変と書いて恋と呼ぶ
「あー、今日も振られたー」
泣きながら、男は
「この恋に名前を付けるなら、秋空だ」
と叫んでいる。
しかも、交差点のど真ん中でである・・・・・・
「なんなのかしら?」
「一週間前にも見たわよあの男」
「見た目は、かっこいいのにねぇ・・・・・・」
そう、男はたった今振られたのだ。
恋は連戦連敗、告白しては振られ、又振られることを繰り返している。
つい一週間前にも振られたばかりだというのに、もう違う人に振られているとは、恐ろしいペースである。
「あかね~、あの男どう思う?」
親友のなびきの問いかけに
「馬鹿な男」
とそっけなく答えた。
新宮寺 茜は生まれ持っての美人である、今まで告白されること数十回、すべてそんな気分じゃないと突っぱねてきた。
自分に告白してくる男たちを思い出して、あかねはもう一度
「馬鹿でどうしようもない男」
と付け加えた。
そんなことがあったことも忘れ、一か月がたったある日部長に嫌味を言われ、嫌な気分で帰路についたあかねだったが、また例の交差点で男が叫んでいる。
「この恋に名前をつけるなら、一輪の花だぁぁ」
また振られたの?あの人。
「ほんっとに馬鹿な男」
と呟いたあかねだったが、少し男を面白い奴と思いだしている自分に戸惑っていた。
それから、早ければ5日、長くても一ヶ月に一回振られた男を見かけるあかね。
いつしかそれが、一つの楽しみにもなって行った。
同じ頃、会社でもその男のことが噂になり始めていた。
どうやら、社内でも男に告白された子がいるみたいだった。
「始めてあったのに告白されたんだって~」
「なんか怖いわよねぇ」
給湯室に入ると、
「あかねは綺麗だから気を付けなよ~」
となびきが話しかけてくる。
「相手にしなければいいのよ」
といつも通りの口調であかねは返した。
そんな噂などお構いなしに、毎週のように飽きもせずどんどんと振られ続けていくのであった。
ある日、あかねが同僚の女子社員とランチを食べようとしていると、男が何かを決意したような顔で走ってきた。
あかねは、とうとう来たわねと内心どうやって振ろうかと考えていると、
「すいません、少しどいてもらってもよろしいですか?」
余りに突拍子なことに面食らうあかね。
そして、男は全然目立たない同僚の女子社員に告白を始めたではないか・・・・・・
どうして・・・・・・どうして私じゃないのよ・・・・・・
その女子社員にもいつも通り振られる男。
そして、目の前でいつもの叫びを始めたが、もはやあかねの耳は周りの音など聞こえる状態ではなかった。
「人を馬鹿にして」
怒りとは裏腹に、毎日男のことを考えてしまうあかねであった。
こうなったら。。。あかねは男に告白されるために女を磨き始めるのであった。
そんな出来事など、知る由もなく男は次々に振られては告白することを繰り返していく。
男のことが頭から離れなくなったあかねは、ついに覚悟を決めた。
自分から告白することを・・・・・・
街で男を見かけたあかねは、男を追いかけこう言った
「あんた、私に告白しなさいよ」
ふふ、これで男は私に告白するはず・・・・・・
だが、男は意外な解答を返した。
「僕、告白する理由がないです」
焦るあかね
「あなた、だれにでも告白してたじゃない!」
男は驚きながらもしっかりとした口調で話す。
「僕は、いつもその人のことを本気で好きになって恋をして告白しているんです。」
「いつもうまくいかないけれど、いつも本気で好きになったから後悔はしていないんです。」
あかねは気がついた。自分は男のその純粋さに引かれていたことをそして、忘れていた大切なことを思い出した。人を好きになること、恋をするってことを。
「では、僕忙しいので・・・・・・」
男は立ち去っていった。
それから、あかねは毎日が楽しくなった。男を見るために男がいそうな場所に行ったり、男のことを考えながらお洒落をしたりすることが生きがいになっていった。
そして、ある事を決意したあかねは、いつかのように男に話しかけた。
「あなたはあの時の・・・・・・」
「聞いて欲しいことがあるの、私あなたのことすごく好きになってしまったみたい。」
男は、面喰ったような顔でこう言った。
「僕には今好きな人がいるので・・・・・・」
振られることはだれでもショックだが、免疫のない女にとっては想像以上にショックだった。
なにしろ初めて告白したのだから。
今までほっておいても男は寄ってきたのだから。
しかし、何かすごく晴れ晴れとした気分だった。
これが、恋の味なのかしら・・・・・・思ってたよりいいもんだわ・・・・・・
女はそれから振られることが生きがいとなった。
もちろん最初は、告白が成功することもあったのだが、今ではほぼ失敗することができるようになった。
今日も、どこかで聞こえる。
「変」いや「恋」の形を間違った若者達の叫びが。