【短編】「なんでもいいなりの僕のおもちゃ」なんて言われて、メイドが喜ぶとでも?
「お坊ちゃま。愛しています」
「いっぱい、かわいがってあげるね。リグレットは部屋から出ちゃいけないよ。危ないからね」
お坊ちゃまは私の全て。
普通メイドは、メイド棟で生活する。
私はお坊ちゃまの隣の部屋。
仕事もお坊ちゃまの、身の回りのことだけ。
大切にされる私は幸せ────
ある嵐の日、お坊ちゃまのご友人が泊まりにいらした。
「あのメイド、すげえかわいいじゃん」
「いいだろ。なんでもいいなりの僕のおもちゃだ」
「なんでも?」
「最初は嫌がったけどね」
「貸してよ」
「金貨一枚ならいいよ」
「高いなぁ、オイ」
「ハハハ」
寝静まる夜中。話は隣の私の部屋まで聞こえた。
ピカッ!! ゴロゴロゴロ! 雷が轟く。
身分違いはわかってる。
図々しく結婚なんて考えてない。
けど、愛があると信じてた!
持てる全てを捧げたつもりだった!
心が砕け、涙があふれる。止まらない。
そして私は、復讐を決めた──────
夜中に坊ちゃんのスリッパに、鶏の血を染み込ませた。
「ヒャ────ッ!!」
「お坊ちゃま!? いかがしました?」
翌朝、お坊ちゃまは、面白いほど驚愕する。
ふふ。笑いをこらえるのが大変!
「り、リグレット。見て。見て。血がぁッ!!」
「まあ怖い! おばけかしら。恨まれてるのでは?」
「おばけ?」
「だって、だれも入ってきてないでしょう?」
「まさか────」
うふふ。ざまぁ。だいぶスッキリしたわ。
でも、まだまだよ。私の悔しさを思い知りなさい!
恋心を、純情を、踏みにじっておもちゃにした罰を受けなさい!
次の夜中は、ベッドに大量の髪の毛を撒いた。
「ヒャ────ッ!!」
「お坊ちゃま!? いかがしました?」
「り、リグレット。見て。見て。毛がぁッ!!」
「長い髪ですね。女性の恨みでしょうね?」
「僕は、だれからも恨まれてないッ!」
あら。まだ気づかないの?
じゃぁもっとしなきゃね。
だって、悲しみも、恨みも、全く収まらないもの。
次の夜中は、血まみれの鶏の羽を振りかける。
「ヒャ────ッ!!」
「お坊ちゃま!? いかがしました?」
「り、リグレット。見て。見て。赤黒い羽がぁッ!!」
「本当に、恨まれる心当たりはないのですか?」
「ない。そうだ。ニコラスに泊まってもらおう。賢い幼馴染だから、きっと謎を解いてくれる」
謎ですって!? こっちは遊びじゃないのよ。
次の夜は、ニコラス様もいらっしゃる。
精悍なニコラス様と並ぶと、お坊ちゃまは見劣りする。
不思議。
屋敷の頂点にいて、世界一素敵だと思ってたのに。
愛しい私の全てだったはずなのに。
烏を部屋に放し、烏を驚かせるため叫ぶ!
「キャァ───────ッ!!」
「なんだ。何が起こってる!?」
バサバサッ!
真っ暗な部屋の中で烏が飛び回る!
ガウンをかけ、盾になり、私を守るのはニコラス様。
自分の頭を枕で守り、ベッドで小さく丸まるお坊ちゃま。
大切になんかされてない。
私は「おもちゃ」に過ぎない。
そう突きつけられた気がした。
自分で仕掛けておいて、胸をえぐられたのは私だった。
泣きたくなるのは私だった。
「バ────カッ」
ニコラス様が窓を開けると、烏は鳴いて飛び去った。
捕まえるの大変だったんだけどな。
料理長に習って、鶏を捌くのは怖かった。
ゴミから髪を集める時は惨めだった。
ああ。復讐は大変で、虚しい──────
「リグレット。私の祖母の家に移らないか?」
翌朝、出立前にニコラス様はおっしゃった。
ああ。そうか。私の悪事がばれたのね?
犯人は私しか考えられないもの。
むしろ何度もひっかかる、お坊ちゃまが不思議よ。
でもなんで「祖母の家」なのか?
「なぜです?」
「あんな物置に、リグレットを閉じ込めていたくない」
そっか。物置に見えるのか。
あの程度の部屋で満足する人間だから「おもちゃ」なのね。
「さあ。リグレット。一緒に行こう。後は任せて?」
今度はニコラス様の「おもちゃ」になるのかな。
親もわからない平民の人生なんて、お貴族様になんの価値もない。
もう、なにもかも、どうでもいい────
「カラスリーと申します。夫亡き後は、礼儀作法の教師をしております。リグレットに、助手をお願いしたいのです」
喪服と白髪のせいか、落ち着いた品のある貴婦人。
私なんかに敬語で、逆に緊張する。
「かしこまりました」
「では、ドレスに着替えましょう。本日は王宮に参ります」
まずドレスで気分があがる。王宮は憧れ、さらにあがる。
全然違う!
ハイヒールと、重いドレスで働くのはキツイ!!
でも甘えは許されない。
尊敬される礼儀作法の先生の助手だから。
食事さえ気楽にとれず、毎日が緊張の連続────
「私は平民ですけど?」
ついに私は、不満を漏らした。
「だから? 礼儀作法は貴族が気取るためではありません。思いやりと周りの方への配慮です。世界を広げるため、必要だから学ぶのです」
「……」
「演奏家が平民だからと手を抜きますか? 髪結いは?」
甘ったれた自分が恥ずかしくなる。
そして、私は「平民」を言い訳にするのをやめた。
少しでも成長し、先生の恥とならない助手になると心に決めた。
「明日から、領地に移り、家令から仕事を学んで欲しい」
半年過ぎ、だいぶ慣れた頃、ニコラス様がおっしゃった。
「申し訳ありません。先生の助手を続けさせてください」
元気に見えても、先生はお年。一人にしたくない。
「あら? ニコラス。リグレットに伝えてないのですか?」
「いや。えっと……」
「ニコラスはリグレットと家族になりたいのです」
「結婚はさすがに身分が」
「どうとでもなります。私もリグレットと家族になりたいのです。もちろん大切なのは、リグレットの気持ちですが」
「私もカラスリー先生のお側にいたいです! 不束者ですが」
「リグレットは優秀です。胸を張って、どこにでも出せますよ」
鼻の奥がツンとして、胸がいっぱいになる。
カラスリー先生に認めて頂けるなんて。
物置で生きた私は無知で、何度もダメだしされた。
立つだけでも、歩くだけでも、叱られた。
ありがたいけど、やっぱり辛くもあった。
何度も心が折れたからこそ、今とても心に染みる。
「お婆様。プロポーズを奪っちゃうのは、おかしくない?」
「あらやだ。私としたことが。さあ。ニコラス。どうぞ。烏から守られて以来、十年片思いしてたんだから」
「十年片思い!?」
驚く。確かに私は、幼い頃から烏は怖くない。
自由に飛べて羨ましいとは思っても。
けどニコラス様を守った記憶はない。
まともに話した記憶さえない。
「お婆様! 何で言っちゃうの?」
「あらやだ。ごめんなさい。まさか告白もまだ?」
「まいったな」
ニコラス様は片膝をつき、私の手をとる。
「結婚してください。リグレット」
「私は世間知らずで、性格が悪いですよ?」
「世間はこれから知ればいい。性格は悪いかな?」
「部屋に烏を放したのに?」
「あれはリグレットだったのか!?」
「お気づきでなかったのですか!?」
「寝間着姿に緊張して、それどころじゃなくて。いや。何言ってんだ。かっこよく決まらないな。リグレット。愛してる」
「私の何を?」
「かわいいとこも、優しいとこも、強いとこも、頑張り屋なとこも。烏を放すとこだって。大切にすると誓う。結婚してください」
「はい」
私の荒れた手が宝物みたいに、ニコラス様はキスする。
「リグレットの反応が、お婆様に負けた気がする……」
ニコラス様がぼやいたので、笑ってしまった。
それからニコラス様は、色々な所に連れて行ってくださるようになった。
「白髪だらけになっても、二人で色んな所に行こうね」
「ぜひ」
世界は広い。
私は、そんなことも知らなかった。
「本当に怒った烏から、私を守ったの覚えてない?」
「まったく」
「でも、覚えてなくてよかったかも。あの頃は泣き虫だったから」
「そうなんですか? 今はこんなに精悍ですのに」
「そりゃ成長するさ。だめだな。リグレットに褒められると舞い上がっちゃう」
それでも、本当の私は平民。しかも捨て子。
チクチクとした罪悪感がある。
私の見た目は貴族っぽい。礼儀作法を学んで特に。
その偽物感がさらに私を責める。
「本当に私で後悔しませんか?」
「リグレットじゃなきゃ嫌なんだ。もし貴族になるのが嫌なら、私が身分を捨てようか?」
「それはいけません! 先生が悲しみます」
「だったらそばにいて。必ずリグレットを守る。最優先したいのはリグレットなんだ」
─────── 婚約式 ───────
「リグレットッ!! 探したよ?」
「どなたか存じませんが、ドレスルームですよ!?」
カラスリー先生が、ノックもなく扉を開けた人を睨みつける。
振り向けばお坊ちゃまがいる。
今の今まで、私はお坊ちゃまを、すっかり忘れていた。
あのお屋敷が世界の全てだった頃には考えられない。
「お婆さーん。リグレットは僕のです。返してください」
「出ていきなさい」
カラスリー先生は、屋敷の護衛に視線をやる。
貴婦人に「お婆さーん」は失礼極まりない。
私にとってカラスリー先生は、礼儀作法の先生だけじゃない。
人生を諦めた私に、生きる力をくださった人。
冷静になった頃、怒りに任せた復讐を反省した。
なのに、本人を前にすると、足りなかった気さえする。
侯爵家で騒ぐなんて、あまりに幼くて幻滅する。
「触るな。僕は次期伯爵だぞ。リグレット。愛してる。帰っておいで。望むなら、もっと愛してあげる」
二人の衛兵に腕を押さえられながらも、お坊ちゃまは言った。
その姿は、まるで駄々っ子。
私はツカツカと廊下に出る。
「愛してたならなぜ『なんでもいいなりの僕のおもちゃ』などと?」
「覚えてないけど、たぶん見栄張っちゃっただけだ」
「大切な私の孫を、呼び捨てにしないで頂けます?」
先生も廊下にいらして、身を挺し私を守ってくださる。
「ちょっと、お婆様。また、いいとこどりして」
騒ぎを聞きつけ、とんできたニコラス様が慌てる。
私だって、お坊ちゃまに言い返そうと意気込んでた。
けど、先生の「大切な私の孫」という言葉が嬉しくて、目頭が熱い。
「閉じ込めて、大切にしなかったのは君だろ?」
「騙したなぁ。ニコラスッ! 俺の物を横取りするなぁ───ッ!」
「私の片思いを知ってから執着して、隠したくせに、よく言う。もう離さないよ? 私の全てを捧げて、リグレットを一生大切にする」
まさかそんな理由で閉じ込めたとは!
それを私は喜んだとは!
惨めさが鮮やかに甦る。
お坊ちゃまは、首だけを私に向けて微笑む。
「リグレットは、僕を好きだと言ったよね?」
「私は家族が欲しかった。でもそれは分不相応な望みだと思い込んでいました。邪魔しないでください。私は大切に愛され、今とても幸せです」
「後悔してるんだッ!! 僕が大切にするッ!」
「お坊ちゃまは全く成長してません。逆らえないおもちゃが欲しいだけ。女はおもちゃじゃありません」
「結局、身分だろッ! 金だろッ!」
「違います。わからないのですか?」
「僕の言うこときかないなら、偽の身分だとばらすぞッ! リグレットだけ幸せになるなんて許さんッ!!」
「やってみろ。君の家ごと潰してやる」
ニコラス様は静かに怒る。
それだけで、お坊ちゃまは怯えてしまう。憶病な人だから。
なにより自分だけが大切な人だから。
「もう。婚約式が始まってしまいます。先生、お席まで行きましょう」
先生を挟んで、ニコラス様と歩く。
常に喪服の先生が、鶯色に金糸の刺繍のドレス。
祝ってくださるお気持ちが伝わってくる。
後ろでまだなんか叫んでるけど、お坊ちゃまはどうでもいい。
お坊ちゃまは、きっと一生「お坊ちゃま」だろう。
私は、大切な人と家族になれる幸せが、心の底から嬉しい。
楽な道じゃないとしても、守り合って、生きていきたい。
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