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【短編小説】正しい死の様式の殺人  作者: 霧崎薫


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第五章:審判の橋

 貸会議室には、「永遠の門」のメンバー十五人が集まっていた。


 山田教授とレヴィ・ラビが死亡し、パテル教授が重体。三人が欠けている。


 佐伯が私たちを紹介した。


「こちらが、私が依頼した探偵、黒木涼さんと、神宮寺詩織さんです」


 メンバーたちが、不安そうな顔で私たちを見た。


「皆さん、落ち着いてください」


 私は前に立った。


「犯人は藤崎晶子。彼女はすでに警察に指名手配されています。しかし、彼女は次のターゲットを狙っている可能性が高い」


「次のターゲットは誰なんです?」


 一人の中年男性が尋ねた。カトリック神父の服を着ている。


「それを、今から特定します」


 神宮寺がノートパソコンを開いた。


「藤崎の計画では、次は『キリスト教』の専門家が狙われます。この中に、キリスト教の研究者は?」


 三人が手を挙げた。


 神父、シスター、そして一人の大学教授。


「危険です。今夜は、警察の保護下に入ってください」


「しかし……」


 神父が躊躇した。


「私には、今夜のミサがあります。信徒たちが待っています」


「命の方が大切でしょう」


 神宮寺が言った。


「でも、藤崎は『正しい死に方』にこだわっています。おそらく、ミサの最中、聖体拝領の時を狙う可能性がある」


「聖体拝領?」


「キリストの体と血を象徴するパンとワインを受け取る儀式です」


 神宮寺が説明した。


「キリスト教では、最後の聖餐を受けて死ぬことが理想とされています。藤崎は、それを実行させようとするはずです」


 神父の顔が青ざめた。


「では、ミサは中止に……」


「いいえ」


 私が遮った。


「ミサは予定通り行ってください。私たちが、そこで藤崎を捕まえます」


「しかし、危険では……」


「大丈夫です。私たちがいます」


 神宮寺が神父の肩に手を置いた。


「それに、藤崎は信徒を傷つけません。彼女のターゲットは、あなただけです」


 神父は覚悟を決めたように頷いた。


「わかりました。協力します」


 会合が終わった後、私たちは神父——ホセ・ゴンザレス——と共に、新宿の教会に向かった。


「ゴンザレス神父、あなたは藤崎とどれくらいの付き合いですか?」


 タクシーの中で、神宮寺が尋ねた。


「五年ほどです。彼女がサークルに入ってきたときからです」


「彼女の印象は?」


「最初は、とても熱心で真面目な方だと思いました。宗教への探求心が強く、議論も鋭かった」


「変化は?」


「三年ほど前からです。彼女の発言が、だんだんと……過激になってきました」


 神父が窓の外を見た。


「『各宗教は、正しい死に方を教えている。しかし、現代人はそれを忘れている。だから、誰も正しい場所に行けない』と」


「それに、あなたは何と答えました?」


「『神の恩寵は、人間の行いを超えている。正しい死に方よりも、正しい生き方が重要だ』と」


「藤崎の反応は?」


「激昂しました。『生き方だけでは足りない。死に方が、魂の行き先を決めるんです』と」


 教会に着いた。


 ゴシック様式の美しい建物。ステンドグラスが、街灯の光を受けて輝いている。


「ミサは午後十時から。あと一時間あります」


 私たちは教会の中を調べた。


 出入り口は三つ。正面、側面、裏口。


「裏口に警備をつけよう」


 私は神宮寺に指示した。


「藤崎は、おそらく信徒に紛れて入ってくる」


「わかりました」


 時間が経つのは早かった。


 午後十時。


 信徒たちが集まり始めた。五十人ほど。


 私は後方の席に座り、入ってくる人々を観察した。


 神宮寺は側面の柱の影に隠れている。


 ミサが始まった。


 ゴンザレス神父が祭壇に立ち、祈りを捧げる。


 聖書朗読、説教、信仰告白——


 そして、聖体拝領の時間が来た。


 信徒たちが列を作り、祭壇に向かう。


 神父がパンを配り、ワインの杯を差し出す。


 私は緊張した。


 藤崎は、どこにいる。


 列の中を見る。


 老人、若者、男性、女性——


 その時、神宮寺が小さく叫んだ。


「所長! 祭壇の後ろ!」


 私が視線を向けると——


 祭壇の後ろから、黒い影が現れた。


 藤崎だ。


 彼女は手に、何かを持っている。


 小さな瓶。


 それを、ワインの杯に——


「神父、それを飲まないで!」


 私が叫んだ。


 だが、ゴンザレス神父はすでに杯を口に運んでいた。


 一口。


 そして——


 神父の体が、崩れ落ちた。


「神父!」


 信徒たちが悲鳴を上げた。


 藤崎が、静かに微笑んだ。


「ご安心ください。神父様は、今、イエス・キリストの元へ向かわれています」


「藤崎!」


 私が祭壇に駆け寄る。


 だが、藤崎は動じない。


「黒木さん。あなたも、いつか死にます。そのとき、どこに行きたいですか?」


「お前を逮捕する」


「逮捕? 私は犯罪者ではありません。私は、救済者です」


 神宮寺が神父に駆け寄り、脈を確認した。


「毒です! 救急車を!」


 私は藤崎の腕を掴んだ。


「なぜこんなことをする!」


「なぜ? 当然でしょう」


 藤崎の目が、狂気と確信に満ちていた。


「人々は、誤った死に方をしています。誤った場所に行っています。私は、それを正さなければならない」


「お前の家族は、お前のこんな姿を望んでいると思うか!」


 その瞬間——


 藤崎の表情が、崩れた。


「家族……」


「お前の娘さんは、母親が殺人者になることを望んでいたのか?」


「違う……私は……娘に会いたい……ただ……」


 藤崎の目から、涙が流れた。


「私は、もう一度……家族に会いたいだけなんです……」


 彼女の体が、震えた。


「でも、彼らは正しい場所にいない。だから、私が……私が正しい場所を作らなければ……」


「藤崎さん」


 神宮寺が立ち上がった。


「あなたの娘さんは、すでに正しい場所にいます」


「え……?」


「あなたの心の中です」


 神宮寺が藤崎に近づいた。


「死者は、生者の記憶の中に生き続けます。それが、本当の『永遠』です」


「でも……私は……」


「あなたは、誰も救っていません。ただ、殺しているだけです」


 藤崎が膝をついた。


「私は……私は……」


 救急車のサイレンが聞こえた。


 警察も来るだろう。


 だが、この瞬間——


 藤崎の中で、何かが壊れた。


 それは、狂気の殻だった。


 そして、その中から現れたのは——


 ただ、家族を失った、一人の哀しい女性だった。


 ゴンザレス神父は、一命を取り留めた。


 藤崎は逮捕された。


 だが、事件は——


 まだ終わっていなかった。



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