によってもてあそばれていた……。

 怖い。本当に、怖い。私の身体が震えるのを見て、歯ががちがちと音を立てるのを聞いて、正太郎さんはより一層楽しそうにへらへらと嗤う。

「探偵委員会は規模が大きいッスからね、奇島先輩は礎さんの名前も知らず、ちょっと見覚えがある程度だったッス。それも、探偵委員会で見たんだとは憶えていない程度にッス。礎さんは〈助手〉どまりですぐ脱会したそうッスからね。そういえば、礎さんが探偵委員会に入ったときに御加賀先輩がどのくらい慌てたか想像すると面白いッス。皇さんは生まれた直後に御加賀先輩が気付いて美化委員会に入れたんでしょうけど、礎さんの場合は間に合わなかったんスかね。おっと、話が逸れたッスけど、空野八重の件だったッスね。はい、あれッスけど、奇島先輩の、御加賀先輩と空野八重がグルだったという推理は一蹴されたッスよね。奇島先輩の来訪を予期して策を練っておくことはできないッスし、奇島先輩と入れ違いで後ろの扉から出て行くというのもリスキーということで。奇島先輩は惜しかったッスね。あと一歩だったッスよ。実際は、御加賀先輩と空野八重と、それから貴女、泡槻栖もグルだったんス。空き教室の中に入った空野八重は、後ろの扉から廊下に出たんじゃなく、窓からベランダに出たんスよ。彼女はベランダに身を潜めていたんス。そしてその窓の錠を、貴女がかけたんス。奇島先輩は恋人である貴女に関しては無警戒だった。だから貴女はこっそり窓の錠をかけ、密室状態をつくることができた。あとは空き教室を出るときに、窓の錠をあけておいてあげればいいんス。あのとき、一番最後に教室を出たのは、貴女だったッスよね。どうして奇島先輩の来訪を予期できたかと云えば、これも貴女が御加賀先輩に話してたからッスよ。奇島先輩は前々から、貴女が美化委員会に所属しているのを良く思っていなかった。何度か話が出ていたんでしょう。だからいずれ奇島先輩が美化委員会に出向くのは予想がついていた。そのときのために、事前に御加賀先輩と貴女と空野八重は話をつけていたんス。貴女は美化委員会を抜けるのは避けたかったようッスからね。貴女が奇島先輩と会うのは貴女が泡槻さんの日だけッスし、奇島先輩が訪れる日だって大体そろそろかなってのは分かるんで、空野八重はいつも近くでスタンバイする必要もなかったでしょう。どうッスか、これで正解ッスか? 嘘はつかないでくださいよ」

「ち、違うよ……違い、ます」

 嘘じゃない。私はそんな策略みたいなものには噛んでいない。これはよく思い出せないとかじゃなくて、本当にそうだと思う……。

 でも巫和くんは「まあそうだろうと思ったッスよ」と、特に残念そうでもなく、私の言葉をすぐ受け入れた。

「だけど奇島先輩が貴女の美化委員会への所属を快く思っていなくて、それを前々から洩らしていて、それについて貴女が御加賀先輩に話したことがあるってのは、その通りじゃないッスか?」

「それは……うん、そうだったと思う」

「なら理解できるッス。貴女が美化委員会から抜けたら困るということで、空野八重を交えて御加賀先輩と策を練り、当日に窓の錠をかけたりあけたりしたのは、礎さんッス。あの日、貴女の振る舞いから推測するに、あの場には礎さんがいたんスよね? 少なくとも貴女の想像の世界では。そして窓の錠をかけるその瞬間と、あけるその瞬間だけ、貴女は礎さんになっていたんスよ。策は事前に練ってあったわけッスからね、その瞬間だけ切り替えられれば、貴女には分からないままに、貴女が作戦を遂行できる。さらにこの仕組みは、奇島先輩殺害の際にも活躍したんス」

 朔也さんの殺害? ……違う。あの人は、勝手に死んだんだ。私が目を開けると、私の前で、死んでいた。自分がおこなった連続殺人の反動で、独りでに死んだんだ。

「どうせそれについても貴女には自覚がないんでしょ? 貴女には。泡槻栖には。なら奇島先輩を殺したのは、そのときだけ憂端さんか皇さんか礎さんに切り替わった貴女なんスよ。だとすると、気付いたころには目の前に朔也さんの死体があったという貴女の証言は、不思議じゃなくなるッス。だって貴女、泡槻栖は、その間の記憶を所持していないんスから。まるで一瞬のうちに奇島先輩が独りでに死んだみたいに知覚されることでしょう」

「そ、そんな……」

 そんなの、いくらなんでも、都合が良すぎじゃあ――

「いくらなんでも都合が良すぎる、ッスか?」

「っ……」

「そこッスよ。重要なのは、肝心なのは、そこッス。巫和くんの目的も、そこにこそあるんス。このあまりにも都合が良すぎる人格の切り替えはあくまで顕著な例というだけで、これがあってもなくても、貴女はあらゆる点において都合が良すぎるんスよ」

 正太郎さんは私の頭の上に手を乗せると、髪を撫で始めた。

「四つの人格がひとつの身体を使ってそれぞれを別人と思いながら、混乱を来さずに生活を送れるはずがないんス。単純な例を出すと、同じ住居を使っている以上、自分の買った憶えがないものがあるとかは日常茶飯事ッスよね。どのクラスにも所属していないのに学校に通っていることも、どう考えたって容認できない不自然な事態ッス。遠い記憶がないのはもちろん、最近の出来事ですら記憶が抜け落ちているというのも、あまりにおかしいッス。そんな状態で生きられるなんて有り得ないんスよ。絶対に綻びが増えていき、無視できなくなり、自分がどんな状態なのか気付くッス。泡槻栖、憂端梢、皇美麗、礎好奇……貴女達は鈍感すぎて、都合が良すぎるんス。自分にまつわる真実を知ることは貴女達にとってタブーで、それを想起させる事象はことごとく無視される。それでいて、数多くの矛盾を抱えたまま、生活ができている。これを可能にさせるには、ひとつしか方法がないんスよ」

 正太郎さんは今まで撫でていた私の髪を、掴み、強く引っ張った。痛い、痛い痛い痛い。

「清子ちゃんは消えていないんス。そして清子ちゃんが四つの人格を、管理してるんス」

 陽は完全に沈み、まるで本番はこれからだと云わんばかりだ。

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