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海の青より、空の青(リライト版)  作者: 青空野光
第二章 1994年 8月
8/15

8月16日(1)

 午前中は宿題をやっつけて過ごし、昼は家族とひやむぎを食べた。

 ガラス製の大皿に盛り付けられたひやむぎの中から、ピンクやグリーンの麺を素早く抜き取る。

 その様子を(いぶか)しげに眺めていた母が、「白いのとなにか違うの?」と尋ねてくる。

「白いのより美味しい……気がする」

 自分で言っておいてなんだが、その答えは説得力に欠けているように感じた。


 太陽が頭上を通過した頃になり、もはや定型文になりつつある、「ちょっと出掛けてくる」とだけ母に言い残し、海のある南の方角へと足を向けた。

 夏真っ盛りという言葉に恥じぬ、苛烈なまでの日射を全身に受けつつ、陽炎の揺れる赤土の道を早足で進む。

 道沿いには、まさに今日明日が収穫時期のナスやトマト、それにピーマンといった作物たちが、茂った葉の隙間からその姿をチラチラと覗かせている。

 明日の晩ごはんは母にお願いして、夏野菜のカレーにしてもらおうか。

 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に目的地に到着する。


 今までほとんど人の気配を感じたことのなかった海岸に、一組の母子が並んで歩く姿があった。

 楽しげに波を避けながら足元に目線を落とし歩く様子からして、貝殻かシーグラスを探しているのだろう。

 幼かった日の僕も、同じ目的で波打ち際を何往復もしたことがあった。

 あのとき手に入れポケットに仕舞い込んだそれは、家に戻るまでの道中でいつの間にか失われてしまっていた。

 そのことに気づいた翌日の昼から必死になって探した宝物を、僕は結局みつけることができたのだったか?


「こんにちは」

 不意に呼びかけられ顔を上げると、果たしてそこには待ち人の少女の姿があった。

「……志帆ちゃん、こんにちは」

 彼女は初めて出会った日と同じ、白色のワンピースを着ていた。

「ごめんね、また待たせちゃったね」

「ううん。僕もいま来たところだったし」

「ね、夏生くん。このお花って知ってる?」

 僕たちの周りに、それそこ星の数ほど咲き乱れている花の一つを撫でながら彼女が尋ねてくる。

「わかんない。なんて花なの?」

「ハマゴウっていうの」

 小さくて可憐で少し儚げなその花は、僕が彼女に抱いているイメージにどことなく似ているように感じた。

「花言葉は――」

 風に揺られて波打つハマゴウの花畑を眺めながら、彼女の口から続きの言葉が紡がれるのを待つ。

「……知らないんだけど」

 心の中で『なんだそりゃ!』とずっこける。

「でも、かわいい花だよね」

 それはその通りだが、こんな過酷な場所に人知れず咲いている姿は、やはり儚げにみえた。


「夏生くん、あの雲ってどのくらい遠くに浮いているのかな?」

「どうだろ? 少なくとも泳いで行けるような距離ではなさそうだけど」

「このずっと向こうにオーストラリアがあるんだよね」

「僕、飛行機ってまだ乗ったことがないんだ」

「あ! あそこにいるのってヤドカリじゃない?」

「……僕には空き缶か何かに見えるけど」


 八月の、二人だけの夏の時間がゆっくりと流れてゆく。

『このまま時間が止まってしまえばいいのに』

 唐突に、そんなベタすぎる言葉が頭の奥に浮かぶ。

 昨日までの僕であれば、躊躇(ちゅうちょ)せず口に出していたことだろう。

 だが、昨日までの僕ではなかった今日の僕は、それをしなかった。

 言葉にしてしまうと、このかけがえのない時間がすぐにでも終わってしまうような気がして、(わず)かに開き掛けた口をきつく結ぶ。


 夏の海と空は徐々にその色を濃く変えながら、僕たちの視界の半分以上を青に染めあげ続けていた。

 そのとき、不意に風の向きが変わった気がした。

 それを切っ掛けにしたかのように、彼女は少しだけ身を乗り出すとこちらに向き直った。

「あのね、夏生くん」

 彼女は音もなく立ち上がると、その白い手を静かに海岸線の向こうに向けた。

「あっちの方にね、おっきな灯台があるの。小さい頃、お父さんに連れてってもらったことがあるんだけど」

 指し示された方向に目を向けたまま、ゆっくりと腰を上げる。

 そこには弓形の海岸が見渡す限りに続いており、遠くの方は(かす)んでしまっていてよく見えない。

 視線を彼女の方に戻すと手を上に向け目配せする。

 彼女の白くて小さな手が、そっと重なる。

「行ってみよう。この海岸線の向こうまで」


 まだ見ることのできない目的地へと向かい、僕と彼女は同時に一歩を踏み出す。

 その足元ではハマゴウの花たちが、やがてやってくる(なぎ)を待ちながら静かに揺れていた。

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