依頼
1
ご無沙汰です。ようやっとまた私の出番が回ってまいりました。大変長らくお待たせしてしまって恐縮です。美化委員会で最も健気で可愛くて委員長とお似合いと評判の礎好奇です。
私は現在、廊下を全力疾走して美化委員会の教室へ向かっています。廊下を走るな、とは学校で先生がたが発する叱咤の中でもかなりポピュラーなそれですが、そんなの気にしていられません。私にそんなモラルを求められても困ってしまうってなもんです。
それに今日は、廊下を走るくらいは軽くスルーされるでしょう。なぜなら今日は文化祭前日で、全校生徒がその準備に追われ、明日やって来る当日に勝るとも劣らないてんやわんやの大騒ぎの真っ只中だからです。むしろ廊下を歩いていた方が白い目で見られると云っても過言ではありません。
ただ、美化委員会の面々はその限りではありません。火津路高校においては賑やかさにおいて三指に入るだろう文化祭――その名も〈未祭り〉は、各クラスとそれに加えて各委員会がそれぞれに割り振られたエリアを使ってそれぞれの立案した催しを執り行う〈店〉を開くのですが、クラスは強制なのに対して、委員会の方は自由です。大抵の生徒はこの二つを行ったり来たりするためにもう首も回らないくらい多忙になるのですが、美化委員会に店を開く予定はありません。そして私達委員四人は当然として、委員長にもクラスの仕事を手伝うつもりが毛頭ありません。そういう協調性とは無縁のかたです。
よって美化委員会の面々はみんな、美化委員会の教室でのんびり過ごしているというわけです。
ならばどうして私が廊下を走っているのか……それは、未祭りの準備に追われて右往左往する人達の様子が気になって散歩に出て、その途中で、幸運にも、僥倖にも、極めて奇々怪々な事件に遭遇したからです。ビッグニュースです。グッドニュースです。なので私は走る緊急速報となるべく、美化委員会の教室へと急いでいるのです。
おっと。やっと到着しました。扉を勢い良く開け放ちます。
「委員長、面白いです面白いです!」
「なんだい、大変です大変ですみたいな調子で」
委員長は栖ちゃん、美麗ちゃんと机を囲んでいて、その机上にはトランプが並べられています(副委員長は離れた席で読書しています)。どうやらみんなで遊んでいたらしく、それはそれで楽しそうなので混ぜて欲しいですけど……そうじゃなくて!
「人が死んだんですよ!」
「まあ礎さん、人が死んで面白いだなんて、貴女、どういう神経をしていますの!」
美麗ちゃんがあまり有難くない食いつき方をしてきます。
「その死に方……いえ、死に様がキュンキュンしちゃうくらいおかしいんですよ。不思議なんです。不可思議なんです。摩訶不思議なんです。とにかく来てください! 現場に行きましょう!」
「ポーカーの美しいイカサマを思い付いたところだったんだけど、うん、僕が行くと云うまで満足しなさそうだね、好奇くんは」
「はい、その通りですよ。あ、でもどんなイカサマなのかは後で私にも教えてくださいね。気になります」
委員長は立ち上がると、壁に立て掛けられている姿見の前に立って身なりを確認し――
「って早くしてくださいよ!」
「うんうん、好奇くん、君は女の子なんだから、僕ほどには無理にしても、もう少しエレガントでいた方がいいよ。急いては事を仕損じると云うだろう」
そう云われましても、逸る気持ちを抑えることはできません。
私は委員長の手を引くようにして、来た道を戻ります。美麗ちゃんと栖ちゃんもついて来ます(副委員長が来ないのは予想どおりですし、構いません)。
「あー、間に合いますかね。心配です。私が現場に居合わせたときも既に大勢の生徒が集まっていましたし、もう先生がたが野次馬が近づけないように措置を取っちゃってるかも知れません」
「その面白い死に方というのは、どんなふうなんだい」
「それがですね、全身がぺしゃんこに潰れたうえに、腕と脚が千切れていて、さらに手首から先が消えていて、しかもなぜか全裸で、当然あたりは血の海ですし、それはそれは面白い有様なんですよ」
いま思い出しても、口元が緩んでしまいます。
2
現場は、弐年巳組が店を開くにあたって使用を許可されたエリアの中にあります。そのエリアとは南校舎の二階の角に位置する教室三つ分とその前の廊下一帯で、死体があるのはそのうち一番奥の教室なのですが、やはり廊下まで生徒たちでごった返していました。ただ、見たところ先生がたの姿はありません。
「ひどい人混みだね。好奇くん、諦めよう」
「どうしてですか! 分け入ればいいじゃないですか!」
「それは美しくない」
美麗ちゃんと栖ちゃんも口々に「わたくしも遠慮しますわ」「私も……」なんて云っていて、乗り気じゃないようです。でもそれで私が折れるはずもなく、委員長だけは何としてでも連れて行こうと、腕を引っ張って強引に人々の群れの中に入ります。
「ちょっと、好奇くん、やめたまえよ」
「大丈夫ですよ。委員長はハイパー美しいんで、こんな人混みの中で揉まれてもその美しさにはいささかの翳りも見えないどころか、かえって際立っているので!」
「それはその通りだが……」
あ、期せずして、委員長の御し方みたいなものがちょっと分かったかも知れないです。
それからどうにか人混みの最前列(廊下の、一番奥の教室の前に差し掛かろうという地点です)まで辿り着きましたが、しかしそれ以上は進めなくなっていました。立ち入り禁止を意味する黄色いテープが張られていたのです。このテープは……。
「野次馬諸君、見物はこのラインを決して越えない位置で頼みますよ。心配は要りません。この事件はあっと云う間に私達――探偵委員会が解決しますからね」
悪しき探偵委員会の使用するテープです……。問題の教室の中を覗き込むと、やはり探偵委員会の連中が弐年巳組の生徒たちに対して事情聴取の真似事をしています。自分達がまるで特権階級であるかのような勝手な振る舞いは相変わらずです。
「あっ! ……と云いましたけど、解決してないじゃないですか」
私はテープ付近で見張りを務めている下っ端委員のひとりに云います。
「なんですか、貴女は。小学生でもやらないような揚げ足取りを――」
「這入りますね」
「駄目です。それ以上踏み入ると貴女を重要参考人として拘束することに――」
「あれ、御加賀先輩じゃないッスか!」
そのとき問題の教室からひとりの男子が出てきて、こちらに手を振りました。その男子は私を取り押さえようとしていた下っ端委員に、
「君、彼女を離してくださいッス。それから御加賀先輩と彼女を中へ入れるんス」
「はいっ、分かりましたっ」
下っ端委員は威張り腐っていた態度をころっと変えますと、テープを限界まで上に引っ張り、私達がくぐれるようにしました。私は状況がよく分からないままにそれをくぐります。委員長を見ると、どういうわけか、まるで食あたりでも起こしたかのような表情です。
「あの人、知り合いですか? 委員長」
「そうッスよ。それはもう長きことナイル川の如し、深きことマリアナ海溝の如しって間柄なんスよ」
答えたのは正体不明の男子の方でした。彼は私に右手を差し伸べて、気さくな感じの笑みを浮かべます。
「巫和正太郎ッス。えーっと、礎好奇さんッスか?」
「はい、合ってますけど」
握手をしようと私も手を伸ばしましたが、委員長に止められました。
「やめなさい、好奇くん。女の子として、汚いものには手を触れない方がいい」
「委員長がそう云うのでしたら」
正太郎くんは「酷いッスね」と笑います。気を悪くしている様子はありません。
「ところで巫和くん、君、探偵委員会に所属していたのかい?」
「そうッスよ。巫和くん、頑張ったッス。入って二週間で〈探偵〉にまでなれたんスよ。それで今回の事件を担当するのが巫和くんで、此処では巫和くんに指揮権があるんスよ」
道理で数ヶ月前に探偵委員会を脱会した私が知らないはずだと得心しかけて、私は遅れて事の異常さに気が付きます。
「二週間で〈探偵〉? 有り得ませんよ、それは」
探偵委員会の内部では、事件を解決する〈探偵〉とその手伝いや雑用をこなす〈助手〉の二つの階級があって、〈探偵〉は全体の一割だけです。残りの九割が〈助手〉としてそれぞれの〈探偵〉の支配下に置かれるというシステムなのですが……新参者が、何を以てすれば、そんな短期間で〈探偵〉になれると云うのでしょう。しかもプライドばかり肥大化した連中が占める、序列というものに関して何よりも五月蠅い探偵委員会の中で。
「ま、巫和くんの話はいいんスよ。御加賀先輩がどうかは分からないッスけど、礎さんが聞きたいのは事件の話でしょ? 来てくださいよ。歓迎するッスよ」
正太郎くんは手招きしながら、再び教室の中へと這入っていきます。何はともあれ、不思議で不可解で素敵滅法な死体のもとに行けるのですから、私としては文句ありません。
「行きましょうよ、委員長。さあさあ」
委員長の手を引いて、意気揚々と正太郎くんに続きます。
教室の中では、弐年巳組の生徒たちが輪をつくって並んでいて、数人の〈助手〉達が話を聞いて回っています。なぜそんな格好なのかと云いますと、それは死体が横たわっているのが教室の中央だからでしょう。みんな、死体から距離をおいているわけです。
「死んだのは針山秀頼くん。この弐年巳組の学級委員長を務めていた男の子ッス。相当頼りになる人物で、みなからの信頼も厚かったんだとか」
正太郎くんが死体を指し示します。
まず真ん中に、ぺしゃんこに潰れた、首だけ繋がっている胴体があります。
それを囲むように、やはりぺしゃんこに潰れた、右腕、右脚、左脚、左腕。これらは切断されたと云うより、引き千切られたような荒い切り口です。
腕には両方とも手首がなく、こちらの方は逆に切り口が綺麗すぎて、切断されたと云うより消失したと云った方が適切なくらいです。
それらが血溜まりのなかに、まるで捨てられているかのように沈んでいます。衣服は纏っておらず、周囲にもそれらしいものは見当たりません。
「わあ、凄いです凄いです凄いです凄いです。委員長、一体全体、どうやったらこんな状況が完成するんでしょうね。ああ、堪りませんね、この何もかもが分からない感覚!」
「さあ、どうしてだろうね」
委員長はさして興味もなさそうです。つれませんね……。
弐年巳組の生徒たちは全員、見るも無残な秀頼くんの死体から目を背けています。みなさん気分が悪そうで、泣いている人も少なくありません。
「担任の先生でなくとも、先生はまだひとりも来ていないんですか?」
正太郎くんに訊ねてみると、彼は「そうッスよ」と頷きました。
「そもそも未祭りが生徒たちによる生徒たちのためのイベントッスからね。先生がたはこれに関しては放任主義を基本としてて、此処にいなかったのは別段おかしくないッス。そして現在は探偵委員会がこの場を預かるにあたって、先生がたに報せがいかないようにちょっとした緘口令を敷いているんで、当分やって来ることはないッスね。巫和くんとしては人が死んでるんスから先生がたに任せるのが自然じゃないかと思うんスけど、うちの委員会の方針はそうじゃなくてッスね、まるでほら、小説やドラマの名探偵が警察を煙たがるように、先生がたの介入を邪魔と考えてるみたいなんスよ」
事件が起きるといち早く察知してゴキブリみたいに群がり、我が物顔で占領しては横取りされるのを絶対に許そうとしない探偵委員会らしい話です。
「それで正太郎くんは――」
「あ、待つッス。巫和くん、下の名前で呼ばれるのが苦手なんスよ。ってか、嫌いなんス、下の名前。だから呼び方は巫和くんにしてもらえると助かるッス」
「巫和くんは、この事件を解決できそうなんですか?」
「どうッスかね。状況が状況なんで早々に解決しないといけないんスけど、手こずってるってのが正直なところッスかね」
「そうなんですね!」
しめた! って感じです。
「じゃあ現時点で分かってること、教えてくださいよ。特別に美化委員会が協力しますよ!」
これで詳細を知ろうとする良い口実ができました。
「本当ッスか? それは助かるッス。御加賀先輩ならきっと即座に――」
「僕は協力なんてしないよ」
委員長はきっぱりと……いえ、あっさりと云いました。
「えー、どうしてですか!」
「僕は持ち込まれた依頼を処理するだけだからね。今回のこれに関しては一切の関係も責任もないよ」
「では私からの依頼ということで。そうじゃなかったら巫和くんから」
「形式を取り繕ったって意味はないよ、好奇くん。形式に囚われているんじゃないからこそね」
うう、こういうときの委員長は強情なのです。
「まあまあ、聞くだけ聞いてくださいよ。それに、御加賀先輩の手を煩わせることなく、礎さんがびしっと解決しちゃえばいい話ッス。巫和くんとしては、どちらでも構わないッスからね」
「なるほど、それもそうですね!」
巫和くんは探偵委員会に所属してこそいますが、そう嫌な人ではなさそうです。少なくとも話の分かる人ではあります。どうやら委員長は彼をあまり快く思っていないようですが(旧知の仲らしいのに? だからこそ?)。
「じゃあ、てきぱき説明できるよう巫和くん頑張るッスよ。生徒さんがたの話では、この針山秀頼の死体は、突如として教室の中央でこうなっていたと云うんスね。殺人だってことは見れば分かるとおりッスけど、針山秀頼が何者かに襲われているところを見たなんて人もいないッスし、彼の叫び声を聞いたなんて人もいないんス。本当に気付いたころには此処でこうなっていたと云う他ないそうで、けったいな話なんスよ」
「そうですね。けったいですね。実にけったいですね。めちゃくちゃ面白いですね」
涎が垂れてしまいます。
「はい。だって朝からずっと、この教室では生徒さんがたが未祭りの準備をしていたんスよ。常に複数の人がいたし、出入りしてたんス。そして針山秀頼も同じく作業していたんス。彼は学級委員長としてみなの指揮までしてましたし、馬車馬の如く、そりゃあもう一等あくせく働いていたそうで、つまり最も目立っていたってわけなんスよ。それなのに、みなが知らないうちに、こうして死んでいたんス」
「わああああああああああっ!」
「どうしたんスか?」
「あ、いえ、失礼しました。興奮のあまり奇声を発してしまっただけです」
ここ最近では断トツの大ヒットですよ、これは。不思議だとか不可解だとか不可能だとか、そんな領域は遥かに逸脱して、もはや一から十まで意味が分かりません。これが現実の世界に具現し得る状況なのでしょうか。支離滅裂もここに極まれりというものです。
あ、鼻血が……。
「続けてください続けてください」
「でも鼻血、大丈夫ッスか? 巫和くん、ティッシュ持ってるんで、とりあえずこれで――」
「いや、好奇くん、僕のハンカチを使いなさい」
「あ、では委員長のハンカチで」
巫和くんの話を聞いているのか聞いていないのか分からない委員長でしたが、もしかして巫和くんに対抗意識があるのでしょうか。だとしたら随分と可愛いですが。
私は委員長から受け取ったハンカチを鼻に押し当てて(さすが委員長。良い匂いです)、改めて巫和くんに「続きを」とお願いします。
「はい。あれ、どこまで話しましたっけ。ああ、そうそう、それで生前の針山秀頼が最後に目撃されたときなんスけど、これがなんと針山秀頼の死体にみなが気付く三十秒とか四十秒とか前だって云うんスよ。それもそのときにこの教室にいた生徒さんがたのほぼ全員が見ていたと云うんスね。なんでも針山秀頼が昼食の時間についてお知らせしていたそうで……でもッスよ、五万歩くらい譲って、針山秀頼が殺される場面をみなが見逃したにしても、一分にも満たない間に、ぴんぴん生きていた男子高校生を裸にしてぶっ潰して腕と脚をもいで手首を切り取って衣服と手首をどこかに隠すなんて芸当、可能ッスかね?」
「不可能ですね。ハイパー不可能ですよ、それは」
「そうッスよね。いやあ、この難事件、どう手をつけたものか」
巫和くんは肩をすくめます。
「生徒さんがたが嘘をついているということも、なさそうですよね」
私は思い付いたことを口にしてみます。
「嘘をつくとしたら、死体発見の三十秒前に生きているところを見たなんて証言はしないはずッスから。そのせいで嘘を疑われるわけッスし」
弐年巳組の生徒たちを再度観察してみます。怯えている人や悲しんでいる人や憤っている人や気分の悪そうな人や、様々で、それはどこまでも普通で善良な一般人たちです。腹に一物抱えてそうな雰囲気はありません。
ところで死体を囲むように輪になっている生徒たちですが、彼らだけではありません。未祭りで使うのでしょう木の板や段ボール箱やカーテンや画用紙やパネルやその他諸々の小道具もそうなっています。死体が見えやすくなるようにどけたのでしょう。
「秀頼くんの衣服や手首は探したんですか? どこか遠くに持ち去られている可能性もありますけど、ああいう段ボール箱の中にひょっこり入っているとも考えられますよね」
「この教室の中は既に隅々まで捜索が終わってるッスよ。無論、あれらの段ボール箱の中もそうッスし、生徒さんがたのボディチェックも済んでるッス。今はうちの委員のみなさんが他の教室なんかを探してるところッス」
「そうですか。それにしても、なぜ手首が持ち去られたんでしょうね」
「ありそうなのは、手首に何か犯人にとって都合の悪いものが残ってしまったという線ッスかね。たとえば犯人に抵抗してどこか肌を引っ掻いてでもいれば、爪の隙間に犯人の皮膚が残るッス」
そのとき、不意に思い付きがありました。
「あと手首を持ち去る理由として代表的なのは、指紋ですね」
「針山秀頼の指紋ッスか?」
「はい。つまり、その死体が秀頼くんじゃないって可能性が示唆されますよ。顔が潰れているせいで、だいぶ原型から遠のいているじゃないですか。元が似ている別人なら、クラスのみなさんを欺くことも可能かと。と云いますのも、そう考えますと、死体発見の三十秒前に秀頼くんが生きているところを目撃されていても、問題がなくなるんです」
「それはどうしてッスか?」
「犯人は秀頼くんなんですよ。彼がその死体の人物を、こそこそとたっぷり時間をかけてその状態にしたんです。段ボール箱やパネル等を壁にして、ですよ。それが完了してから、みなさんに昼食の時間をお知らせして、逃げたんです。逃げるだけなら三十秒で充分ですよね」
「おお、凄いッスね、礎さん。巫和くん、びっくりしたッスよ。御加賀先輩に匹敵し得る発想力ッス。……うーん、でも残念ながら、それで解決とはいかないッスね」
「いかないですか」
まあ半ば分かってはいました。勢いで話してしまいましたが、さすがに無理があります。
「針山秀頼は頻繁に移動していたそうなんスよ。死んだときにいたその場所も、そのつい五分くらい前には別の生徒が使用していたそうッス。もちろん共同作業も多いッスし、そんななか周囲に気付かれないように今回の殺人を遂行するのはちょっと考えられないッスね。針山秀頼は朝から一度もこのエリアから外には出ていないと云いますけど、死体は出血量から見てもこの一時間くらいのうちに此処で殺されたものッスから、あらかじめこの状態にしてあって持ち込んだのでもないッス。それに、それじゃあこの死体は誰って話にもなるッスよね。針山秀頼がどうやって周りにバレないように、わざわざ注目を集めてから三十秒以内に逃げ出せたのかって話にも」
「そうですね。むしろ謎が増えちゃいますよね」
「はい。そもそもこんな滅茶苦茶な事件に説明なんて付けられるんスかね」
「ああああああ、本当、手も足も出ませんね」
「嬉しそうッスね」
「嬉しいですよ。当たり前じゃないですか」
こんな魅力的な謎に出逢えて、漲らないわけがありません。全身の細胞が歓喜しています。
でもこのまま真実が分からず仕舞いでは切ないですね……。
委員長を見ます。懇願するように見詰めます。
「委員長、委員長にはもう、真実がお分かりなんじゃないですか?」
委員長はそれには答えてくれず、
「もう充分に満喫したんじゃないかい、好奇くん。そろそろ帰ろう」
「えー、嫌ですよ嫌ですよ。委員長、とってもとっても世界一格好良い委員長、真実を教えてくださいよ、お願いしますよ。私、この謎の答えが知りたくて、気になって、焦がれて焦がれて、身が張り裂けてしまいそうですよ」
半ば委員長に抱きつくように縋りつき、私はさらに駄々をこねます。
「これで帰るなんて無理ですよ。そんな残虐な生殺しはありませんよ。私、死んじゃいますよ。世界の面白い死に方全集に見開きで乗っちゃうようなショッキングでスプラッタでグロテスクな死に方しちゃいますよ。お願いしますよ、委員長、そう堅くならなくてもいいじゃないですか。委員長、私に意地悪して喜ぶような人じゃないじゃないですか」
委員長は困った様子ですが、ここは譲れません。もう一押し、もう一押しだけします。
「美化委員会としてじゃなくても、私のために、私に免じて、話してくれませんか?」
しばらく間が空きまして――緊張の瞬間です――やがて委員長は「仕方ないなあ」と云いました。云ってくれました!
「やったあ! 大好きですよ、委員長!」
「うん、僕も僕が大好きだ。云わずもがなだね」
委員長はそれから巫和くんの方を向きまして、
「これ以上の調査は必要ないよ。今すぐ、この弐年巳組の生徒たちを仕事に戻らせてくれ。作業を中断させられて、気が気でないだろうからね」
どういう意図があってか、おかしな注文を出しました。
「御加賀先輩がそう云うならそうさせるッスけど、でも先に真実を教えてあげないと、彼らとしてはそっちの方が気が気でないんじゃないッスかね」
「仕事をさせてみれば分かるよ。仕事を再開させれば、真実はたちまち顕れる」
「ではそのように、ッス」
私にはまだ何が何やら分からないどころか、より一層の混乱に陥りました。すなわち、より一層盛り上がってきたということです。素敵です。素晴らしいです。エクセレントです。アメイジングです。
巫和くんは委員長に云われたとおり、他の探偵委員会の委員たちや弐年巳組の生徒たちに指示を出します。
果たして何が起こると云うのでしょうか。
さあさあ今回も、解決編のお時間です。
きゃああああああああああ、多幸感で窒息してしまいそうですよ!




