「金が欲しいんだろ?」「いいえ、ボランティアですが……」
ロイスは、村を守る自警団のリーダーを務めている。
自警団の主な役目は、モンスターが村に近づいたときに追い払ったり、討伐したりすることだ。普通は傭兵や冒険者に金を払って守ってもらうが、ロイスたちはボランティアだった。
メンバーは八人。いずれも腕には覚えがあり、これまで大きな苦労もなく村を守ってきた。
しかし最近、困ったことが起きている。
「あんなモンスター、昔のワシなら一分もかからん」
「そんなショボい魔法、使わん方がましだ!」
「弱いモンスターに傷を負わされるとは、お主ら随分と頼りないのう」
村の重役の一人、老人ジャコウはモンスターが出た現場に顔を出しては、そうした暴言を繰り返すのだ。
そしてついには──
「結局、金か? こんな人数は不要だ。ワシが村議会で自警団の解散を提案してやる。村は貴様らになんぞ金を払わん!」
自警団で一番若いエドは拳を強く握り、思わず殴りかかろうとした。間一髪、他のメンバーに止められる。
「ふん、若僧が! ワシを誰だと思っておる!」
「知らねえよ、“暇なジジイ”だろ! そんなに偉いなら、あんたがモンスターを追い払ってみせればいいじゃないか!」
「ガキが! 貴様らには解散してもらうしかないようだな。後悔しても知らんぞ!!」
「そっちが──!」
エドは言いかけたが、ロイスの手がすばやくその口を塞いだ。
◇
バン!
エドが怒りのままテーブルを叩いた。
「ロイスさん! もう我慢できません! あのじじいに罵られながら自警団活動を続けるなんて!」
「落ち着け、エド。お前だってこの村が好きだろ?」
「そうですけど……あの人は許せない。モンスターが出たら村の人には近寄らないように、と伝えているのに、あいつは全然聞かないんです。それに、あんなに罵られたら戦いに集中できません」
「そんなに怒るなよ、エド」
カールが口を挟む。
「何を呑気に言ってるんです。カールさんだって、あいつのせいで戦闘中に怪我をしたじゃないですか!? 僕たちは命がけなんだ。あんな老人のために死にたくない」
エドの言葉に、カールは提案する。
「なあロイス。村長に掛け合って、ジャコウさんが出現現場に近づかないようにしてもらえないか?」
「……分かった。村長に話してくるよ」
◇
「──というわけなんです。村長からジャコウさんに、お話していただきたいんです」
「まあまあ、お互い“いい大人”なんだしさ。ジャコウさんは、ああいう人なんだよ。そう思って活動してよ」
バンッ!
ロイスは、思わずテーブルを叩いた。
「俺たちは、この村が好きです。だから、自警団として活動しています。お気持ち程度に、少しの金や物資をいただくことはありますが──」
「そ、それはもちろん分かっているよ」
村長が額に汗をにじませながら答える。
「ですが、報酬として受け取ったことは一度もありません。ジャコウさんは、我々の活動を金目当てだと誤解しているようです」
「え……?」
「先ほども申し上げましたが、彼がモンスターの出現現場に来ることで、我々の危険は増すばかりです」
「あ、ああ……うん。分かってるよ」
村長の気のない返事に、ロイスの声が一段と熱を帯びた。
「村長! 我々を罵る彼を守りながらモンスターと戦う──それがどれほど危険なことか、お分かりですか!? このままでは、活動の安全が確保できません! ですから我々は、ジャコウさんに謝罪を求めます。彼が危険を理解し、誠意をもって謝罪するまでは、自警団の活動を停止します!!」
そう言い放つと、ロイスは椅子から勢いよく立ち上がり、村長の家を後にした。
◇
「ジャコウさん……自警団から、活動停止の申し出がありました」
村長はジャコウの顔色をうかがいながら、恐る恐る伝えた。
「活動が止まってしまえば、モンスターが襲ってきた際に村を守る手立てがなくなります」
「いいじゃないか。あんな奴ら、やめさせちまえ。あいつらに金を払うくらいなら、もっと強い傭兵を雇えばいい」
「え、ええと……お言葉ですが、ジャコウさん。この村には傭兵を雇うような資金はありません。それに、自警団には報酬ではなく、必要な物資を買うための資金を渡しているだけなんです」
「ふーん。じゃあ、村の役人どもがモンスターを倒せばいいじゃないか」
「それでは、自警団より戦力が落ち、役人たちを危険な目に遭わせてしまいます。だからこそ、自警団の活動再開が最善なんです。……ジャコウさん、どうか彼らに──しゃ、謝罪していただけませんか?」
「はぁ!? 謝罪? ワシが? しないよ、ワシは悪くないもん!」
その様子を水晶玉で見ていた自警団のメンバーたちは、口々にため息をついた。
「村のことより自分のプライドが大事らしい……。やっぱり、このじいさんには、一度痛い目を見てもらうしかないね。俺の魔法が“ショボい”かどうか、身をもって思い知ればいい」
唯一の魔導師、ラウルが口の端を吊り上げ、あやしく微笑んだ。
◇
その夜。
ジャコウは、布団の中でいびきをかいていた。
どこか遠くで“唸り声”が響く。
「……ぬ?」
目を覚ますと、外が赤い。火かと思ったが、違う。赤黒い霧が、村全体を包み込んでいた。
耳をすませば、聞こえる。無数の足音。地面を踏み鳴らす音。獣の息づかい。湿った匂い。
ガァァァァァァァァッ!!!
「ひ、ひぃっ!? も、モンスターだぁあああ!! ま、まさか……自警団が活動を停止したから──」
窓の外に、影があった。
牙をむく狼の群れ、うねる触手、赤い眼をした異形の軍勢。押し寄せてくる。家の扉を突き破り、壁を砕き、逃げ場を失う。
「だ、誰かぁっ! 助けてくれぇぇぇ!!」
叫びは虚しく消える。
ジャコウはあっけなく、モンスターの口の中へ。
痛みも、熱も、息苦しさも、すべて本物。骨が砕け、血が飛び散る。そして、意識が闇に沈む。
――はっ、と息を吸った。
目を開けると、そこは自分の寝室。窓の外は静かで、月明かりが差している。
「……ゆ、夢か?」
額には汗。だが、体は無傷だった。胸を撫でおろす。
「まったく……いやな夢を……」
その瞬間、家の外から再び――足音。
ウゴァァァァァァァァッ!!!
「ひ、ひぃっ!? も、モンスター!!」
ドンッ!!
扉が吹き飛び、モンスターの群れが雪崩れ込んだ。牙、爪、触手。ジャコウは再びモンスターの口の中。
絶叫とともに、肉が裂け、意識が闇に消える。
――はっ。
目を開けると、ベッド。静かな夜。何事もなかったかのように。
息を荒げながら、ジャコウは呟いた。
「……ま、また夢……?」
だが、次の瞬間、窓に“無数の赤い瞳”が張りついた。
カリカリ、カリカリ、ガリガリ……。
「やめろぉぉぉぉぉっ!!」
襲われる。呑み込まれる。暗転。
何度も、何度も。
死んでは、目覚める。
叫んでも、助けは来ない。
逃げても、呑み込まれる。
夜が終わらない。
月が何度も昇り、沈み、また昇る。
狂った時間の中で、ジャコウの心は軋んでいった。
「もう……やめてくれ……ワシが悪かった……頼む……」
放心状態で呟くジャコウ。けれども、再び呑み込まれる。
◇
翌朝。
ジャコウの家の前で、村人が異変に気づいた。
開け放たれた扉の奥で、ジャコウが膝を抱え、虚ろな目でぶつぶつと呟いている。
「また……来る……また……呑まれる……ワシが……ワシが悪かった……」
ラウルは遠くからその様子を見つめていた。
横に立つロイスが静かに尋ねる。
「……やりすぎじゃないか?」
「いいえ。傲慢なあの人には、これくらいが丁度良いんです」
ラウルの声は冷たく、しかしどこか慈悲にも似た響きを帯びていた。
朝の光が村を照らす。
だが、ジャコウの心の中だけは、まだ終わらぬ夜に閉じ込められていた。
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