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妖狐乙嫁譚  作者: サモト
15/26

誤解 2

 子狐に出会って以来、十和は何かにつけて外を気にするようになった。


(雪白ちゃん、大丈夫かしら……)


 梅雨で外は雨続きだ。子狐が雨に濡れて寒い思いをしていないか、食べるものが満足に取れなくてお腹を空かせていないか、気がかりで仕方ない。

 見張り番をする妖狐たちには子狐を見つけたら保護してくれるよう、自分のところへ連れてきてくれるよう頼んである。もちろん月白には内緒で。


(なんとかしてまた会いたいわ)


 鬱々としていると、千代が明るい声で話しかけてきた。


「奥様、ご存知ですか? 向こうの方の山に、問答石っていう石があるんですよう。

 その名の通り、質問をすると答えてくれる石なんですけど」

「初耳です。おもしろい石ですね」


「雨が止んだら行ってみませんか?」

「千代さんは何かお聞きになりたいことが?」


「えへへ、全然たいしたことじゃないんですけどね。石もなんでも答えてくれるわけじゃないし。でもま、気分転換にどうかなって」


 沈んでいる自分を元気づけようとしてくれているのだろう。十和はありがたく誘いを受けた。


「せっかくだしお弁当持っていきましょうよう。外で食べるごはんってなんかおいしくないですか?」

「いいですね! 楽しそう」

「なーに、お出かけの話?」


 盛り上がる二人に、赤城も加わってくる。


「問答石を見物に行こうかなって」

「あー、あれね。……ああいうの、試すなとはいわないけど、アテにはしちゃだめよ?」


「分かってますよう。ただの暇潰しです。聞きたいことも、この世で一番おいしいおいなりさんにはどこで出会えるかってことですし」

「個人の好みによるって答えられて終わりじゃない?」


 赤城ははすに構えてあきれていたが、やがて身を乗り出してきた。


「――と、まあ、年長者として小言をいったけど。興味あるのよね。アタシもついてっていい?」

「ぜひぜひ。赤城さんも一緒なら心強いですう」


 三人は遠出の話で盛り上がった。ついでに町まで出て甘味でも食べてこようと、すっかり物見遊山になる。


「出かけるのか」


 会話を聞きつけて、月白が離れたところから声をかけてきた。


「はい。問答石を見物に行ってもよろしいですか?」

「……一緒に」

「赤城さんが一緒なので大丈夫です」


 月白が問答石に興味があれば話は別だが、なさそうなので、十和は同行を断った。


「……石に、よくない妖魔がついていると危ない」

「承知しております。赤城さんにもアテにはするなと注意されております」


 へそを曲げている十和は、月白の小言に口をとがらせた。


「雪白ちゃんが無事かどうか、月白様が教えて下さるならやめますけど」

「雪白?」

「先日の白い子狐さんです」


 また前と同じ反応が返ってきた。

 月白は答えあぐね、困った様子だ。


「十和……あれは……気にしなくていい」

「気にしなくていいって、どういうことですか」


「……十和が気にするほどのものではないというか」

「気にするほどのものではないって、どういうことですか!」


 冷たいいいぐさに、十和は激高した。


「今度雪白ちゃんがお屋敷にやってきたら、私が面倒見ますから!

 もしまた月白様が追い出すなら、私も一緒に雪白ちゃんとお屋敷を出ます!」


 月白は途方に暮れた様子になった。

 すごすごと引き下がり去って行く。

 千代が腑に落ちない顔で首をかしげた。


「本当、雪白ちゃんは月白様の何なんでしょうね? アレ呼ばわりするなんてよっぽどの仲ですよね」

「月白様のお子ではないそうなんですけど。なら何かは教えて下さらなくて」

「隠し子以上にバレたらまずい理由って何よ」 


 赤城も首をひねるが、一向に答えは出ない。

 時間が経つにつれ十和は冷静さを取りもどし、さっきの自分の剣幕を後悔した。


「いいすぎました。月白様がご自身のことを詮索されるのがお嫌いだってわかっているのに問い詰めて怒って。月白様は私のことを心配して下さっていたのに」


「さっきのはまっとうな反応でしょ。すごくりっぱな態度だったと思うわ。

 あの常識外れ相手に、十和ちゃんはよくやっていると思うわよ」


「あんなことをいってしまうなんて。

 私、月白様に甘えてしまっているんですね……」


 十和は反省しきりだったが、赤城と千代の見解は少し違った。


「アタシは月白に人を甘やかす度量があったことにびっくりしてるわ」

「あたしもです。月白様が意外とふところの深い旦那様をしていてびっくりしてます。

 他人のことなんて知らないっていう性格だと思ってましたけど、そうでもないんですね」


 二人は力強く十和の肩を叩いた。


「十和ちゃん、気にすることないわよ。もっとやって」

「もっともっと月白様をふり回しちゃってください」

「はい?」


 なんかおもしろくなってきたといわんばかりの二人に、十和はぽかんとした。


 三日後、梅雨の晴れ間が訪れた。足元がぬかるんで歩きにくいが、三人とも出かける楽しさが勝った。泥が跳ねたとか、足元がすべるとか、楽しく愚痴を吐き合いながら目的地に到着した。


 問答石は、石といっても高さが大人ほどあった。石というより岩だ。大半は地面に埋まっていて、一角が地面から三角形に突き出ている。


「まずは奥様からどうぞ」

「答えてくれるといいわね」


 十和は酒といなり寿司をお供えして、問答石に問いかけた。


「問答石様、問答石様。先日出会った白い子狐に会いたいのですが、どこを探せばいいですか?」


 石の横縞模様が口のようにうごめいた――気がした。低く野太い声が返ってくる。


「おまえのすぐそばだ」


 あっさり答えがあったことに十和は驚いた。


 思わず赤城たちをふり返るが、二人は聞こえていなかったらしい、平然としている。


「どうしたの?」

「雪白ちゃんはすぐそばにいるって」

「すごい。答えがあったね!」

「雪白ちゃん、近くにいるんですか?」


 十和も赤城も千代もきょろきょろとあたりを見回すが、白い子狐の姿はない。


(まあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦、ですものね)


 答えがあること自体期待していなかったのだ。問答石の答えが役に立たなくても、十和はさほど落胆しなかった。下がって、後の二人の質問が終わるのを待つ。


「お嬢さんはもう試したのかい?」


 背後からの声にふり向いて、十和は悲鳴をのみこんだ。


(雑鬼がてんこもり……!)


 声がしわがれていることと、杖をついていることから、相手は年老いた人間の男性ということはわかったが、顔はわからない。背中に肩に頭に雑鬼がまとわりついて、顔を隠してしまっていた。


「答えはあったかい?」

「あ、あるにはあったのですけど、探し物はまだ見つかっていなくて」


 十和は努めて冷静に答えた。大部分の人間は妖怪や雑鬼を見ることができないと知っている。妙なものが見えていると気づかれたら、赤城たちも含めて正体が妖怪と見破られかねない。


「そうか、答えがあったのかね!」


 老人は前のめりになった。ぼろぼろと雑鬼が落ちる。


(ひいいいいいっ!)


 十和はじりじりと後ずさった。


「すまない、驚かせたね。急に大声を出して。

 わしの方は家が不幸続きでね……家でボヤは起きるし、妻も嫁も寝こんでしまうし、わしも頭痛や肩こりがひどくて。

 一番困っているのは、息子が頭を打って倒れたきり目を覚まさないことなんだ。孫もまだ生まれていない。たった一人の大事な跡取り息子だというのに……どうしてこんなことに」


 老人の嘆きが深くなれば深くなるほど、雑鬼たちは活気づいた。嬉々として老人の肩で飛びはね、背にぶら下がる。


「お、お祓いにいかれたらいかがすか?」


 十和の提案に、老人は首を横にふった。


「近くの神社にお祓いには行ったのだよ。一時は楽になった。しかし、また次第に具合が悪くなっていった。

 神主がいうには何かに祟られているらしいんだが、原因は分からないといわれてしまった。それで問答石に聞きに来てみたんだ」


「お待たせ、おじいさん! お次どうぞ!」


 相手がよろめいてしまうほどの強さで、赤城が老人の背を叩いた。

 途端、雑鬼が四方へ散った。赤城の霊力に弾き飛ばされたのだ。

 やっと老人の顔が見えるようになる。疲れた顔をしていた。八の字の眉のせいで困りようがいっそう強調されて見えた。


「ひえー、雑鬼が大盛りだったわね。大丈夫だった? 十和ちゃん」


 心配する赤城に、十和は青い顔でコクコクとうなずいた。問答石の前に座った老人を一瞥する。


(……背中にまだ何かついている?)


 老人の肩にうっすらと、大蛇のような胴体と鋭い爪のついた四本指が見えた。


「あれ、龍神ね。あんなに肩をがっちりつかんで。守っているって感じじゃないわねえ」

「あの方、何かに祟られているとおっしゃっていました」

「じゃ、あの龍神に祟られてるのね。あれはさすがに祓えないわ。お気の毒様」


 千代も同情する。


「祟られると運気が悪くなりますからねえ。悪い運気につられて雑鬼が集まってきて。それでさらに運気が悪くなるっていう悪循環なんですよねえ」


 一度散らされたものの、雑鬼たちはまた老人の元へ集まりつつあった。大元の原因を解決しない限りはキリがなかった。


「どうして祟られているんでしょうか?」

「さあ。何か怒らせるようなことをやったのは間違いないでしょうけど」

「龍神様『許さん許さん許さん』ってすっごく怒ってますねぇ」


 耳を澄ますと、十和にも龍神の声が聞こえた。怒りに満ちた呪詛の声だ。

 声を聞きながら龍神の姿を見ているうちに、十和の脳裏にふっとある光景が思い浮かんできた。


 池だ。木々に囲まれた中にある小さな池。水中に小さな鳥居とほこらが建てられている。

 月の明るい夜。若い男が千鳥足でやってきて池をのぞきこむ。老人と同じ八の字眉をしていた。

 青年は水中に大きなこいを見つけると、うれしそうに抱えていた網を放った――


「――で、あたしはダメでしたけど、赤城さんはどうでした?」


 十和の白昼夢は千代の声で途切れた。


「っていうか、何聞いたんですか?」

「決まっているじゃない。アタシの運命の人はどこにいるかってことよ」


「赤城さんって乙女ですよねえ」

「アンタは色気より食い気よね」


「ごはんがおいしいと毎日が幸せですよう? いいことじゃないですかあ」


 千代たちは弁当を広げる場所を探して歩きだす。

 十和は数歩行ってから、問答石をふり返った。

 老人はまだ石の前に座り、質問を繰り返していた。

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