8月2日(1)
庭仕事に勤しむ祖母に声を掛けてから家を出ると、期待と不安を一緒くたに背負い、赤土の耕作地を約束の場所を目指して進む。
幼少の頃より何回くらい、この道を通って海まで足を運んだことだろう。
そのすべてで夏の日差しは容赦なかったことだけは、今でもとてもよく覚えている。
ただ、今日に限っては少しだけ時期が早く、また時間も遅かったせいだろうか。
涼しいかと言われれば、まったくそんなことはなかったが、少なくとも今夜風呂に入った時に、湯が肌に染みるといったことにはならずに済みそうだ。
やがて突き当たった竹藪のトンネルを潜り抜けた途端、じきに訪れるであろう黄昏をわずかに匂わせる瑠璃色の空と、それを反映して青藍の深みを増した海とが目の前に広がる。
足元に咲き乱れるハマゴウの花たちを踏みつけないように気をつけながら、その中ほどに居場所を見つけて腰を降ろす。
遥か水平線の上に浮かぶ入道雲に目を向けると、綿菓子のような表面に稲光が青白く走るのが見えた。
だが、遠く離れたこの場所にまで雷鳴が届くことはなく、打ち寄せては崩れ去る波の音だけが聞こえてくる。
そうして三十分も経っただろうか。
気づかないうちに少しだけ風が出てきていた。
ともに海を見下ろしていたハマゴウたちが、華奢なその身を震わせ始める。
すぐ近くにあった一輪をそっと手のひらで包む。
本当はすべてをそうしてやりたかったが、この世界にはいくら望んだところで叶えられぬ願いがあることを、十七歳になった俺は知ってしまっていた。
「おまたせしました」
風鈴の音ような涼し気な声が耳に届き、その方向に顔を向ける。
「俺もいま来たところだよ」
この形式張ったやり取りをするのは何度目だろう。
彼女は俺と目が合うと、身体の前で両手を重ねて小さく頭を下げた。
その他人行儀な姿に再び胸が痛み、昨日の夜から用意しておいた言葉が喉の奥へと引っ込んでしまう。
俺は無言のままで立ち上がり、彼女のそばまで歩み寄った。
そこでようやくひとつだけ取り出すことに成功した台詞を、浜風にかき消されぬギリギリの声量で投げかける。
「少しだけ歩かない?」
足元から一メートルほどの地面を見下ろしながら、波打ち際から少しだけ離れた砂浜の上をゆっくりと歩く。
彼女の方を向くことはできず、かといって真っ直ぐ顔を上げる気にもなれなかった。
すぐ後ろからは彼女が踏んだ砂の乾いた音が、笹の葉が揺れるような波の音に紛れて聞こえてくる。
たまに足元を過る小さな影は、塒へと帰ってゆく海鳥たちのものだろうか?
その姿を捉えようと見上げた空は、東の端から消炭色のコントラストを強めつつあった。
「夏生さん」
後ろからの声に足を止めて振り返った。
いつの間にか立ち止まっていた彼女は、肩に掛けた小さなポシェットから何かを取り出すと、二歩三歩とこちらに歩み寄ってくる。
そして、無言でそれを俺の胸の前に差し出した。
水色の小さな封筒だった。
「これは?」
ほとんど反射的に受け取りながら尋ねると、彼女はその薄い唇を静かに開いた。




