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海の青より、空の青(リライト版)  作者: 青空野光
第二章 1994年 8月
4/15

8月13日(2)

 乾いた砂の上にどすりと腰を降ろす。

 彼女も少し離れたところで膝を曲げると、片手で帽子を押さえながらこちらに顔を向けた。

 海から吹く風に黒く長い髪がサラサラと揺れ、砂の上に波のようなシルエットが浮かび上がる。


「あの、このあたりの人ですか?」

「ううん。近くにある母親の実家に来てるだけ。杉浦っていうんだけど」

 薄く形の良い唇から、「あ」と小さな声が漏れる。

「あのお庭の立派な?」

 祖父の庭は、どうやらこのあたりでは有名らしい。

「そこで合ってると思う。えっと――」

「あ、志帆っていいます。中学二年生です」

 その容姿から少しだけ年下だと思っていた。

「じゃあ同い年だ。僕は夏生」


 初めは敬語を使っていた彼女だったが、しばらく話をしていると徐々に同級生らしい言葉遣いへと変わっていった。

「夏生くんはバスケ部なんだ。それでさっきはあんなに高くジャンプできたんだね」

 そのことは今すぐにでも忘れて欲しかった。

「あんまり上手くはないけどね。志帆ちゃんは?」

「私は吹奏楽部。夏休みはほとんど練習がなくて」

 彼女の話によると、顧問があまり部活動に熱心なタイプではないらしく、夏休み中の活動は週に一度の全体練習を除けば、ほとんどは各自の裁量に委ねられているのだという。

「夏生くん、今日はなんで海にきたの?」

「……なんでだったっけ?」

「あはは! 私はね、毎日きてるの」

「毎日? それこそ、なんで?」

「好きだから」

「え?」

「海が好きだから」

「……僕も」

 僕もきっと彼女と同じで、そんな理由で今ここにいるのかもしれない。

 物心がついたその頃から、僕は海の青と空の青が好きだった。


 四方山話を重ねているうちに、いつの間にか高度を下げた太陽が西の空を赤く照らし始めていた。

「……あ。私、そろそろ帰らないと」

 彼女はすっくと立ち上がると、麦わら帽子を被り直しながら「夏生くんはいつまでこっちにいるの?」と尋ねてくる。

「十八日が登校日だから、十七日の昼には帰るつもりだけど」

 水平線へと視線を移した彼女は、何かを考えるような素振りを見せたあと、再びこちらに向き直り口を開いた。

「夏生くん、明日はお時間ってある?」

 考えるまでもなく時間を持て余していた僕は、即座に「うん」と返事をする。

西(にし)(しま)にある、コジマさんっていう酒屋さん、わかる?」

 地名までは知らなかったが、その酒屋は母と一緒に何度か行ったことがあった。

「自動販売機がいっぱいあるところだよね」

「そうそう! あのね、明日の三時に――」

「わかった。どんなことがあっても必ず会いに行くよ」

 口にしてから言葉のチョイスを間違ったことに気づく。

 僕は昔からいちいち表現が大袈裟なのだ。

 案の定、彼女はただでさえ大きな目をさらに見開くと、次の瞬間には頬を夕日のように赤く染めてしまった。

「それじゃ夏生くん! また明日!」


 長い影を引き連れながら砂浜を去って行く後ろ姿を見送ると、すっかり乾ききった体を翻して海をあとにした。

 自らの足取りが軽やかなことに気が付き、自分は昆虫ほどに単純な精神構造をしているのではないかという疑念に駆られる。

 まあ、ミミズはともかく、オケラだってアメンボだって楽しいときにはスキップくらいはするだろう。


 家につくと一直線で風呂場に向かう。

 浴室に入ってから脱いだズボンからこぼれ落ちた砂で、足元に小さな山が形成される。

 シャワーで床を洗い流してから、ようやく自分の身体にシャワーを当てた。

「イテー!」

 あれだけ長いあいだ海にいたのだから、当然といえば当然だった。

 今夜は湯船に入るのはやめておこう。


 夕食を終たのと同時に催促されたわけでもなく宿題に着手した僕の姿を見た母が、「あんた本当に私の子?」と不審げにぼやく。

 母がその答えを知らないのなら僕にわかるはずもないので、何も言わずにノートと向かい合う。

 三十分が過ぎた頃になり、ようやく宿題を終えて壁の時計に目をやる。

 ちょうど短針が9に重なろうとしているところだった。

 例年であればまだテレビを見ている時間だが、今日はちょっとだけ早く夏の一日を終了させることにした。

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