依頼
1
「美化委員会のお仕事を見学させてもらうッス、巫和正太郎ッス。御加賀先輩と同じ転入生で、さらに前の学校も同じだったんスよ。今日の見学はその縁もあって、特別に許してもらえたんス。まったく御加賀先輩は懐が深い。ちなみに巫和くんのことは巫和くんって呼んでもらえれば幸いッス」
「ええ、よろしくお願いしますわ。わたくし、皇美麗と云いますの」
わたくしは上品にお辞儀します。教室の隅に座っている泡槻さんは控え目な会釈をします。
「泡槻さん、貴女も自己紹介くらいしてはいかがですの? そうでないと巫和さん、貴女をどう呼んだらいいか分からないでしょう?」
泡槻さんは怯えたようにビクリと肩を震わせます。
「いえいえ、無理はしないでいいんスよ。巫和くんはいつも通りのみなさんを見させてもらえればと思ってるんで、変に気を遣われた方が目的にそぐわないかたちとなるッス。それにそちらの子の名前は今、皇さんが云っちゃってましたし」
「あら、そうですか?」
巫和さんは愛想の良いかたのようで、ニコニコ笑顔で首を縦に振ります。
「うん、うんうんうんうん、本人もこう云うんだ、みなも彼のことはいないと思ってくれて構わないよ。まるで空気のようにね。話し掛けられても無視していい」
「あはははは。御加賀先輩、相変わらずさりげなく人を褒めるのがお上手ッスね。空気なんて人類にとって必要不可欠でありながら、常にあるのが当然の存在……巫和くんがみなさんとそんなに親しい間柄だなんて、ちょっと気が早すぎるッスよ。あはははは」
な、なんてポジティブなかたなんでしょう……。委員長の皮肉をこんな豪快にかわすかた、はじめて見ましたわ……。
「あれ、美化委員会は五人からなる委員会と聞いたんスけど、まだ残りのお二人は見えないんスか?」
「うん、自由奔放な子達だからね。その日の気分で来たり来なかったりさ。全員揃うことはなかなかないよ。ところで皇くん、紅茶を淹れてくれよ」
「はいですわ」
「なんだか委員と云うより秘書って感じッスね」なんて巫和さんの言葉を聞きながら、わたくしは紅茶を四人分淹れて、それぞれ配って回ります。巫和さんに渡したところで委員長が「彼には必要なかったのだが」と云いました。どうやら委員長、巫和さんのことをあまり好ましく思っていないようですわね。こうも露骨に態度に表すのは珍しいです。
わたくしは席に戻り、自分の紅茶を啜ります。泡槻さんは猫舌なので紅茶のカップを両手で包み、一生懸命に息を吹きかけています。委員長はおもむろに鞄から鏡を取り出すと、自分が紅茶を飲む姿を映して「うんうんうんうん」と満足気に頷いています。巫和さんはそんなわたくし達の様子を興味深そうに観察して、
「あれ、いつになったらお仕事するんスか?」
「基本的に君が期待するような仕事はしないよ」
委員長が鏡に向かって色々とポーズを取りつつ答えます。
「美化委員会と云うからには、校内の掃除をしたりするんじゃないんスか?」
「我が校には生徒全員で勤しむ清掃の時間が設けられているだろう。もっとも、空き教室や一部の区画はその限りでないが、それでも其処の掃除が基本業務だったりはしないね。僕は綺麗好きだからこの教室の掃除なら頻繁にするが、普段自分が使わない場所に関しては特に興味も責任もない」
「なるほどお。なら基本的にはずっと自由時間みたいなものなんスね。皇さんの場合はそうやって紅茶を飲んでるだけッスか?」
質問の先がわたくしに向けられました。
「まさか。みなさんとお話したり、本を読んだり、他にもやることはたくさんありますわよ」
「へえ。此処は実質、憩いの場ということッスか? 自分の家みたいな?」
こうして次々と質問を重ねてくる感じで思い至りましたけれど、このかた、礎さんに似ていますわね。はじめに挨拶を交わしたときから、どなたかに似ていると思っていたのですが。
「あ、そういえば美麗さんって何組なんスか? 巫和くんと同じ二年生ッスよね?」
「わたくしは――」
そのとき、教室の扉が開かれました。見ると、二人の可憐な女子生徒さんが……と云いますか……。
「ひ、ひとりのかたが二人?」
目をこすってもう一度見ても、同じです。
そっくりそのまま同じ外見の人が二人、並んでいるのです。
「はじめまして」
二つの同じ声が同じタイミングで重なります。
「私達、輪上學霧と輪上游夢――双子の姉妹です」
「えーっと、どちらがどちらなんだい?」
委員長に訊ねられると、二人は互いに顔を見合わせてから、もう一度こちらに向き直り、首を傾げました。その一連の動きもすべて、鏡に映したかのように対称です。
「それが私達にも分からなくなってしまったのです。なので美化委員会様、私達、どっちがどっちだか、教えてください」
2
「皇さん」
「きゃっ!」
わたくしの隣の席に移動してきた巫和さんが不意に耳元で囁いたせいで、わたくしとしたことがついはしたない声を出してしまいました。
「な、なんですの?」
「ちらっとは話を聞いていたんスけど、美化委員会はこういう依頼人が来たときにその依頼を解決するのが最も仕事らしい仕事なんスよね?」
「ええ、そうですわね」
「その依頼の解決率はほぼ百パーで、しかも他の委員会じゃあ受け付けてくれないような無理難題も、基本的に跳ね除けることがないと聞いたッス」
「そうですわね。そのあたりは委員長の能力の賜物ですわ。わたくしも意気込みはあるんですけれど、大きな助けになれたことは数える程度ですので」
「へえ、そうなんスねえ。巫和くんはラッキーッスね。見学に来た日が丁度依頼人がやって来る日だったなんて。僥倖ッスよ」
「そうですわね」
最近はやけに依頼が多く持ち込まれるようになりましたので、それはそう低い確率ではないのですけれど、水を差すようなことは口にしないわたくしです。
「もしかしたら解決までの一部始終を見られるかもッスよね?」
「ええ、委員長は仕事がお早いので――」
「君達、お客様を前にこそこそ話はやめたまえ」
委員長から注意を受けてしまいました。わたくしは巫和さんからの質問に答えていただけですのに。巫和さんは「すンません」と舌を出します。誠意のかけらもなさそうなあたり、やっぱり礎さんと似ていますわね。
「失礼。じゃあ、話を聞かせてもらえるかな」
委員長は改めて、輪上姉妹に向き直ります。姿かたちがまったくの合同なお二人は、委員長と向かい合うかたちで、並んで椅子に座っています。いくら凝視しても、相違点がひとつも発見できません。お二人のいるところだけ景色から浮いていて、まるで絵のように現実味に欠けています。
「その前に便宜上、当面どちらがどちらか、御加賀さんに決めて欲しいです」
声を揃えるお二人。委員長は彼から見て右側を指差して「じゃあそちらが學霧くんということで」と云います。するとはじめて二人一緒ではなく、委員長に學霧さんと決められた方のひとりだけが口を開き、
「分かりました。ただ御加賀さん、私、男じゃなくて女です」
「分かっているよ」
「でも今、學霧くんって……」
「僕は女子にも男子にもくん付けなんだ。だって男子はくんなのに女子がちゃんでは、女性蔑視だろう?」
「え?」
なんですか、その理屈。はじめて聞きました。
學霧さん(仮です)はこほんと可愛らしい咳払いをしてから、
「私が話します。學霧はしっかり者で游夢は抜けているところが目立つので、私が話すのが適任なのです」
「うん、どうぞ」
「私達は容姿がとても似ています。と云うより、同一と云っていい。お察しのとおり双子……一卵性双生児です。姉の學霧と妹の游夢。そしてその類似……同一具合は他の双子の比ですらないレベルです。私達は幼少期から、よく喋り方や性格を入れ替えて、周囲を困らせる悪戯をしていました。私達が互いを演じると、それを見破れる人は皆無でした。學霧と游夢の外見以外の違いは多々ありますが、大雑把に話しますと、學霧は如才なく抜け目なく、大人びていて聡明……游夢は粗忽っぽく抜けっぽく、子供っぽくて愚鈍――」
「ちょっとお、それは悪く云い過ぎかもお」
いきなり游夢さん(仮です)がやけに間延びした口調で口を挟みました。見ると、游夢さん(仮)の方は表情が急に柔らかくなっていて、姿勢も若干丸まっています。
「分かりやすいように、あえて誇張しているのですよ」
「あ、そっかあ」
「……と、まあ、游夢はこんな感じです。此処に這入ってきたときは私達、二人とも學霧でやっていたわけです。片方がもう片方を真似てどちらがどちらか分からなくさせる、という悪戯も幼少期からやっていたものです」
「そういうことです。このように切り替えも瞬時にできます」
「あ、じゃあ続きは學霧お姉ちゃん、よろしくねえ」
お二人のポジションが瞬く間に変わったかのようで、並々ならぬ衝撃を受けました。実際は學霧さんと游夢さん(二人とも仮です)が役割と云いますか仮定を交換しただけのようです。ややこしいですわね……。
「私達は同一の容姿を駆使して、この手の悪戯を繰り返してきました。互いに何週間もの間入れ替わり続けて、周囲を欺き続けたこともあります」
「ちょっと質問してもいいかな?」と委員長。
「どうぞ」
「簡単に云ってしまえば、游夢くんより學霧くんの方が優秀なんだよね。なら、學霧くんが游夢くんの真似をするならまだしも、游夢くんが學霧くんの真似をするというのは、ちょっと難しかったんじゃないかい?」
「はじめはそうだったと記憶しています。游夢が學霧を装っても、抜けたところが露呈してはバレてしまうということが多かったです。ただ、これが大事なところなのですが、段々とそれがなくなっていったのです」
「段々と上達していってえ、長く入れ替わったりなんだりしているうちにい、どちらも學霧ができるし、どちらも游夢ができるようになっていたんですう」
「じきに演じているという感覚も薄れてきました。今だってそうです。自分は學霧がやれるのに游夢のレベルに合わせている、という感覚が、游夢のときにはしないんです。學霧のときだって、無理しているところもなければ、時々抜けた発言をしそうになることもありません。完全に切り替えられるし、入れ替われるのです」
「そしていつしかあ、あ、えーっと、うまく云えない……」
「ええ、頑張ってえ、學霧お姉ちゃん」
「そしていつしか、入れ替わっては戻る、という感覚ではなく、入れ替わって、また入れ替わって、またまた入れ替わって、という感覚になっていました。つまり、戻るということがどういうことか分からなくなってしまったのです」
「どっちがどっちだかあ、分からなくなっちゃったんですう」
「私達が分からないってことは、えーっと……他の人達にも当然分かるわけがなくてえ……」
「かと云ってえ、自分達で元を辿る……みたいなことも今更できなくてえ……」
「美化委員会様の知恵を貸して欲しいと考えたのです」
「こういう変な話でもお、美化委員会様なら真実を教えてくれるって聞いたのでえ」
「このままじゃあ、私達、すっごく困るんですよお……」
「ですので、お願いします。教えてください、美化委員会様。私達、どっちがどっちなんでしょう」
こ、これはさすがに委員長でも分からないのではないかしら……。わたくしなんて、お恥ずかしながら、この話の間にお二人が何回入れ替わったかすら途中で分からなくなってしまいましたわ。
ですが委員長は間髪入れずに、
「うん、うんうんうんうん、その事件、綺麗さっぱり美化委員会が解決します」
……しかしこれは真実を導き出すまでに相当な時間を要しそうですわね。少なくとも此処で話を聞いただけで解決できるような生半な依頼では――
「と云うか、もう真実は分かりきっているんだ。話していいかな?」
「え?」
輪上姉妹だけでなく、この声はわたくしと泡槻さんと巫和さんを入れた五人が同時に発したものです。
「何を驚いているんだい。いずれ答えに至るなら、その過程に時間が掛からなければいけない理由なんてどこにある? 少なくともこの御加賀清吉にそんなブラックボックスは必要ないのさ」
毎度毎度思い知らされることですが、やっぱりこの人、とんでもないですわ……。




