近未来漫才2
本作は、拙作『近未来漫才』の続編となっていますが
前作を読まなくても多分支障はないかと思われます。
ここはとある小規模な演芸会場。現在ステージには、二人の男が満面の営業スマイルをたたえながら上がってきていた。
一人は、田安春明。ありふれたグレーのスーツを着ている彼は、これといった特徴を持たない地味な感じの男だ。
もう一人の男は、東城渓人。こちらは田安と異なり、こじゃれたファッションをパリッと着こなして華やかな雰囲気を身にまとっている。一見すると、そこらにいる色男と何ら変わらない彼であるが、決定的に周囲と一線を画している点があった。それは、彼の頭から、銀色のアンテナ状の物体がちょこんと飛び出ているのである。
東城の正体は、自分の意思を持つ精巧なロボット。つまり、アンドロイドなのであった。
人間とアンドロイドが共生することが少しずつ当たり前になり始めたご時世において、二人は世界初の人間とアンドロイドの異色の組み合わせの漫才コンビとして活動しているのである。コンビを結成して数年。知名度は今一つであったが、こうして細々と活動を続けているのだった。
そして今宵、相も変わらずまばらな客席を前に、異色コンビ『機人変人』のステージが幕を開けた。
田安「どうもー! 『機人変人』でーす!」
東城「よろしくお願いしまーす!」
田安「僕達、一見普通のお笑いコンビに見えますよね? でも、他のお笑いコンビとは明らかに違う部分があるんですよ」
東城「えっマジで? どこどこ?」
田安「何でお前が知らねえんだよ! しかも、その明らかに違う部分っていうのは、お前に深ーく関わってることだってのに」
東城「え? 俺に関わることなの? いやー、全くもって心当たりがないなあ」
田安「マジかよ。だったらさ、自分の胸に手を当てて考えてみろよ」
東城「胸に手を当てて? ……うーん」
田安「どうだ。心当たりがあるだろ」
東城「いや、特に何も……」
田安「はあ? そんなわけ」
東城「胸から歯車がギシギシいってる音が聞こえること以外は何も……」
田安「はい、それ! 君が心当たりとして思い浮かばなきゃならないところはそこです! 実は、僕の相方の東城君は、精巧に作られたアンドロイドなんですよ」
客席「ええーっ!」
田安「まあ、そりゃあ驚きますよね」
東城「僕の相方が、ここまで華のない男だと知ったらねえ」
田安「お客さんが驚いてるのはそこじゃねえよ!」
東城「そっか。いやー、そうだよね。それは、俺達がステージに上がってきた時からわかってたことだもんね」
田安「そういう問題でもねえんだよ!」
(田安、東城の頭を軽くパーン)
東城「うわっ……ああ」
田安「ど、どうした?」
東城「ぶっ……ぶったな」
田安「いや、今のは軽くツッコんだだけ……」
東城「博士にもぶたれたことないのに!」
田安「てめえ、それを言いたかっただけじゃねえか! ガンダム見たことないくせにパロってんじゃねえよ」
東城「ちなみに、僕を作った博士はご高齢なので、僕の頭を殴ったら一発で骨が折れます」
田安「殴らない理由が悲しいな」
東城「そんな博士は現在独身。若くて美人でグラマラスなお嫁さんを募集中です」
田安「とんだエロジジイじゃねえか!」
東城「さらに言うと、僕のこの端麗な容姿は、博士の若い頃の……」
田安「え?」
東城「姿をモデルにしたら大変なことになるので、完全に妄想で作り上げたそうです」
田安「……。さて、実は僕、最近憧れているシチュエーションというものがありましてね」
東城「お、思考を放棄してネタやり始めた」
田安「忍者が任務で、敵国の城に巻物を取りに行くっていう姿がかっこいいなーって思うんですよ」
東城「まあ、確かにかっこいいですねえ」
田安「黒装束を身にまとい、使命を果たすために闇の中を駆け抜ける」
東城「そして、家財道具を一切合財詰めた荷車をガラガラと」
田安「それじゃ夜逃げだろうが! 共通点、夜中に活動するところにしかねえから!」
東城「そして、夜逃げの常習犯は、忍者よりも高いレベルの忍び足を体得しているという」
田安「夜逃げについての話は広げなくていいから! で、俺は主君から特命を受けた忍者をやるから」
東城「俺は、その時代劇をお茶の間で見ている主婦の役をやればいいんだね」
田安「違うよ! しかも、え? 時代劇って強制的に決めつけられてるわけ?」
東城「あらまあ、忍者が巻物を取りに行くだなんて、ありふれた内容の時代劇ねえ」
田安「勝手に役になりきるな!」
東城「あらら、忍者役の人はどこに映っているのかしら。この役者さん、地味過ぎて背景に溶け込んじゃってまあまあ」
田安「さりげなく俺の悪口ねじ込んでんじゃねえよ! お前には、俺の後輩の忍者をやってもらいたいんだ。しかも、今回は人間役だ」
東城「え? 何で?」
田安「何でって、アンドロイドが忍者やってるって時代錯誤も甚だしいだろ」
東城「えー。斬新で面白い設定だと思うけどなあ」
田安「アンドロイドが忍者とか、SF映画の巨匠が意欲作に挑もうとしない限り採用されないから。今回は、現実的に頼むよ」
東城「どこかで見ているかもしれないSF映画の巨匠様。そのような映画を作るときは、ぜひとも僕を主演に起用して下さいね。キラーン」
田安「……。いいか? 俺達はこれから主君の命に従い、あの城に巻物を取りに行く」
東城「おお、またも見事な黙殺」
田安「覚悟はできているな?」
東城「はい、先輩!」
田安「いいか? 忍者の任務というものは、まさに死と隣り合わせ。赴いた先で、命を落とすことになるかもしれない。それをよく肝に銘じておけよ」
東城「大丈夫です。もし故障したら、すぐに博士に修理してもらいますから!」
田安「早速設定無視してんじゃねえよ! ……コホン。まずは、城の門番をどうにかするぞ」
東城「よし! じゃあこのマシンガンで奴の頭を……うひひひひ」
田安「時代考証! 忍者がいる時代にマシンガンがあるわけねえだろ!」
東城「あ、こんなところでぶっ放したら銃刀法違反だね。いや、うっかり」
田安「そういう問題じゃねえんだよ! こういう時は、この眠り薬を塗った吹き矢を」
東城「思いきり吸って」
田安「吸ったらこっちが寝ちゃうだろうが! これは、こう使うんだよ……ふっ!」
東城「ぴろぴろぴー。ぎゃっははは! 先輩引っかかったー!」
田安「人の吹き矢をぴろぴろ笛とすり替えてんじゃねえよ! ったく、らちが明かねえな。……よし、どうにかこうにか城に侵入したぞ」
東城「とりあえず、台所で腹ごしらえといきますか」
田安「何を考えてんだよ! まずは、天井裏に忍び込んで、巻物がある部屋に向かうんだよ」
東城「で、帰りがけに台所で腹ごしらえを」
田安「離れようか。腹ごしらえから、発想をどうにかして離そうか」
東城「だって、腹が減っては」
田安「戦ができないってか? だが、生憎俺達は戦をするわけじゃねえからな」
東城「……バッテリー切れを起こして、機能が停止する恐れがあるので」
田安「人間は、バッテリー切れを起こしません! 今の君は、人間役なの。バッテリーの補充は、楽屋に戻ってから行って下さい」
東城「イエス・サー」
田安「ふう、やっと天井裏に侵入したぞ。しかし、辺りが暗くて足元がおぼつかないな」
東城「先輩! ここは俺に任せて下さい!」
田安「お、何かいいアイデアでもあるのか?」
東城「こういう時こそ、忍法の出番ですよ」
田安「え? 辺りが暗い時に使える忍法なんてあったか?」
東城「では、行きますよ。忍法『目からフラッシュ!』」
(東城、目から光をピカー)
田安「時代考証! どこの忍者が目から光を出すんだよ! こんなの、アンドロイドにしかできねえだろうが」
東城「大丈夫です。あくまでも、これは忍法ですから。しかも、自家発電なので地球にも優しい!」
田安「自家発電でも、地球に優しくても、駄目なものは駄目なんだよ!」
東城「はいはい。時代考証、時代考証。OFFッとな」
(東城、目から出す光をOFF)
田安「さあ、やっと巻物が隠されている部屋まで着いたな。これを持って、さっさとずらかるぞ」
東城「先輩! 巻物は俺が責任を持って預かります!」
田安「そうか、そんなに言うなら任せたぞ。じゃあ、もう一回天井裏に戻って……んっ!」
東城「先輩、下の部屋にいる奴らが騒いでますよ。俺達が潜んでること、ばれたんじゃないですか?」
田安「仕方ない。こういう時は……ニャーオ」
東城「うわっ。キモッ!」
田安「キモッ! じゃねえよ! こういう時は、猫の真似をしてやり過ごすのが王道なんだよ」
東城「でも、下の奴らはまだ疑ってるみたいですよ」
田安「そうか……じゃあ、次はお前がやってみろ」
東城「わかりました。では、忍法『録音を再生』!」
(『ニャーオ……うわっ。キモッ!』)
田安「さっきのくだりををそのまま再生してどうするんだよ! うわっ。とうとう城の奴らに俺達がいるのがばれちまったじゃねえか。急ぐぞ!」
東城「おお、外にもたくさんの追っ手が」
田安「こうなったら、どうにかしてあいつらをまくぞ。よし、忍法『煙玉』! ドロン!」
東城「おおっ。煙で攪乱している間に逃げる作戦ですね」
田安「解説してないで、お前も早く忍法を使え!」
東城「わかりました! 忍法『エンスト』! プシー……」
(東城、身体から焦げ臭い煙を噴出)
田安「時代考証! 自分の身体をエンストさせて煙を出す忍者がいるか!」
東城「で、でも、敵がびっくりシてウゴきトマってマすヨ……」
田安「やばいって! 色々とやばいことになってるから、早く煙を止めて!」
東城「イイ作戦ダと思っタんダけどなア……自動修復機能発動!」
(東城から噴出する煙ストップ)
東城「東城君、復活! さあ、今のうちに行きましょう」
田安「もう、あえてツッコまないからな。……よし、城壁を登って城を出れば任務を果たしたも同然だ。俺はこのかぎ爪を使ってと」
東城「なら、俺はこの便所のスッポンを使って」
田安「時代考証! 何回この台詞を言わせたら気が済むんだよ!」
東城「ほほう。田安君、さては流行語大賞を狙っておりますな?」
田安「狙ってねえよ! お前がしょうもないことばっかり言うから、俺がこんなツッコミを繰り返してんじゃねえか」
東城「僕がしょうもないことばかり言うのは、田安君がこんなネタを書いたからです」
田安「ぶっちゃけてんじゃねえよ! ネタは毎回二人で書いてるし、しかもこのネタはお前が主導権握って作ったじゃねえか!」
東城「このメモリーは、既に消去されました」
田安「嘘つけ! そうやって都合のいい時だけ……まあいいや。色々あったが、何とか巻物を持ち出すことに成功したぞ。さあ、主君に巻物を手渡すんだ」
東城「はい。お殿様、巻物はしっかりと私達が持ち帰りました。早速……あ」
田安「どうした」
東城「先輩! まずいことになりました!」
田安「え?」
東城「さっきエンストした時に、身体が熱を帯びたせいで巻物が黒焦げです! これでは、解読不可能です」
田安「何してくれてんだよ! これじゃあ、全然任務成功してねえじゃねえか」
東城「……今回の教訓。忍者がいた時代に、アンドロイドがいなくてよかったね♪」
田安「勝手に締めるな! もういいよ」
東城「それではこれにてシャットダウン!」
田安・東城「どうも、ありがとうございましたー!」