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海の青より、空の青(リライト版)  作者: 青空野光
第二章 1994年 8月
3/15

8月13日(1)

 去年の夏休みは部活三昧(ざんまい)だった。

 そして今年、中学二年の夏休みは、引退を間近にした三年が起こした不祥事のせいで、部活動の一切が禁止されしまい、人生最大級に暇を持て余していた。

 例年であれば、お盆の三日間だけ訪れていた祖母の田舎に少しだけ早くやってきたのもそのためだ。

 盆の入りの今日の夜には両親も合流し、十七日の昼まで滞在することになっている。


 田舎暮らしも二週間が経ちあまりに暇だった僕は、祖母の家から歩いてすぐのところにある海へと向かっていた。

 目的などは持ち合わせていなかったが、なぜか急に海が見たいと思った。

 時計は見てこなかったが、日の高さからして三時を少し回ったくらいだろうか。

 だとしたら、時間的には夕方の入口に差し掛かったところだというのに、夏の日差しはまるで容赦がなかった。


 矢竹のトンネルをくぐり抜けて砂浜に降り立ち、まっさらな砂の上に足跡のスタンプを押しながら波打ち際まで進む。

 海岸に人影はなかった。

 プライベートビーチにいるような気持ちのよさと、禁足地に足を踏み入れたような後ろめたさとがせめぎ合う。

 遥か水平線の上では、縦にも横にも大きく広がった巨大な入道雲が、その真下で存分に水を(たた)える海を覆い隠そうと目論んでいた。

 しかし、海の広大さに比べてその雲は、あまりにも小さかった。

 いくら頑張ったところで、海面の隅っこにほんのわずかな影を落とすのが関の山だろう。


 三十分ものあいだ、何もせずにずっと海と空の青を眺めていた。

 このまま海に沈む夕日を見送ってやろうかとまで考えたが、その前に日焼けか喉の乾きで限界を迎えるのは目に見えている。

 少々名残惜しい気もするが、今日のところはこのくらいにして、家に帰って漫画でも読もう。

 そう思い勢いよく立ち上がった、まさにその時だった。


「きゃっ!」

 反射的に声がした方向に顔を向ける。

 すると今まさに、浜風に舞い上がった麦わら帽子が僕の頭上を通過しようとしていた。

 咄嗟(とっさ)に伸ばした手が虚しく空を掴む。

 世にも珍しい空飛ぶ麦わら帽子は、まるで意思をもっているかのように僕の手からするりと逃れると、高度を上げも下げもせずに、ただ空中を滑空していく。

 一体どんな力学的作用によるものなのかはわからないが、小さなグライダーと化した麦わら帽子を追いかけているうちに、いつの間にか波打ち際を数十メートルも歩いていた。

 このまま日が暮れるまで砂浜を彷徨(さまよ)い歩くことになるのではないか?

 そんなあり得ない懸念が脳裏を横切った、ちょうどその時。

 それまで吹いていた風が、ほんの一瞬だけ止んだ。

(いまだ!)

 数歩の助走をつけると、波に濡れて固くなった砂の地面を蹴りつける。

 レイアップシュートを決めるような格好で垂直に飛び上がった指先が、たったの数ミリだったが帽子のつばの先を掴む。

 我ながら絶妙なタイミングだった。

 心の中でガッツポーズ決めながら着地点に目を向けると、たったいま引いたばかりの波が早くも返ってきたところだった。

 

 何とか帽子は濡らすことなく確保したが、残念なことに僕の下半身は完全に終わってしまった。

 ズボンから海水を滴らせてトボトボと砂浜へと戻ると、帽子の持ち主が向こうから駆け寄ってくるのが見えた。

「あの、ありがとうございました」

 膝下丈の白いワンピースを着た少女が息を切らせながら言った。

 彼女はペコリとお辞儀をしてから、その大きな瞳を僕の下半身へと向けた。

「あ……ごめんなさい……」

 改めて自分の状態を確認した僕は、そのあまりに酷い有様に込み上げてくる笑いを我慢することができなかった。

 突然笑い出した僕を見て驚いた様子の彼女に、下半身を指差してその理由を訴えかける。

「……ふふ」

 笑えてもらえてよかった。

 心の底からそう思った。

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