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ハイファンタジー

「金が欲しいんだろ?」「いいえ、ボランティアですが……」

作者: 高井 想生

 ロイスは、村を守る自警団のリーダーを務めている。


 自警団の主な役目は、モンスターが村に近づいたときに追い払ったり、討伐したりすることだ。普通は傭兵や冒険者に金を払って守ってもらうが、ロイスたちはボランティアだった。


 メンバーは八人。いずれも腕には覚えがあり、これまで大きな苦労もなく村を守ってきた。


 しかし最近、困ったことが起きている。


「あんなモンスター、昔のワシなら一分もかからん」

「そんなショボい魔法、使わん方がましだ!」

「弱いモンスターに傷を負わされるとは、お主ら随分と頼りないのう」


 村の重役の一人、老人ジャコウはモンスターが出た現場に顔を出しては、そうした暴言を繰り返すのだ。


 そしてついには──


「結局、金か? こんな人数は不要だ。ワシが村議会で自警団の解散を提案してやる。村は貴様らになんぞ金を払わん!」


 自警団で一番若いエドは拳を強く握り、思わず殴りかかろうとした。間一髪、他のメンバーに止められる。


「ふん、若僧が! ワシを誰だと思っておる!」


「知らねえよ、“暇なジジイ”だろ! そんなに偉いなら、あんたがモンスターを追い払ってみせればいいじゃないか!」


「ガキが! 貴様らには解散してもらうしかないようだな。後悔しても知らんぞ!!」


「そっちが──!」


 エドは言いかけたが、ロイスの手がすばやくその口を塞いだ。



 バン!


 エドが怒りのままテーブルを叩いた。


「ロイスさん! もう我慢できません! あのじじいに罵られながら自警団活動を続けるなんて!」


「落ち着け、エド。お前だってこの村が好きだろ?」


「そうですけど……あの人は許せない。モンスターが出たら村の人には近寄らないように、と伝えているのに、あいつは全然聞かないんです。それに、あんなに罵られたら戦いに集中できません」


「そんなに怒るなよ、エド」


 カールが口を挟む。


「何を呑気に言ってるんです。カールさんだって、あいつのせいで戦闘中に怪我をしたじゃないですか!? 僕たちは命がけなんだ。あんな老人のために死にたくない」


 エドの言葉に、カールは提案する。


「なあロイス。村長に掛け合って、ジャコウさんが出現現場に近づかないようにしてもらえないか?」


「……分かった。村長に話してくるよ」



「──というわけなんです。村長からジャコウさんに、お話していただきたいんです」


「まあまあ、お互い“いい大人”なんだしさ。ジャコウさんは、ああいう人なんだよ。そう思って活動してよ」


 バンッ!


 ロイスは、思わずテーブルを叩いた。


「俺たちは、この村が好きです。だから、自警団として活動しています。お気持ち程度に、少しの金や物資をいただくことはありますが──」


「そ、それはもちろん分かっているよ」


 村長が額に汗をにじませながら答える。


「ですが、報酬として受け取ったことは一度もありません。ジャコウさんは、我々の活動を金目当てだと誤解しているようです」


「え……?」


「先ほども申し上げましたが、彼がモンスターの出現現場に来ることで、我々の危険は増すばかりです」


「あ、ああ……うん。分かってるよ」


 村長の気のない返事に、ロイスの声が一段と熱を帯びた。


「村長! 我々を罵る彼を守りながらモンスターと戦う──それがどれほど危険なことか、お分かりですか!? このままでは、活動の安全が確保できません! ですから我々は、ジャコウさんに謝罪を求めます。彼が危険を理解し、誠意をもって謝罪するまでは、自警団の活動を停止します!!」


 そう言い放つと、ロイスは椅子から勢いよく立ち上がり、村長の家を後にした。



「ジャコウさん……自警団から、活動停止の申し出がありました」


 村長はジャコウの顔色をうかがいながら、恐る恐る伝えた。


「活動が止まってしまえば、モンスターが襲ってきた際に村を守る手立てがなくなります」


「いいじゃないか。あんな奴ら、やめさせちまえ。あいつらに金を払うくらいなら、もっと強い傭兵を雇えばいい」


「え、ええと……お言葉ですが、ジャコウさん。この村には傭兵を雇うような資金はありません。それに、自警団には報酬ではなく、必要な物資を買うための資金を渡しているだけなんです」


「ふーん。じゃあ、村の役人どもがモンスターを倒せばいいじゃないか」


「それでは、自警団より戦力が落ち、役人たちを危険な目に遭わせてしまいます。だからこそ、自警団の活動再開が最善なんです。……ジャコウさん、どうか彼らに──しゃ、謝罪していただけませんか?」


「はぁ!? 謝罪? ワシが? しないよ、ワシは悪くないもん!」


 その様子を水晶玉で見ていた自警団のメンバーたちは、口々にため息をついた。


「村のことより自分のプライドが大事らしい……。やっぱり、このじいさんには、一度痛い目を見てもらうしかないね。俺の魔法が“ショボい”かどうか、身をもって思い知ればいい」


 唯一の魔導師、ラウルが口の端を吊り上げ、あやしく微笑んだ。



 その夜。

 ジャコウは、布団の中でいびきをかいていた。


 どこか遠くで“唸り声”が響く。


「……ぬ?」


 目を覚ますと、外が赤い。火かと思ったが、違う。赤黒い霧が、村全体を包み込んでいた。


 耳をすませば、聞こえる。無数の足音。地面を踏み鳴らす音。獣の息づかい。湿った匂い。


 ガァァァァァァァァッ!!!


「ひ、ひぃっ!? も、モンスターだぁあああ!! ま、まさか……自警団が活動を停止したから──」


 窓の外に、影があった。

 牙をむく狼の群れ、うねる触手、赤い眼をした異形の軍勢。押し寄せてくる。家の扉を突き破り、壁を砕き、逃げ場を失う。


「だ、誰かぁっ! 助けてくれぇぇぇ!!」


 叫びは虚しく消える。


 ジャコウはあっけなく、モンスターの口の中へ。


 痛みも、熱も、息苦しさも、すべて本物。骨が砕け、血が飛び散る。そして、意識が闇に沈む。




 ――はっ、と息を吸った。


 目を開けると、そこは自分の寝室。窓の外は静かで、月明かりが差している。


「……ゆ、夢か?」


 額には汗。だが、体は無傷だった。胸を撫でおろす。


「まったく……いやな夢を……」


 その瞬間、家の外から再び――足音。


 ウゴァァァァァァァァッ!!!


「ひ、ひぃっ!? も、モンスター!!」


 ドンッ!!


 扉が吹き飛び、モンスターの群れが雪崩れ込んだ。牙、爪、触手。ジャコウは再びモンスターの口の中。


 絶叫とともに、肉が裂け、意識が闇に消える。




 ――はっ。


 目を開けると、ベッド。静かな夜。何事もなかったかのように。


 息を荒げながら、ジャコウは呟いた。


「……ま、また夢……?」


 だが、次の瞬間、窓に“無数の赤い瞳”が張りついた。

 

 カリカリ、カリカリ、ガリガリ……。


「やめろぉぉぉぉぉっ!!」


 襲われる。呑み込まれる。暗転。




 何度も、何度も。

 死んでは、目覚める。

 叫んでも、助けは来ない。

 逃げても、呑み込まれる。


 夜が終わらない。

 月が何度も昇り、沈み、また昇る。

 狂った時間の中で、ジャコウの心は軋んでいった。


「もう……やめてくれ……ワシが悪かった……頼む……」


 放心状態で呟くジャコウ。けれども、再び呑み込まれる。



 翌朝。

 ジャコウの家の前で、村人が異変に気づいた。


 開け放たれた扉の奥で、ジャコウが膝を抱え、虚ろな目でぶつぶつと呟いている。


「また……来る……また……呑まれる……ワシが……ワシが悪かった……」


 ラウルは遠くからその様子を見つめていた。


 横に立つロイスが静かに尋ねる。


「……やりすぎじゃないか?」


「いいえ。傲慢なあの人には、これくらいが丁度良いんです」


 ラウルの声は冷たく、しかしどこか慈悲にも似た響きを帯びていた。


 朝の光が村を照らす。

 だが、ジャコウの心の中だけは、まだ終わらぬ夜に閉じ込められていた。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
迷惑かけられたら、きっちり慰謝料を貰っていたら、こんなに問題になっていなかったと思う。
この魔法使いさんには、ぜひともどこぞの村会議員さんにも同じ魔法をかけて欲しいものです。あと、「熊を殺すな」と苦情電話をかける人にも。
なんか裏があるのかと思ったら本当にただの嫌な偏屈ジジイだったw そら痛い目みてもらわなあかんですなあw
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