第2話 最悪の出会い
「───さて本題に入ろうか。君への依頼の話をしよう。」
男は口を開き、依頼の内容を話し始めた。
「依頼は連絡した通りだ。この星の裏側の調査、それと連絡してなかったがこれも頼みたい。」
2枚の写真を目を落とした。
写真には小太りした男と若い男が写っていた。
どちらも帝国軍の軍服を着用しているように見える。
「この2人は帝国軍のある部署に所属していてる。まぁ分かりやすく言うなら機密情報などの管理を行う奴らでね。」
「諜報部か。」
「そういうことだ。この2人の件は依頼のオマケだと思ってくれたまえ。」
男はコーヒーを飲みながら胸元のポケットから別の写真を取り出した。
写真には詳しい場所はわからないがバーらしき所にいるように見えた。
「彼らが最後に見つかった場所だ。面白いことにこの写真に写っている背景のバーは存在してないんだ。」
どういうことだ。
帝国軍から管理されているデータベースに該当がないことがあるのか。
あるからこんなことになっているんだろうけど。
「おそらくこの場所は…この星の地下だ。」
「地下?この星の?」
「さてここで君への依頼を確認してもらいたい。」
男は端末を手渡ししてきた。
裏面に帝国軍のマークが印刷されている小型端末だ。
端末を起動すると情報が記されていた。
「裏コロシアム?」
「そう。ここのコロシアムは安心安全を謳う決闘場だ。しかしこの星の地下には200年前の都市開発時に埋め立てられた場所が多く存在している。」
この面積を埋め立て?
地下の巨大空洞に残された人達はどうなっているんだこれ。
資料には惑星そのものをまるっと埋め立てているデータが出ていた。
岩魔法による基盤の固定、崩落防止の大地の固定。
200年前にこんな魔法の使い方出来るやつがいたのか。
「そしてその地下空間にはいくつか出入口があってね、この星で法を犯した犯罪者たちはこの地下へ落とされる。という噂もある。」
「つまりこの星の下は犯罪者達の集まる法律の適用がされない地域ってことでいいのか。」
「その通り。ルールなき世界で生き残るのは殺すことだけだ。だから傭兵ランクBの君に依頼を任せたい。」
正直こんな依頼内容なら報酬がもっと高くてもいい気がした。
裏コロシアムの調査のオマケに軍人2名の行方の調査の2つ。
これに金貨10枚はシケてる気がする。
「不満そうな顔だな?そんな顔すると思ってな…」
男はバックをゴソゴソ漁り始める。
バックから小さい小包がふたつ出てきた。
「金貨10枚を前金としてプレゼントしよう。」
小包を開けてテーブルに広げると綺麗な金貨が10枚入っていた。
簡易鑑定魔法を使ったが間違いなく100%純金だった。
「依頼達成で残りのもう1袋をあげよう。合計金貨20枚だ、どうだい?」
金貨20枚?
これだけあれば武器も船を買えるじゃないか。
「面白いねーその顔。さぁどうする?受けるかい?」
報酬だけ見るなら受けるべき依頼だ。
けど確実に何か裏がある。
ナイフを防いだ時の「君で3人目」と言ったのも引っかかる。
だが何故この依頼に俺は惹かれているのだろう。
不思議な程に。
「わかった、受けよう。」
「受けてくれるのか。じゃあこれが前金だ、受け取れ。」
男が金貨の入った小包と手紙を手渡ししてきた。
描いてあったのはどうやら何かの道標のようだ。
「これは?」
「手書きで申し訳ないが地下のマップだ。未開拓の場所が多いからあまり当てにはできないが…」
「ありがとう。」
金貨の数を確認したあと男に呼び止められた。
本棚をズラし奥の暗い空間へ手招きされている。
「地下にはここからアクセスすることができる。この店はそのための偽装工作さ。」
黒い錆びたエレベーターが1台真っ暗な暗闇から上がってきた。
下を覗き込むと暗闇が拡がっている。
「どれくらい深いんだこれ…」
「準備が出来てたら乗ってくれ。」
正直なところ準備もクソもない。
強いて言うなら船を宇宙港に置きっぱなことだけどまぁいいか別に。
ギルドからの借り物だから怒られるだろうけど依頼が成功すれば金貨で帳消しにできる。
俺はエレベーターに乗り込んだ。
「このエレベーターはどう操作すればいい?」
「それは気にしなくていい。そのエレベーターの操作権は私が持っているから。」
男が指を鳴らした瞬間エレベーターの扉が突然閉まり、錆びていた金属に魔法陣がいくつか同時に展開された。
それと同時にエレベーターは金属の擦れる不快な音を出しながら地下へ向かい始めた。
そこで異変に気づいた。
このエレベーターは外見上はボロいだけだったが男が合図した瞬間内装が変化し、ただの金属の鳥籠のようなものに変わった。
でも気づいた時にはもう遅い。
咄嗟に俺は銃を男に向けようと腰のホルスターに手を伸ばす。
が、足元から現れた鎖に体を縛り付けられてしまう。
「拘束魔法!お前…俺を罠に嵌めたのか!」
男は表情を変えることなく口を開いた。
「あぁそうそう、言い忘れてた。この依頼を受領した人間は君で9人目だ。せいぜい抗ってみるといい。」
そう言い放った男はうっすらと笑みを浮かべその場を歩き去っていってしまった。
途端にバツンと鎖の切れる音がしてエレベーターは地下へ真っ逆さまに落ちていった。
俺はどんどん暗闇へと落ちていってる。
底の見えない暗黒へ─────
気づくと地面に倒れていた。
頭に違和感があり触ると出血してしまったらしい。
真後ろにはエレベーターだったものが潰れていた。
「怪我は頭部の軽い出血だけみたいだな。これで骨が折れてたらたまったもんじゃない。」
辺りを見渡すが建物の残骸や瓦礫が沢山あった、そしてただ真っ暗だった。
仕方なくそこに落ちていた木の棒にハンカチを巻き付けて炎魔法で火をつける。
これで簡易松明が作れる。
このハンカチお気に入りだったが仕方ない。
「ここは…どこだ?妙に血生臭い。一体───」
歩き始めようと足を動かした時、足にジャリっとした感覚を覚えた。
松明でそれを照らすと赤黒い硬貨が見えた。
違う。血で錆びているだけでこれは紛うことなき金貨だ。
「俺以外の他の傭兵の金貨か。」
錆びた金貨を懐にしまい、再び歩き始める。
しばらく瓦礫の山を歩き続けるとどこかから視線を感じる。
1人じゃない数は分からないけど複数人いる。
足を止めたら来る、そんな気がした。
···いや今後の調査を考えたらここで始末しといた方がいいのでは?
殺れたら殺ろう。
瓦礫の山を抜けて、壊れた住宅街へ進み、少し開けた広場のような場所で足を止める。
足を止めた瞬間、周囲の瓦礫から何かが飛んでくる。
即座に物理防御魔法を展開し飛んできた黒塗りのボルトが防御魔法に突き刺さる。
「···なるほど。暗闇に溶け込ませて気づかれにくくするために黒く塗っているのか。」
すると10人前後の男が瓦礫から現れ道を塞がれる。
奴らの服はボロボロながら手に握っている武器だけは綺麗に輝いている。
更に後ろから大きな鈍器を持った3m越えの巨体のオーガが姿を現す。
「黒塗りのクロスボウ使いにオーガまで。こんな巨体を何処へ隠していたんだか。」
集団の中で一際偉そうな金のアクセサリーを付けた男がオーガの前に立ち何かを命令しているようだった。
「あんたがボスか。俺はただの観光客なんだが通してくれないか。」
「観光客だってぇ?武器持ってこっち側に来ている奴のどこが観光客だよ。」
「それはそうだが死人は出したくないだろ。俺も怪我は御免だぞ。」
一言も発さず睨み合いが続く。
奴の部下が今すぐ戦おうと言わんばかりに武器を握る。
痺れを切らした男が口を開いた。
「───オーガ、殺れ!」
奴の一言でオーガが獣のような雄叫びを上げ突撃してくる。
1歩で地面が抉れ、大きな鈍器を振り回す。
「バーサーカーかよコイツ。」
パッと見で分かるがこんな奴に銃を抜いて発砲したところでダメージが通るわけが無い。
魔法使うしかなさそう。
肉体強化魔法を両足に付与し崩落した建物の壁を走り、オーガの頭の高さまで登り続ける。
オーガの頭に向かって飛び込み左手をかざすと赤い魔法陣が浮かび上がった。
「───炎よ!燃え盛れ!」
真っ赤な炎の火球がオーガの頭に直撃し爆発した。
言語化不能の叫び声が辺り一面に鳴り響く。
オーガはバランスを崩し瓦礫へ倒れてしまった。
まだ生きている。ここで確実に仕留める。
一撃でも喰らえば即死するリスクがある以上危険すぎる。
「岩よ!突き刺せ!」
オーガの倒れた地面から岩の棘が何本も地面から飛び出し、背中や足を貫いた。
「ここで使いたくはなかったが…やるしかない。」
俺は腰の剣に手を伸ばし強く握りしめた。
早速頭に違和感が生じるがもはやそんな事はどうでもいい。
白い刀身を顕現した剣をオーガに向けて
構えた。
その瞬間オーガは自身を貫いていた岩魔法を粉々に粉砕し鈍器を俺へ振り下ろす。
だがその鈍器が俺に届くことは無い。
「───秘剣抜刀。」
剣へ込めた魔力を解き放った。
白い剣をオーガへ振りかざすと色は反転し、光すら飲み込むと言わんばかりに黒く変色した。
黒く変色した刀身から放たれた光線はオーガの体を確実に捉え、跡形もなく一瞬で蒸発した。
オーガだったものが音を立てて倒れた後、瓦礫の陰に隠れていた男たちが姿を表した。
「···やるじゃねぇか。」
「まさかオーガが殺されるとは、とか思ってた顔だな。まだやるなら───」
「いやいや降参だね。ただの魔法使いかと思いきや怪物の類とはな。」
男は後ろの部下たちに武器を捨てるように指示をしたようだ。
部下達は渋々武器を下ろした。
「炎だけの単一属性だけかと思いきや岩属性も使うわ最後の一撃に闇属性魔法使うし、もうビックリしちまったぜ。」
「それがどうした。」
「いやいや貴重だぜ?第五属性使えて尚且つ闇属性まで使えると来た。ここ50年生きてて見たことがねぇ。」
男の俺を見る目が変わった気がした。
俺を凝視し疑問が確信に変わったようだ。
「てめぇ…一体何だ?ただの人間じゃねぇな。人に化けるバケモンだと思ったがそうじゃなさそうだな。」
俺は剣をホルスターに戻し魔力強化を解除した。
覚えてないんだ。記憶なんて。
過去に何度も思い出そうと努力したけど何一つ変わらない。
「···分からない。俺も自分が何なのかハッキリ分かってないんだ。」
そんな遠い目をしていると男は口を開いた。
「オーガを殺せるような奴を敵に回したくは無い。お前ちょっと俺たちの所に来ないか?別に勧誘してる訳じゃねぇ、話が聞きたいだけだ。」
部下達は驚いて男を囲んで何か言っているようだった。
───なんて冗談じゃない無い。と男が最後に一言言ったように聞こえた。
その一言に圧倒されたのか部下達は何も言わなくなった。
「···さて、ついてこい。俺たちは抵抗する気は無いさ。」
この時の俺は何を考えてたのかよく覚えてない。
ただ現地点でこの男だけは信用してもいい、そんな気がした。
奴らは真っ暗闇の中、建物の瓦礫をかき分けてどんどん奥へ進んで行った。
内心疑いながらも俺は奴らを追いかけ暗闇の中へ進んで行ったのだった。