1-4 さいかい
前回から随分と時間が空いてしまいました・・・申し訳ございませぬ。
※14/9/28 SFOがサービス開始してからの期間を変更 6ヵ月→4か月
見渡す限りの草原、どこまでも青く澄んだ空、頬をやさしく撫ぜる風の感触、鼻をくすぐる草木の匂い・・・仮想空間の中のはずなのに、現実世界で外に出ているように錯覚してしまう。その場にいるだけでも、製作者達のこだわり苦労がひしひしと伝わってくる。初めてこの世界にログインした時には、そりゃぁもう興奮したものだ。ついに来たか、この時代に生まれてよかった・・・と。
不規則に右へ左へと流れる景色を眺めながら感傷に浸る。こんな体験現実じゃなかなかできないのだ、もう少し楽しんでいてもいいだろう。そう思い、ゆっくりと目を閉じる。
「ユウ!!」
「ユウくん!?」
すると、どこからか俺を呼ぶ声がする。彼らは現実逃避を許してはくれない様だ。どうやらこの一時とももうお別れらしい。名残惜しいが・・・まぁ仕方ない。俺は声が聞こえたほうを向き、今出せるありったけの声で返す。
「・・・だれ・・・かッ・・・たす・・・け・・・」
早くしてください死んでしまいます・・・精神的に。慌ててこちらに走ってくる友人達から蒼く澄んだ空へと視線を移す。あぁ・・・今日も空が綺麗だなぁ・・・。
強くなるまで単独行動は控えよう。スライムにアバターと精神を蹂躙されながら、俺は強く心に誓ったのだった。
1-4 さいかい
一瞬だけ体の感覚と視界がなくなり、次の瞬間フラッシュを焚いたように世界が白で埋め尽くされる。この感覚だけは何回やっても慣れない。ふわっと浮くような感じがジェットコースターのそれと何となく似ていて嫌なのだ。断じて絶叫マシンが苦手って訳ではない、あまり好きではないというだけなのだ。一拍おいて、地に足がつく感覚とともに表示されたログインウィンドウにIDとパスワードを入力しOKを押す。
『剣と魔法の世界 《ソードフロンティアオンライン》 へ ようこそ!』
壮大なファンファーレと共にシンプルな歓迎文が表示され、一瞬の暗転の後キャラクター選択ウィンドウが表示される。周りの景色は中世の神殿の内部のようになっている。ステンドグラスから漏れる淡い光が実に幻想的だ。ちなみにこの場所、ログインの時にしか入ることが出来ないが、ゲーム内でも一二を争う人気スポットだったりする。ゲームの設定的にこういった綺麗な建物が少ないというのが主な理由らしい。
少し迷い、新規制作を選択する。以前まで使っていたデータは無論男キャラのため、女となってしまった現在では使うことが出来ない。こんな制限があるのは、本来とは異なる性別のアバターを使用した場合の現実に与える影響や安全性が十分に確認されてないからだとか。しょうがないことなのだが、3ヶ月少々の時間が無駄になってしまうと思うと少し憂鬱になった。誰だって頑張ってプレイしていたゲームのデータが消えたら悲しいと思う。
頬をたたき気を取り直す。この世界ではあまり痛みを感じないのでそこまで意味はないのだが、気分的な問題ってやつだ。さぁ、いっそのこと気合いを入れて物凄い綺麗なアバターを作ってやろうかと勢い良く最初の項目をタッチする・・・直前にメールの着信音がなり響いた。差出人の名は『八木 司』だ。なんというタイミング、気勢をそがれてしまったではないか。
『言い忘れてた。
種族とかジョブとかは自由でいいけど、
外見はあんまりいじらないように。
絶対だぞ?
PS.まだ一時間くらい余裕があるからじっくり考えるといいよ(・ω・)』
これはフリというやつか?思いっきりいじっていいっていうフリなのか!?思わず突っ込んでしまいそうになるのを堪える。こんな事を考えられるということはまだ心に余裕があるのかもしれないが、今はそんなボケをかましている場合ではない、非常事態なのだ。そもそも、外に出る練習なのに外見を変えてしまったら意味がない。ここは言いつけ通りに製作していくとしよう。
制作を開始して小一時間。外見の設定がない割には随分と時間がかかってしまったが、何とかキャラクターを完成させることが出来た。実を言うともう二時間ほど考えていたかった。キャラ作成の項目が多いゲームをやった事がある人ならこの気持ちを理解してもらえるだろう。あれこれ考えていたら楽しくなっちゃっていつの間にか夜が明けていた・・・なんて経験、一度くらいはあるのではないだろうか?・・・っえ、ない?ばんなそかな。
このゲームには、5つの種族と8つの職業、そして大きく分けて13種類の武器が存在している。スキルに関しては、戦闘系と生産系を合わせるとそれだけでも分厚い攻略本が一冊出来上がってしまうほどの数が存在しているらしい。能力値は『HP・MP・筋力・魔力・俊敏・技量』の6つ。筋力・魔力は攻撃力に、俊敏は移動・回避・攻撃などの速度に、技量はスキル性能に影響する。
これらすべての情報を網羅した攻略本を作ろうとすると、六法全書とタメを張る事が出来るほどの厚さになるとかなんとか。これは制作陣がインタビューで言っていたことなので、おそらく本当の事なのだろう。それ以降ネットでは『制作陣はバカ(褒め言葉)』が共通認識となっている。俺も同感だ。ホントバカじゃねーの!いいぞもっとや・・・らなくてもいいです。ほどほどって大事だとおもうのです。
さて、キャラ制作も終わったことだしゲームを開始して司と合流するとしよう。あいつの事だから結構さっさと作り終えて待ちぼうけてるかもしれない、指定された時間ぎりぎりになってしまったし急がなければ。
『メイキングを終了。
"始まりの街"《ヤマト》に転送します。
それでは良い冒険を!』
周囲のオブジェクトがポリゴンの粒子となって徐々に分解されていき、体が光に包まれる。ログインの時と違って嫌な浮遊感はない。そのせいもあってか、この転送されるまでのロード時間は結構好きだった。現実では行けないような場所、見れない景色、そこに至るまでの冒険・・・。姿形が変わっても、そんなことに思いを馳せる時のワクワク感は変わらず堪らないものがあった。それに加えて、ゲームの中だったら今のこんな容姿であっても周りとの違和感は少ないし、周りの目をあまり気にしなくても堂々と遊ぶことが出来る。テンションが上がらない方がおかしい。やはり、仮想世界とはいえ体を動かして遊ぶのは気分がいいのだ。
「よーし、思いっきり遊ぶぞー!」
誰もいないロード中の空間で、当初の目的をすっかり忘れた俺は高らかにそう宣言したのだった。
◇
「うぅぅ、面目ない・・・」
「まぁ・・・その、なんだ・・・あんまり気にするな」
現在、俺は以前から入っていたギルドの集会場にある机に突っ伏し、司に頭をなでられている。恥ずかしいのだが、非常に安心するのでされるがままになっている。
「いやしかし、ホントにお前が司だとは今でも信じられん。なぁ、『コハク』?」
「本当にねー。ニュース見た時は心臓止まるかと思ったよー?」
「心配かけてすまんかったな。あと『ユミ』だ、『クード』。ほとんど身内ばっかりのギルドだからって気をつけろよ」
「あっ・・・わりぃわりぃ、つい」
俺達二人の向かい側に座って『ユミ』こと司と話している旧友二人に目をやる。片方はトゲトゲ黒髪ドラゴノイドの『クード』、もう片方は琥珀色アンドロイド少女の『コハク』。ドラゴノイド、アンドロイドはどちらもパワータイプの種族で、おおまかに魔力が得意かそうで無いか、技量が高いか低いかという違いがある。余談だが、種族ごとに専用の装備カテゴリーが有ったりする。が、今は割愛させてもらう。
ちなみに俺は二人の本名を知らない。リアルであった事はあるらしいのだが記憶にない。・・・決して薄情なわけではなく、仕方のないことだと思いたい。
「その・・・ユウくん、この間はごめんね?いきなり驚かせちゃったみたいで」
「俺も、少し強引過ぎた。すまん」
俺の視線をどう受け取ったのかコハクは俺に向けて謝り、ユミもそれに乗っかって謝ってくる。
「あ、いや、その・・・そういうことじゃなくて・・・こっちこそゴメン、心配かけて」
「いいのいいの、気にしなくて。こんな状況だし、気が動転しちゃうのも仕方ないって」
数日前、俺は意気揚々とログインしユミと合流。そして協力者であるクードとコハクのいるギルド集会所へと向かい、二人と対面した。・・・そこまでは良かったのだが、二人の顔を見た途端パニックを起こしバイタルチェックに引っ掛かり強制ログアウト。目が覚めてすぐに司が来てくれたおかげでそれ以上の混乱は無かった。そんなこともあってか、皆には余計に気を遣わせてしまっているようだ。
それにしても、あの時は初めてゲーム内で二人にあった時よりもひどい有様だった。確か初めての時はひどく緊張しただけだったし、今日だって同じような感じだった。冷静になって思えば随分と不思議だ。体の変化は心にも影響するのだろうか。
「もう少し日を開けたほうがよかったんじゃないか?焦る必要もないし」
「大丈夫だよ、もう落ち着いたし」
「そうか・・・さて、暗い話はここら辺にして!」
クードがパンッと手を鳴らし話しを切り替える。こいつは普段ふざけてる割には結構雰囲気や人の表情を読むのがうまい。それに何度か助けられたこともあった。
「ツカ・・・ユミ達はこれからどうするんだ?」
「とりあえずチュートリアルクエストついでに軽くレベル上げだな。この体にもまだ慣れてないし」
「まぁ、妥当だな」
俺も特に異論がないので頷く。狩りとかゲーム的なことを考えると自然とテンションが上がってくる。まったく現金なものだ。
「じゃぁ、時間も少ないし早速行こっか」
「っと・・・その前に、キャラの構成を教えてくれないか?」
「あぁ、移動しながらな」
そう言って司は俺の頭から手を離して立ち上がった。決して残念だとは思ってない、断じてない。
「おーい、いくぞ?」
「へ?・・・あ、あぁ大丈夫」
「・・・そうか」
いつの間にか他の二人も立ち上がってこちらを見ていた。心なしか複雑な表情をしていたのは、たぶん気のせいじゃないだろう。
「あー・・・先に言っておくが・・・、お前がニセモノだって思ってるわけじゃないからな?それなりの信じる理由もある・・・えーっと・・・」
「それにね、仕草とか、しゃべり方とか・・・顔立ちとか、優君にそっくりだし・・・えと、その・・・」
突然――女の子になりました!――なんて言われても普通は信じられないと思うし、本人である俺だって未だに夢なんじゃないかって思うこともある。疑念を持つなというのが無理な話だ。だからだろうか、二人はどもりながらも俺を安心させようとしてくれる。
どうして俺の周りにはこうもお人好しばかり集まるのか。失礼だが、必死なクードとコハクの姿がおかしくて思わず吹き出してしまった。ひとしきり笑った後、きょとんとする三人にごめんと言って俺も立ち上がる。
「人が心配してるってのに、笑うことはねぇだろ」
「ほんとゴメンって、なんか二人が面白くって」
「なんじゃそれ」
「まぁ、元気になったようでよかった」
本人たちが信じると言ってくれているのだ、いつまでも悩んでたって仕方ないだろう。本当に俺かなんてそれこそ自分にしかわからないんだし、自分の行動で示していくしかない。せっかくのゲーム世界、楽しまないと損ってものだ。
「さぁ行こうか、時間もないんだし!」
「言われなくても分かっとるわ!」
「まったく・・・調子いいんだから」
記憶にない部分も含めていろいろあったから、気持ちを切り替える事は得意なのだよ。ん、現実逃避の間違いじゃないかって?・・・そうともいう。
勢い良く扉を開け外へ出る。空は眩しいくらいの晴天、さぁ数週間ぶりのゲーム開始と行こうじゃないか。俺は三人をおいて走り出し、大声で宣言する。
「目的地まで競走な!ビリは・・・んーっと・・・なんか罰ゲーム!」
「お、おい!・・・はぁ・・・言ったな?嘘とは言わせねぇからな!」
「え、あ、ちょ、タンマタンマ!ステータス初期に戻ったの忘れてた!」
「タンマ無し、最初に言ったのはお前だぁ!」
「クードぉー、ほどほどにね-?」
このゲームのサービスが始まって4ヵ月、四人は人通りのまばらな始まりの街を賑やかに駆け抜けていった。
キャラがまた増えたよ!やったねたえt(ドゴォ
次回は戦闘編だと思われます。