みきとぼく。
『雪に願いを』を見なくても見れるような流れにしました。
ただの日常の1ページといった所でしょうか。
「もうそろそろクリスマスだな」
そう美希の声がして、僕は夕飯を作っていた手を止め美希の方を見た。
「あの…、美希さん。何言ってるんですか? まだ10月ですよ、今」
そんなのは分かっている、と言ってテーブルの所で座っている美希は、腕を組んで不機嫌そうに僕を見つめる。
「君はもう忘れてしまったのか? 去年のクリスマスの事を」
「去年って…、ああ…。そ、その節はホントに大変ご迷惑をお掛けしましたね」
去年と言えば僕が熱で寝込んでしまったというとても申し訳がない思い出があった。その時美希は寝込んだ僕の事を心配して部屋に駆けつけてくれたんだっけ。今思うとあれからほとんど僕しか台所に立ってないような気がする。
「榊君。私は今3年で、君は2年。社会に出ればこうやってゆっくりと会う時間なんてどんどん無くなってしまうんだよ。お互いが仕事に就いてしまったら、行事やイベントなんかとは縁遠くなることは目に見えているからね」
美希の言うとおり大学生活ももうすぐ終わり。美希は留年しない限り僕よりも先に社会へと出ていくのは確かな事。今まさに就職活動を始めている身であるし、この頃もこうやって会える日も少なくなっている。
「そんな数少ない時間を、また去年みたいに潰されては困るからね」
「でも、ちゃんとクリスマスにはデートは出来ましたし…」
「だったら良い、と言う訳じゃないだろう。確かに私が先に『』と言ったのは事実だ。その言葉に嘘偽りは無い。…でも世間一般で言えば恋人たちがこのイベントを楽しむのは24日なんだよ。去年の25日、それは君も身をもって知ったろう?」
「……そうですね」
そう言って思い出すのは美希の言う去年の25日の事だ。
僕は奇跡的に次の日には熱も体調も元通りになり、先輩との約束である『本当のクリスマスの日にデート』を行う事が出来た。いくら世間が恋人たちが一番盛り上がるのが24日だとしても、次の日がそこまで盛り上がらない訳がない、と、そう僕たちは思いながら街に繰り出したのだ。
でも僕たちの考えは甘かった。
まじめに勉強をやってきた弊害だったようで、世間一般の常識とやらをどこかに置いてきてしまったらしい。行く場所行く店どこも盛り上がりなど微塵もなかったのだ。まるでクリスマスというのを忘れてしまったかのように。
それでも僕たちはせめてクリスマスらしい食事でもしようと、値は張ってもいいからという思いでこの街で割と高級な部類に入るレストランへと入った。
そこでもその世間と自分たちの考えのズレというのを体験した。
持ってきてもらったメニューにはクリスマスらしい料理などどこにもなかったのだ。
『どういう事だ、榊君。日本では案外クリスマスという行事を楽しまないものなのか?』
美希はメニューを持つ手を震わせて、信じられないといった口調で僕に話しかけてくる。
『いえ。そんなはずはないです。きっとクリスマス用のメニューを出し忘れているに違いありません』
『そ、そうだろう。この所のテレビではどこの局をかけてももうすぐクリスマスだと騒いでいたぐらいだ。そうに決まっている』
すいません!、そう僕はレストランの雰囲気に相応しくないような声を挙げてウェイターを呼んでしまった。周りが僕たちの方を気にしながらざわついている中、ウェイターは何事もなかったように冷静に僕たちの方へやってきてくれた。店の品格がうかがえる。
『お待たせしました。何か不明な点でもございましたか?』
『あ、いえ、その…、クリスマス用のメニューは……』
『…はい?』
聞き取れなかったのか、僕に不思議そうな目を向けているウェイター。その視線がどうにも恥ずかしく感じ、僕は聞き直す事が出来ない。
『だからクリスマス用のメニューだ。それぐらいこちらが呼んだ時に察したらどうだ?』
先輩は僕の様子に呆れたように語気を強めて僕が言いたかったことを代弁してくれた。男として情けない。
するとどうだろう。何故かウェイターはキョトンとした表情になっていた。そしてしばらくし、ウェイターは苦笑いを浮かべた。
『申し訳ございませんが、当店ではすでに期間限定のクリスマス料理の取扱いは終了しております。ちなみにその期間は昨日までとなっていたのですが…』
『『えっ!!』』
驚きで僕と美希は同じ反応をしてしまった。
ついに様子をうかがっていた周りの人たちからは堪えきれなくなったのか、クスクスと笑われる始末だ。僕と美希は恥ずかしさからすぐにでもこの空間から出ていきたかった。すると咳払いをするウェイター。
『では、クリスマス料理に近い料理があるこのコースをお勧めします。どうでしょうか?』
気を利かせてくれたウェイターのおかげで、僕たちはそのまま料理を頂いていったのだが、あんな風な事があるとは思いもしなかった。
「まさかクリスマスというのはお店も含め、大体がクリスマス『イブ』までがクリスマスとしてのイベント期間だなんて。ならカレンダーに書いてある『クリスマス』っていうのはなんなんだ? それがなんの意味も持たなければ、クリスマスという存在が否定されているのと一緒だぞ!」
「まあまあ。でもお店の全部が全部クリスマスはイブまでという訳じゃなかったみたいですし。チョイスした店がちょうどそんな店ばかりだっただけかもしれないですよ」
「そうかもしれない。だけどあんな思いをしないために出来る対抗策はある。とても簡単な事だ」
「それはどういった対策ですか?」
そういうと立ち上がり、僕の前に来るとビシッと指を僕に指して言った。
「何事もなく『しっかりとした体調』でクリスマスまで過ごしていられればいいだけの話だ。とても簡単な話だろう?」
「おっしゃる通りで…。気を付けます……」
よろしい、と言いながら、そのまま僕のおでこにデコピンをしてくる美希。とても軽い軽い痛み。「頼んだよ」と言う気持ちが伝わってくる。
こんなにやさしくて僕を思ってくれる人を僕は去年、僕なんかの所には来ないと信じなかった。なんて酷い男だろう。こんなにも僕を思ってくれているというのに。
僕は目の前に立つ美希の事を見つめる。
「なんだ、どうしたんだ? デコピンが痛かったか?」
「いえ、そうじゃなくてですね。ただ…」
「ただ?」
「僕は美希といられて幸せだな、って思って」
僕の言葉に一瞬の間が空き、気付いたように後ずさりする美希。顔が真っ赤だ。
「なな、な、何を言ってるんだ、君は。こんな時に言うセリフじゃないだろ!」
「そうですか? でも改めて気づかされたって言うか、何というか---、ムグっ!!」
「もういい、やめろ! こっちが恥ずかしい!」
美希は僕の口を必死で抑え、それ以上言うなとやってくる。それに抵抗するふりをして、美希がどういう反応をするか見つめていた。
どれだけこの人に幸せを感じさせられるだろう。
誰よりも幸せを感じさせられるだろうか。
僕が美希といる時間が大切に思うように、美希もそう感じているだろうか。
手の届く距離に君がいるというのに、あなたの思いを全部は分からない。
それでも僕は美希、君を愛し続けるだろう。
「美希。ちょっといい?」
「ん? っ!」
不意打ちに僕は美希にキスをした。ホントにただ触れるだけの軽いキス。すると美希は一瞬固まった後、すぐに僕に抱きついてきた。
「…年下の癖に」
「じゃあ僕は、年上の癖にってところですかね」
頬を膨らませ僕を見つめる美希。
「じゃあ…、年上の威厳を見せつけてやる」
そう言って美希は顔をグッと近づけてきた。
と、近づけてきて鼻先が当たる直前でピタッと止まった美希の顔。
「ところで榊君」
「はい?」
「料理、焦げているよ」
「…あ」