第九章 月龍哭す 第十話
高らかに鳴り響くラッパに襟を正すと、ハレイシア・デューンは背筋を伸ばした。城のテラスにできた演台の上に歩を進めると、人々の歓声が大きくなる。王国の旗がはためき、花弁が舞う。街は活気に満ちていた。
民の声に圧倒されて、ハレイシアは誰にも悟られないよう、静かに呼吸を整えた。クラウスが用意したスピーチ原稿を暗記してきたというのに、思い出そうとしても思い出せなかった。
「こ、こんにちは」
言葉につまりながらそう言うと、民衆はわあっと手を叩いた。人の群れに笑顔があふれたのを見て、ハレイシアはほっと胸をなでおろした。
「今日はここに集まってくれてありがとう。私もこの記念すべき日を、皆の前で迎えられたことをうれしく思う」
皇都が王都に改まる日、王国が帝国の残党を一掃して勝利宣言をする日、それから、ハレイシアが国王に嫁ぐ日──。
ラグラスが今朝、ロイを釈放したことを伝えてくれた。もしかしたらこの人波の中に、ロイがいるかもしれない。思わず探しそうになる気持ちを、ハレイシアはぐっと飲み込んだ。
「王国は旧帝国の残党を一掃することに成功した。今日この日をもって、王国は帝国に勝利した。皆の協力と、王国兵の奮闘に心から感謝する。今日よりこの街は、皇都ではなく王都となる」
民衆に再び、わぁっと歓声が起こる。ハレイシアはそれを信じられない思いで見た。皇都に入場したときは石を投げられたというのに、今では誰もが王国を歓迎している。帝国は決して善政とは言えなくても、それなりの政治をしていたはずだ。民というのはこれほど変わるものなのだろうか。
ふと視線を下げると、銀髪の男と目が会った。無意識のうちにロイを探していたのかもしれない。ハレイシアは一瞬視線をやわらげそうになって、すぐに頬に力を入れ、視線をそらす。ロイが鋭い視線で己を責めているような気がした。彼がハレイシアの選択を、受け入れてくれるはずなどない。
「一家の働き手を失った家庭には相応の援助をするつもりでいる。王国は興ったばかりで、さまざまな体制や、戦で失われた施設を整える必要がある。だから大勢に、多くの額を渡すことはできない。しかし兵の恩には報いるつもりだ」
ハレイシアが街に出るたび、息子が死んだと涙ながらに訴えてきた老婆が、人波の中で泣き崩れた。ハレイシアは言葉をつづける。
「もちろん、それで英霊の弔いが済んだとは思わない。メイジスとフェシスの教えに沿うならば、彼らの魂も大地を巡るだろう。しかしまったく同じ姿で、我々の元へ戻ってくることはない。たった一つの存在であったのにも関わらずだ。私は一人一人の重さを忘れない。アスハトが天に作った、心安らかに過ごせるという国に、彼らの魂が向かうことを祈っている。肉体は大地に、魂は天に還ることを願っている」
銀髪の男に視線を戻す。渋い顔をしていた。ハレイシアが戦死者を思うあまりつぶれてしまうのではと危惧しているのだろうか。それとも、アスハトというペテン師が自分を崇めさせるために作った宗教の話に嫌悪感を抱いたのだろうか。
ハレイシアは自嘲した。自分の考えを正直に話したくても、国のために言わなくてはならないことがある。今は亡きアスハトの顔も立てなくては、教徒たちは暴徒と化すだろう。宗教嫌いのラグラスやクラウスは、教祖がいなくなった今、わざと教徒たちを暴徒化させて制圧してもいいと考えているだろう。しかしそれでは、汚点を残すことになる。ハレイシアははじまったばかりの王国を、できるだけ汚さずにいたかった。
「この国をよりよいものにすることが、彼らへのはなむけになると信じている」
一際大きな歓声と、笑顔が民衆に満ちる。一瞬にして広がった変化は大きな波のように見えた。ハレイシアは呼吸を整えて、この大きな波と対峙することを決めた。
「我らが王国の敵ではあるが、善戦した旧帝国の者たちの健闘も称える」
群集にざわめきが広がった。
かつての帝国兵は──ロイはどんな顔をしているだろう。
うつむいた拍子に、ハレイシアの肩で金髪が揺れた。国王に嫁げば、こうして表舞台で自分の考えを話す機会はなくなるだろう。妃としての言葉を話すことになる。今のように人手が足りないうちは政治を手伝うこともあるだろうが、落ち着けば、後宮でかごの中の鳥として過ごす時間の方がよほど長くなるだろう。
──人の心は無理にねじまげるものではないと知っている。けれども少しでも街が、人々が変わってくれればいい。ロイが守ってきた街が、これ以上彼を責めることがないように。
ハレイシアには、帝国の膿を出しきるためにこの内乱があったとは思えなかった。王国こそ、私怨や私欲によって権力を欲した者たちの集まりだ。発端がそうであるからこそ、この国は汚れなく、誇り高くあらねばならない。ハレイシアは誓いを立てる。
「私の言葉に違和感を覚える者もいるだろう。しかし、彼らにもまた守るべきもの、愛すべきもの、譲れぬものがあったのだ。それは我ら王国軍と何ら変わりがない。我々はただ立場が違っただけのことだ。帝国に殉じた者や、禄を食んだ者を貶める行為は、この私が許さない。帝国が滅びた以上、生き残った者たちもまた、王国の民である。以前帝国に在籍した者でも有能な人物であれば王国は喜んで迎え入れると宣言したのは、そういうことだ」
ざわめきが波のように寄せては退いて、ハレイシアは海を思い出した。
自分の言葉は、ただ一人に……ロイに向けて語りかけたい言葉なのかもしれない。
心の奥に生まれた弱気を押し殺すように、顔を上げて空をにらむ。人の顔色をうかがっても仕方がない。ただ己の信じるものに向けて、たとえ愚直であったとしても臆することなく一直線に、槍のように言葉をつむぐ。
「君たちが同じ立場であったらどうかということを考えて欲しい。彼らは明日の君たちかもしれぬということを、心に留めよ」
銀髪の彼は、きっと甘いと言うだろう。やれやれと肩をすくめて、鼻で笑うだろう。だから見ない。一人一人の顔を見ず、人の群れ全体にハレイシアは語りかける。
「先ほども言ったが、この戦いで命を落としたすべての──王国、帝国の区別のない、すべての英霊たちに恥じない国を作ることが、最大のはなむけになると私は信じている。そのために」
一度言葉を切る。唾を飲み込んで、目の前に集まった人々を見渡した。ロイはいるだろうか。けれども彼がいる方向に視線を向けることはしない。この期に及んで躊躇したくはない。
日を追うごとに暖かさを増した空気を吸い込んで、ハレイシアは肩から余計な力を抜いた。
「この身を民に、そして私の生涯の伴侶となる……」
「ハル!」
言葉の途中で、大きな声にさえぎられた。
見なくても、その声が誰のものだか知っている。手すりに両手を置いて、ハレイシアは力をこめた。
ロイはハレイシアを止めようとするだろう。けれどもそれでは、クラウスとの約束を果たすことができない。愛すべき故郷の人々は厳しい冬に苦悶の悲鳴を上げ、ロイス・ロッシュは戦犯として処刑される。
──私はどちらも見捨てることはできない。だから、この道を選ぶよりほかない。
ハレイシア・デューンは弱々しく首をふって、自らの決意を確かめるように、もう一度小さく口にした。
「伴侶となる……」
「ハレイシア・デューン!」
──お前の声は、私の心を揺らがせる。私の決意と覚悟を、無駄にするな。
銀色にきらめく髪、黙っていればおとぎ話の王子様のような端整な顔、おどけた口調と、その裏に隠された他人を寄せ付けない領域──。
心の中から追い出そうとするほど、ロイス・ロッシュの影が付きまとう。彼を襲った孤独と責任と、彼がただ一人愛した、決して想いを告げることのできぬ女性。ロイの抱えるものは決して小さくはない。
「来い!」
民衆の好奇の目が、ロイとハレイシアを交互に見つめていた。
「馬鹿なことを……」
公衆の面前での告白に、ハレイシアの頬は熱くなっていた。こんなに人がいるというのに、ロイはあくまで堂々としている。
我が身を生涯の伴侶となる国王に捧げる……そう言いさえすればいい。それなのに、唇が震えるのはなぜだろう。弱気になる心を叱咤して、ハレイシアは強くかぶりをふる。
拒絶を言葉にできぬまま髪を揺らした女に、ロイは群衆の中から手を差し伸べる。
遠い演台へと伸びる手は、過去のすべてを拭い去って連れ出してくれるような気がした。
届かない。このままではロイの手をとることはできない。
──けれども私が、手を伸ばしさえすれば。
「来い!」
これまでにない強い声で命じられて、ハレイシアの胸に熱いものがあふれる。
何一つ、自分の本当の気持ちを言ってはくれなかった男が、来いと言ってくれた。
この状況さえなければ、ただの顔見知りのやりとりに聞こえるかもしれない。けれどもその言葉は、ハレイシアが一番欲しかった言葉だった。
小さくうなずいて、胸をはる。涙でかすれた声を咳払いで落ち着かせた。
「……私の生涯の伴侶となる、この国に捧げることを誓う!」
ハレイシアは拍手と歓声に戸惑いながら、己の向かうただ一つの場所を見つめる。
演台を見上げる銀の瞳から、険が抜けていた。やわらかな眼差しは、冬の中でずっと待ち焦がれた春の日差しのようだった。
踵をかえして飾りガラスの戸を開け放つ。演台を設置したテラスを後にして、赤じゅうたんを踏みしめる。今にも駆け出しそうな靴音を、毛の長いじゅうたんが飲み込んだ。
「やってくれたな」
見慣れた仏頂面の男は、歩みを止めようとしないハレイシアにつき従った。
「国王陛下を袖にするとは、まったく成長しないな。帝国での出来事を忘れたわけではないだろうに」
皇帝に言い寄られて後宮へと逃げた日のことが、遠い日の出来事のように思い出された。幽閉から翻意を決意するまでの苦い思いがよみがえる。ハレイシアは白い手袋を脱いで、ポケットに押し込んだ。
「降格でもなんでも、覚悟している」
ハレイシアは軍服の胸に並んだ勲章をひきちぎるとラグラスに渡した。武勲などいらない。実際に戦ったのは兵士たちで、ハレイシアの功績ではない。これでもいくつかは辞退してきたが、英雄を作り上げたいクラウスによって、知らぬうちに増やされていた。勲章を受け取ったラグラスの眉間に深いしわが刻まれる。
「お前の覚悟に、一体どれほどの重さがあるというんだ。今回のこともそうだ。はじめから断固として拒絶していれば、ここまで大きな問題にはならなかった。迷うくらいなら、最初から後悔しない道を選べ」
ラグラスには情けないところばかり見せている。これまで彼が支えてきてくれたことがわかっているだけに、言い訳のしようもない。もっとも、ハレイシアに元より弁解するつもりなどない。
「すまない。いつも面倒をかける」
「なに、上官を支えるのも部下のつとめだ」
ラグラスの白手袋の上の勲章は、ハレイシアが自分で手にしたときよりも軽そうに見えた。ラグラスが勲章を握りしめる。青灰色の厳しい瞳がハレイシアを見ていた。
「これは預かっておく。いいか、預かるだけだからな。必ず戻ってこい」
ハレイシアは苦い笑みを浮かべて「あの宰相が許せばな」と答えた。クラウスとの約束を破ったのだから、軍から放逐されようと仕方のないことだ。大理石の廊下を突っ切って、階段に足をかける。
「後のことを心配するくらいなら、大人しく王妃になってくれればよかったんですよ。ロイス・ロッシュの策ですか?」
踊り場に半身踏み込んだ途端、声をかけられた。つづいて銀縁眼鏡の乗った顔がひょっこり現れる。行く手を阻まれて、ハレイシアは身構えた。
「あれは策なんてものじゃない。ロッシュを処刑するのか?」
銀縁眼鏡の宰相は、ふと頬をゆるめて首をふった。一まとめにした鳶色の長い髪が背中で揺れた。
「いいえ。そんなことをすれば、あなたはこの国の中枢部から去るでしょう? 国が不安定な状態で英雄を野に追うものですか。これから民には戦費を負担してもらわなくてはならない。厳しい視線をそらすためにも、今あなたに逃げられては困るんです」
戦争には驚くほどたくさんの金がいる。これから先、上流貴族やスォードビッツの商人に借りた金を返さなくてはならない。民に重税を課さなければ、生まれたばかりの国はすぐに倒れてしまう。かつてこの島がそうであったように、国は分裂し、地区ごとの小国家が乱立するだろう。そうして一層、国は乱れる。
「気が変わったら、いつでも声をかけてください。我らが王国のお妃様」
クラウスの言葉は意外にも穏やかで、ハレイシアは目をみはった。
エルザを守るためならば何でもすると言い切った男だ。エルザのためになると判断すれば、他の余計なことは考えずに喜んで悪にもなる、それがハレイシアの知るクラウスだ。国王に嫁ぐ一件も無理強いされるものだとばかり思っていた。
「すまない。お前にも守りたい人がいるのだろうに」
耳にかけたクラウスの鳶色の髪が、さらりと落ちた。銀色の眼鏡の縁がわずかに隠れる。詰襟からのぞく白い喉がかすかに上下していた。
「僕があきらめるとでも? 目的が達成されるなら、方法はどうだっていい。あれだけ公衆の面前でのろけたあなたを王妃にするのは難しいというだけですよ」
言葉に詰まって何も言い返せない。ハレイシアは羞恥に堪えながらクラウスをにらんだ。ただ頬が熱かった。
「……だ、そうだ。あとは任されてやる。行け」
ラグラスの声にうながされ、ハレイシアはうなずいた。早足で階段を下りきって、ホールを進んだ。豪華な宝石が垂れ下がるシャンデリアが、ろうそくの光を反射させる。
衛兵が扉を開くと、陽光が差しこんで目がくらんだ。右手をかざして歩を進める。ひるむことはない。
かつかつと軍靴の音を受け止めていた階段が、やがて石畳に変わる。中庭の植えこみが風に揺れ、葉と葉の触れ合う音を響かせる。ハレイシアは背後にそびえる白亜の城をふりかえることもなく、城門を抜けた。
「遅かったな」
街娘に向ける愛想のいい顔でなく、これ以上ないほど不機嫌な様子でロイス・ロッシュは言った。
「一体誰のせいだと思っているんだ」
陽光をうけてきらめくその男の銀髪は、まさに月だ。日の光を反射することで、闇夜を切り裂く月の光だ。
まぶしさに目を細めながら、ハレイシアは腕組みをする。今にも胸に飛び込みたいのをこらえて、不敵な笑みを浮かべる。
「お前が呼んだんだからな」
「そうだ。俺が呼んだ」
ロイは途端に背を向け、一歩ずつ石畳を踏みしめるようにして人波に溶け込んでいく。置いていかれたような思いがして、ハレイシアは唇を引き結んだ。ロイはハレイシアのことなど歯牙にもかけず、大きな歩幅で街へ向かう。
「ロイ!」
素直に胸に飛び込めばよかったのだろうか。演台の上で、この身をロイス・ロッシュに捧げると宣言すればよかったのだろうか。
ハレイシアはロイについていくことができずに表情を曇らせた。自分を望んでくれたのだと思ったけれど、ひどい勘違いだったのかもしれない。
「……ロイ」
ためらいがちに名前を呼ぶと、ロイの足が止まる。待ってくれているのだと知って駆け寄ると、再び歩き出す。ロイはハレイシアと視線を合わせることなく、不機嫌な様子は変わらない。
──ひょっとして、国王に嫁ごうとしたことを怒っているのだろうか?
何度も言葉をかけようとしてやめるハレイシアを見て、ロイが小さくため息をついた。
「お前はずっと、俺といろ」
愛想のいい笑顔はない。以前愛を囁いた不敵さもない。不機嫌極まりないといった顔で、ロイは盛大にため息をつく。
左手をつかまれて、ロイに引き寄せられる。よろめいて抱きしめられたまま、耳元で低く囁かれた。
「いくら英雄といえども、戦争犯罪人と結婚すれば、国王との話はなかったことになるだろ? 罪人の妻を召し上げようなんて奴はまずいない。だから、お前はずっと俺といろ。そうすればお前は国王に嫁がずに済むから」
この男は一体何を言っているのだろう。
王国との戦いで、帝国側の作戦立案をしていたのがロイだということは十二分に知っている。しかしなにもこんなときにまで、策を持ち出すことはないではないか。ハレイシアを助けようとしてくれているのはわかる。けれども先ほどのロイの言葉が感情から出たものでないことが不満だった。
「それが私を呼んだ理由か? それだけなのか?」
「それだけだ」
ロイはハレイシアの問いを待っていたように間髪入れずに答えると、目を伏せて顔を背けた。
「お前のしたことがたとえ罪であったとしても、王国はお前を許した。それをお前自身が許さないでどうする」
「いや、今回の戦争の全責任は俺にある。一年だか二年だかわからないけど、この国が整備されるのを見届けたら、俺は責任をとろうと思ってる。だからもう、多くのものは持ちたくないんだ。でもお前といることで、お前を助けられるなら……」
ハレイシアは突然、故郷の冬に放り出されたような思いがした。
──責任をとるとは、どういうことだ?
ロイが自ら命を絶つ姿が思い浮かんで、ハレイシアは唇を噛みしめる。これからの人生を、共に生きてくれるとばかり思っていた。
「そんな言葉でついていく女がいると思っているのか!」
言葉をさえぎって叫ぶ。ロイは背を向け、わずかに振りかえった。垣間見えた銀の瞳は冷たい。
ロイス・ロッシュがわざと冷たい顔をしていることに、ハレイシアは気付いた。もう少し素直になったらどうだと言いたいのを飲み込んだ。それは自分にも言えることだ。
こんなときくらい本音を見せてくれればいいのに。本当の思いを聞かせてくれればいいのに。ついて来いと、言ってくれればいいのに。
「来ないならいい」
ロイの背中が一歩、また一歩と遠くなる。
このままではずっと手が届かない。触れたと思った瞬間に遠ざかる手は、ロイス・ロッシュそのものだ。
人波へと向かうぶっきらぼうな背中が寂しげに見えた。それはきっと、ロイの本当の気持ちだ。目にした瞬間、ハレイシアは凍りついたように動けなくなっていた足を前に踏み出した。
「わかった──」
ロイの背中を追って、胸倉をつかむと無理矢理視線を合わせた。
「私がお前の子供を生んでやる。お前が自害をあきらめるまで、戦争を長引かせた責任よりも親としての責任を感じるまで」
迫力に飲まれていたロイの顔が、次の瞬間にはあっけにとられたものになった。
「あのね、俺がそう簡単にあきらめる男だと思ってんの? 言っとくけど俺、しつこいよ。だからハルシアナまで行って戦ったわけでさ。大体お前、子供ってのは一人で作るもんじゃ……」
「ちょっと黙ってろ!」
再び迫力に飲まれたロイの襟をつかんだまま、ハレイシアは大きく息を吸い込んだ。
──お前が言わないのなら、私が言うしかないじゃないか。
これ以上ない難敵を目の前にして、ハレイシアの身体全体が鼓動にあわせて小さくはねているような気がした。
「お前も知ってる通り、私は洗濯も苦手だし、都会で食べるようなしゃれた料理は作れないし、馬鹿だから危機的な状況にすぐ陥るし、鈍いから人の気持ちにも気付かない。お前がいないと、困るんだ」
薄い青の瞳が銀の瞳を射る。しっかりにらみつけておかないと、ロイはすぐに目をそらそうとする。ロイが視線を泳がせるたびに襟を握りしめた手に力をこめると、男はようやく観念したようにため息をついた。ハレイシアは次の言葉を待つが、なかなかロイは口を開かない。
やがて、つかんだ襟元からのぞく喉が震えて、笑いまじりの声がかかった。
「何人生むの?」
ハレイシアは自分の手からするりと力が抜けるのを感じた。ロイの肩に頭を預ける。
「わからない。でも私より先に死ぬな。ずっと私のそばにいろ」
ハレイシアの背中にロイの腕が伸びる。ふわりと抱き寄せられてハレイシアは顔を上げた。銀髪が日の光に輝いてまぶしかった。
「上官殿のご命令とあらば、喜んで」
ハレイシアの顔のすぐそばで、銀色の瞳が微笑んだ。




