プロローグ
太陽の光をうけて銀色にきらめく大海がある。
龍が棲むという伝説のある海は空の青を映し、風に銀の飛沫をあげる。
龍海と呼ばれるその海には、かつて多数の大陸と、魔法と見まごうほど高度に発達した文明をもつ、数々の国家が存在した。彼らは己の利益のために他の文明をもつ国を攻撃し、またその応酬を受け、終わりのない戦いに明け暮れた。
大地も海も穢れ、深く傷つき、毒をためこんだ。人々は自らが犯した罪によって裁かれる日が、間近に迫っていることを知っていたが、目を背けつづけた。そしてある日とうとう、引き金をひいた。
核弾頭である。大々的な核使用の応酬によって、世界は一気に汚染された。
ほとんどの文明は滅び、世界の端にわずかな島々が残るだけとなった。さまざまな大陸で生き残った人間たちが残された島へと集まり、それぞれの文明を築き上げた。現在、魔法大戦と呼ばれる出来事の真相である。このできごとを魔法大戦と名付けた考古学者は、これを魔物対人間の戦争と位置付け、人間の敗北としてとらえている。
雨によって大地が洗い流され、海が穢れを浄化するまで、長い長い、気の遠くなるほど長い年月がかかった。
何千年かの間に大陸は分断され、移動し、そのいくつかは海中に沈んだ。
浄化された世界に人々があふれ、再び文明を築き上げるまでに、およそ三千年が経過した。
龍の鱗が太陽光をうけてきらめくように、大海の波は銀色の光を宿す。
龍海に四方を囲まれた、楕円形の小さな島がある。
名を、ライズランドという。
この島の名を初代国王エルンスト・ライズランドが変えて三百年が経つ。その間に島のことを古い名で呼ぶ者はいなくなり、ショハモシーラは文献や遺跡だけに見られる名前となった。
港町クロムフの防波堤から海をながめていた金髪の男は、眉間に深いしわを刻んだ。隣の少女にというより海に向かって、かつて少年だった男は重い口を開いた。
「とどまることのない時間は島の名すら人々の記憶から押し流す。人の名が忘れ去られるのもまた、道理なのかもしれません」
金髪の男は海に背を向ける。
男の笑みが人を避けようとするものに見えて、少女は後を追うことができず、ただ黙ってその姿を見送った。
金髪の男、オフィリア・ライズランドの背中はとても小さく、とても重いものを背負っているように見えた。
プロローグ・了