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失われた断片ーー旧作  作者: 半々月光
第1章─ビグトラス島
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35─避難所

 


 裂斗山(れっとうさん)の斜面の緊張した空気に比べ、遠くの夜空は陰鬱で重苦しく、湿気が次第に凝り固まっていく。暗い空が一つの雷鳴とともに鳴り響き、細かい雨が焦げた大地に絶え間なく降り注いでいる。


 星雨(せいう)は一連の難民を導きながら、荒れ果てた廃墟と崩れかけた壁の間を歩んでいた。彼女の顔には疲労が隠しきれなくなっていたが、その目にはなおも強い光が宿っている。

 


 星雨の前方には緑の光がちらつき、まるで唯一の道しるべであり、進むための力でもあるかのように彼女たちを導いている。その光はどこか神秘的な力を帯びていて、希望を託されているかのように彼らを一歩一歩前へと導いていた。


 難民たちは無言で星雨の後をついていく。疲れきっているにもかかわらず、緑の光の存在が彼らに最後の信念を与えていた。


 「もうすぐ……」星雨は小声でつぶやき、張り詰めていた心の糸が少しだけ緩んだように感じた。彼女はこの光が避難所の場所を指し示していると信じていた。そこには安全なシェルターがあり、異獣の追跡を一時的に避けられるはずだと。


 だが、光に導かれてたどり着いた先に広がる光景を見て、彼らは思わず足を止めてしまった。


 「どうして……こんな……」


 目の前には荒廃した廃墟が広がっていた。かつての建物はすでに崩れ、黒く焦げた瓦礫が四方に散らばっている。空からはまだ小雨が降り続き、砕けた石柱や壊れた壁に滴り落ちている。無人のこの光景は、荒涼として心を打つものがあった。


 星雨は呆然と立ち尽くし、背後の難民たちも同様だった。彼らは安全な避難所を見つけられると信じていたが、そこにあるのはただ静まり返った廃墟だけだった。


 「これは一体どういうことなの──!」星雨はついに堪えきれず、大声で叫んだ。その声には疑念と失望が入り混じり、広がる廃墟の中で反響し、不気味なほどに響き渡った。


 彼女が思考の整理もつかず、どう行動すべきか迷っていると、隊列の中にいた優しいお婆さんが近づいてきた。このお婆さんは難民たちの逃亡生活の初めからずっと星雨を助け、皆を導く手助けをしてきた人物である。彼女は高齢にもかかわらず、温かい知恵の光を絶やすことなく、今も落ち着いた様子を保っていた。


 「星雨さん、覚えていますか?」お婆さんは柔らかな声で低く語りかけ、近くに異獣がいるかもしれないと警戒して声を潜めた。「もし避難所が攻撃されたら、人々はどうするか、私たちも以前に考えたことがありましたね?」


 


 星雨はお婆さんの言葉に耳を傾け、ふと視線を彼女に向けた。わずかな困惑がその瞳に浮かんでいる。「お婆さん、もしかして……避難所が移動したということですか?」


 お婆さんはゆっくりとうなずき、周囲の瓦礫に目を走らせながら答えた。「ええ、ここには新しい攻撃の痕跡が見られるわ。避難所の人たちは、急いでこの場所を離れざるを得なかったのでしょう……でも、私たちに知らせが届く前に、移動してしまったのかもしれないわね。」


 星雨の胸に微かな鼓動が響き、薄暗い希望の光が再び灯った。もし避難所が無事で、どこか別の場所に存在しているなら、まだ諦めるべきではないのかもしれない。しかし、次にどこへ向かうべきか、またしても新たな課題が立ちはだかった。


 「でも、私たちはどうやって彼らを見つければいいの?」星雨は小さな声で尋ね、不安が再び胸をよぎる。難民たちも、彼女の背後で緊張の眼差しを向け、彼女の決断を待っていた。


 


 お婆さんは一瞬考え込み、やがて遠くの山頂を指さした。「もし避難所の人たちがまだ無事なら、きっとあの方向に向かったはずよ。あそこには重要な空港があり、学院からの援軍が守っている可能性も高いわ。そこなら、異獣から安全に避難できる場所になっているかもしれない。」


 星雨はお婆さんの指し示す山頂をじっと見つめた。霧に包まれたその山頂は、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。彼女は心の中で葛藤しながらも、前進する覚悟を固めた。


 「もう選択肢は残されていないわね。」星雨は静かに言ったが、その声には確固たる決意が宿っていた。振り返って難民たちに向き直り、続けた。「お婆さんの指す方向に向かいましょう。あそこに希望が残っているかもしれない。」


 難民たちは不安と疑念の入り混じった表情を浮かべながらも、星雨とお婆さんに従って再び歩き始めた。



 雨が次第に強まり、冷たい風が細かい雨粒を伴って人々の肌を刺すように吹きつけていた。お婆さんの指示に従い、隊列は山頂を目指して一歩一歩進んでいった。星雨は先頭を歩き、霧にかすむ山頂を見据えながら、不安を抱えつつも冷静さを保とうとしていた。これは、未だ戻らぬガサンから託された使命だと感じていたからだ。



 「星雨お姉さん、私たちは本当に他の人たちを見つけられるのかな?」隣を歩く若い子供が不安げに尋ねた。彼の目には疑念と恐れが宿っている。


 星雨は子供の顔を見て、少し微笑みながら答えた。「大丈夫、きっと見つけられるわ……希望を捨てない限り、道は必ず開けるから。」


 彼女の言葉に子供は少し安心したような表情を浮かべたが、周囲に漂う不安は完全には消えなかった。それでも、星雨の力強い言葉が隊列全体に少しの勇気を与えたようだった。


 道中、お婆さんは時折周囲を観察しながら、難民たちに足元を注意するよう促した。雨で滑りやすくなった地面に気をつけ、なるべく静かに歩くように、そして一瞬たりとも油断しないようにと告げた。雨粒(あまつぶ)が髪や衣服を濡らしていく中でも、お婆さんは平静を保ち、皆をしっかりと導いていた。


 彼らが低木の茂みを抜けたその瞬間、遠くから低く重い轟音が響き渡った。隊列の全員が一斉に緊張し、足を止めた。


 「今の音、何だったの……?」一人の女性が恐怖に駆られて声を上げ、怯えた眼差しで周囲を見回した。まるで迫り来る脅威を探し求めるかのようだった。


 「う……」若い少女が恐怖で手で口を覆いながら、視線をせわしなく動かして音の出どころを探る。聞き覚えのある、あの致命的な音が再び鳴り響いているのだ。


 「静かに!」星雨はすかさず手を上げ、全員に沈黙を示した。鋭い目で四方を見回し、迫り来る未知の圧力がその場を包み込んでいるのを感じ取った。


 お婆さんも足を止め、周囲をじっと見渡した後、声を潜めて星雨に告げた。「急ぎましょう。この音は嫌な予感がするわ……異獣が近くにいるのかもしれない。」


 星雨は無言でうなずき、すぐに隊列に向かって低い声で指示を出した。「皆、よく聞いて。今から足早に進むけれど、絶対に音を立てないように。山頂に急ぎましょう。あそこには私たちを守る防御魔法陣があるかもしれない。」 


 隊列は再び動き出し、誰もが慎重に足を進め、物音ひとつ立てないように細心の注意を払っていた。雨が絶え間なくぬかるんだ地面を叩き、足元の道はますます滑りやすく、歩くのが困難になっていく。全員が歯を食いしばり、ひたむきに前へ進むことだけを考えていた。


 

 山頂に近づくにつれ、空は次第に暗さを増し、あたり一帯に異様な黒い霧がじわりと漂い始めた。闇が押し寄せるかのような感覚が広がり、星雨の胸には重苦しい不安が募っていく。それでも、彼女は心の中で「今ここで退くわけにはいかない」と自分に言い聞かせ、決意を固めて歩を進めた。


 山道を進んで行くごとに、霧がますます濃く立ちこめ、視界はほとんど塞がれてしまいそうだ。足元はぬかるみ、滑りやすい岩がそこかしこに転がり、一歩でも踏み外せば滑り落ちてしまいかねない危険な状況が続く。星雨は疲労に覆われた表情を隠しきれず、体力の限界に近づいていたが、先頭を行くお婆さんの背中を見つめ、慎重に歩を進め続けた。


 二時間ほどが経過した頃──


 星雨の視界の端に、ほんのわずかな光がかすかにちらついた。それは微かに輝き、ぼんやりと霧の中に浮かんでいる。彼女は目を凝らし、光の正体を確かめようとした。もしかすると、あれが新たな避難所の手がかりかもしれない。希望が胸を膨らませる一方で、その光が異獣や新たな危険を伴うものではないかという疑念がふと頭をよぎる。


 「お婆さん、あの光……見えますか?」星雨は息を潜め、ささやくように尋ねた。


 お婆さんも光の方向に目を向け、静かにうなずいた。「ええ、見えるわ。でも、警戒を怠らないで、慎重に近づきましょう。何が待ち受けているか分からないからね。」


 星雨と難民たちは、お婆さんの言葉に従い、緊張を抱えた面持ちで、一歩一歩その光に向かって歩を進めた。暗い霧の中でその光はかすかな希望のように彼らを誘いながらも、どこかに潜む未知の危険が胸中で渦巻いている。




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