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失われた断片ーー旧作  作者: 半々月光
第1章─ビグトラス島
32/41

30─アーリマン




 ガサンが絶望に陥っていたその瞬間、脳裏にグモ教授のまろやかな声が突然浮かんできた。


 「ガサン、私の五人の弟子の中で、お前の体術が一番優れている。才能も私を超えている。体術の威力は瞬間的な爆発力と破壊力にある。しかし、覚えておけ。もしお前が一人で戦うなら、回復術士の助けがない限り、精神力が尽きた時、魔侵の状態に陥ることになるだろう。」


 ガサンは胸の中が微かに震えた。その言葉が耳元で響き、まるで警告のように感じられた。



 「魔侵状態は術士の内面と深く関わっている。もしこの力を制御できれば、逆にそれを利用して、伝説の『聖陵』の境地に到達することができるだろう。その時、お前の力は瞬く間に自己の限界を突破し、五倍にまで引き上げられる。」


 「五倍……」その数字がガサンの脳裏に大きな波紋を起こした。


 「先生、私はどうすれば聖陵せいりょうの境地に到達できるかを学びたいです!」当時のガサンの声には決意が満ちており、この力をどうしても手に入れたいという焦燥が感じられた。


 しかし、グモ教授はただ静かに微笑み、少しの無力感がその目に浮かんでいた。「それは私が教えられるものではない、ガサン。学術や理論は教えることができるが……ただ、学院の前代校長である原罡・ブラームスは、魔侵を成功裏に制御し、聖陵に到達したと言われている。彼は五倍の限界を超え、さらに高い境地に達したと言われている……しかし、150年前、彼は大勢の目の前で神秘的に消え、それ以降、誰も彼を見たことがない。」



 「これは守護者たちの間でのみ知られている秘密で、学院のほとんどの者は知らない。」


 ガサンは深く息を吸い、教授の落ち着いた声を思い出した。この瞬間、彼は運命の分岐点に立っていることを感じていた。選択肢はただ一つ——諦めるか、突破するか。


 「聖陵……自分を超え、五倍の力を得る……」


 彼は目を閉じ、心のすべてを周囲の環境に集中させた。風の轟音が耳に響き、彼は地面のわずかな震えを感じていた。不安な力が隠れているかのようだった。バリシャーハの一呼吸ごとに、深淵からのささやきのように圧迫感が増し、彼はほとんど息ができなかった。


 ガサンは心の中で理解していた。これが最後のチャンスだと。



 ガサンは、すべての精神力を使い果たし、魔侵に入り、強行突破して聖陵と呼ばれる境地に足を踏み入れなければならないと理解していた。そうしなければ、生き残る道はない。


 風霊の力はまだ彼の体内に残っていたが、ガサンはそれがすぐに尽きることを知っていた。今、この致命的な境界を乗り越えるためには、彼自身の意志と力で持ちこたえるしかない。


 「来い……」彼は低くつぶやき、内なる闘志が燃え上がるのを感じ、恐怖と疑念を一掃して、自らを燃やす準備を整えた。



 ガサンはゆっくりと息を吸い込み、体内の最後の力を動かし始めた。彼は精神力が急速に流れ去っているのを感じ、呼吸をするたびに、本来充実していた力が次第に薄れていくのを実感した。まるで風に巻き込まれる霧のように。魔侵の兆候が徐々に現れ、視界の端がぼやけ始め、周囲の景色が歪んで変形していく。


 周囲の黒い霧が徐々に集まり、彼の足元から広がり、包囲していく。その霧はまるで生命があるかのようにゆっくりと蠕動し、ねじれた顔のように見え隠れしている。それらは低い声を発し始め、次第に明瞭になり、まるで心の奥底から響いてくるかのようだった。


 「お前はこのすべてを勝ち抜けると思っているのか?」


 黒い霧の中から、冷たい嘲弄を伴った声が聞こえてきた。


 「お前はただの失敗者だ。運命を克服することができない臆病者だ。」


 別の声はさらに鋭く、軽蔑に満ちた口調だった。


 「お前が全ての希望を壊す。お前の無能のせいで彼らは死ぬだろう!」


 さらに多くの声が加わり、無形の合唱のように彼の耳元で響き続けた。



 ガサンの心臓は激しく鼓動し、額には冷や汗がにじんでいた。目の前に見えるものが現実なのか幻なのか、彼には判別できなかった。これこそが魔侵の始まりだった——


 黒い霧は最も深い恐怖と自己疑念を利用して術士の心を蝕む。すべての声が鋼の針のように彼の意識に突き刺さり、その意志を破壊しようとしていた。


 「お前はずっと弱者だ。今も過去も、誰一人救うことなどできない。」


 ガサンの決意が次第に固まるにつれ、黒い霧の中の囁き声は弱まっていき、もはや彼の意志を打ち砕くことはできないようだった。それらは悔しそうに最後の叫びを上げ、やがて空気の中に消えていった。



 黒い霧の蠕動はゆっくりとなり、ついには残された風の精霊の気配によって煙のように一掃された。


 しかし、黒い霧が消えた瞬間、目の前の光景が突然変わった——


 バリシャーハの姿がガサンの目の前に現れ、まるで闇から具現化したかのようだった。彼の巨大な体は山のようにそびえ立ち、暗紫色の皮膚は微かな赤い光を放っていた。それはまるで血液が皮膚の下を流れているかのようだった。



 その眼差しは深く冷たく、まるでガサンの小さな身体を見下ろしているかのようだった。バリシャーハの口元がわずかに歪み、次の瞬間、その巨大な爪のような腕を振り上げ、破壊的な勢いでガサンに振り下ろした。


 「たとえ黒い霧の誘惑を振り払ったとしても、真の私には抗えない。」


 バリシャーハの声は低く、冷酷な嘲笑を帯び、四方八方から響いてくるかのようだった。その一言一言がハンマーのようにガサンの意識を強く叩きつけた。


 ガサンは強烈な圧迫感が正面から押し寄せてくるのを感じた。まるで空間全体が彼に押し迫ってくるかのようだった。バリシャーハの攻撃は天地を裂くかのようで、振り下ろされた巨大な爪は抗えない力を持ってガサンの頭上に迫った。


 彼はほとんど反応する暇もなかったが、体内からゆっくりと湧き出る風の精霊の力が瞬時に彼の意思に応えた。彼は素早く身を翻し、その体は一筋のそよ風のように回避した。バリシャーハの巨大な爪は地面に激しく叩きつけられ、轟音の中で地面は裂け、塵が舞い上がり、砕けた石が四方に散った。

 

 「お前の力など……私にとってはただの玩具だ。」


 バリシャーハの巨大な体が再び動き、その巨大な影がガサンを覆った。彼の声は濃厚な軽蔑を帯び、ガサンの必死の抵抗を嘲笑っているかのようだった。


 ガサンは額の汗を拭い、心の中でそのまま決意を固めた。彼はバリシャーハの力が確かに強大無比であることを知っていたが、もう退くことはできなかった。この戦いは避けられないのだ。彼は最後の瞬間まで、自分のすべての力を燃やし尽くさなければならない。



 「来い、バリシャーハ!」


 ガサンは低く叫び、体内の風の精霊の力が再び湧き上がった。彼は両拳を再び固く握り、風の力が彼の周りで旋風のように小さな盾を形成し、迫り来る攻撃に備えた。


 彼は周囲の空気がますます重くなっていくのを感じた。バリシャーハの虚像が圧倒的な勢いで迫ってくる。その巨大な体は山のようで、ガサンの視界をすべて覆い尽くし、空気には破滅の気配が満ちていた。


 突然、バリシャーハはその巨大な爪を振り下ろし、抗えない力でガサンに襲いかかった。ガサンはほとんど本能的に反応し、体は瞬時に疾風となって一方へと素早く避けた。バリシャーハの爪は地面に激しく叩きつけられ、地面は大きな音を立て、周囲の石や塵が衝撃で四方に飛び散った。


 「こんな風に逃げ続けるわけにはいかない……」



 ガサンは心の中で自分に注意を促した。彼は風の精霊の力が急速に弱まっているのを感じていたが、バリシャーハの攻勢は無限に続くように思えた。


 「お前は取るに足らない存在だ。この戦いはお前にとって無意味だ。」


 バリシャーハの声が再び響き渡り、揺るぎない圧迫感に満ち、口調には終わりなき嘲りが込められていた。


 ガサンはこのような言葉に影響されてはならないと自分に言い聞かせた。彼は無理やり冷静さを保ち、体を素早く前に突き出した。両拳には回転する風の刃を纏い、虚像の胸に直撃した。青い光が彼の拳に輝き、拳を繰り出すたびに空気を切り裂き、強烈な風圧を伴った。


 拳はバリシャーハの胸に深く打ち込み、深い裂け目を残した。しかし驚くべきことに、その裂け目はすぐに癒え、まるで傷ついていなかったかのようだった。バリシャーハの虚像は再びその巨大な姿を取り戻し、何の実質的な影響も受けていなかった。


 「無駄なことだ。お前の攻撃はすべて私を傷つけることはできない。」


 バリシャーハは冷たく言い、目には冷笑が浮かんでいた。



 ガサンは眉をひそめ、これは単なる力比べではなく、もっと深い試練であることに気づいた。彼は他の敵のようにこの虚像を倒すことはできない。これは意志と内面の対決なのだ。


 「落ち着け……冷静を保て。」


 彼は心の中で自分に言い聞かせた。バリシャーハの言葉に打ち負かされるわけにはいかない。


 バリシャーハの爪が再び横薙ぎに襲いかかり、巨大な気流を伴って、黒いハリケーンのようにガサンに迫った。今回は、ガサンは完全に避けきれなかった。彼の動きは素早かったが、それでも気流にかすられ、体は思わず横に吹き飛ばされ、地面に激しく叩きつけられ、何度も転がった。



 ガサンは身体の激痛に耐え、なんとか立ち上がった。両目はバリシャーハをじっと見つめている。この一撃で、彼ははっと気づいた!たとえ虚像であっても、その精神への破壊力は現実と同じくらい鮮明だ——これこそが魔侵なのだ。


 彼は、この戦いがこれ以上長引けば、もう長くは持たないことを知っていた。風の精霊の力は枯渇しつつあり、彼の精神力も急速に消耗している。


 「奴の弱点を見つけなければ、倒すことはできない……」


 ガサンは心の中でつぶやきながら、バリシャーハの体をじっと見つめ、何か異常な点を見つけようとしていた。



 突然、彼はバリシャーハの左胸に暗赤色の光がちらついているのに気づいた。その光は紫黒い肌の下に隠れており、虚像全体の色合いとはまったく調和していなかった。


 「そこが……もしかしたら突破口かもしれない。」


 ガサンの目が輝き、これが彼の唯一のチャンスかもしれないと悟った。


 彼は深く息を吸い込み、身体の痛みを必死にこらえ、残された風の精霊の力を迅速に呼び起こし、それらを身体の隅々にまで集中させた。そして、一切を顧みずにバリシャーハの左胸へと突進し、目標はあのちらつく赤い光だった。



 「これが俺の最後の力だ——————!」


 ガサンは心の中でつぶやき、わずかな希望をしっかりと握りしめた。あの暗赤色の光点が、彼がバリシャーハを倒す唯一の突破口かもしれない。


 この瞬間、ガサンの心には一切の迷いがなく、すべての恐怖と疑念は捨て去られた。彼は理解していた。この一撃に全力を尽くさなければならず、もはや退路はない。彼は体内に残る風の精霊の力を集中させ、それを全身の各ポイントに導いた。すべての息遣いが風と一体化し、回転するエネルギーとなって彼の体内を流れた。


 その瞬間、彼がこの力を解き放とうとしたとき、世のものとは思えない雄々しい低い咆哮が彼の意識をかすめた——



 『アーリマン……』



 この声は彼に、今回の召喚が以前のように単純ではないことを悟らせた。この名前を彼が忘れるはずも、間違えるはずもない——アーリマンは古代より続く風の神の一人であり、術者がその魂と共鳴するレベルに達したときにのみ、彼は召喚に応える。彼が敬愛する古き風の神の一柱である。


 ガサンの心に興奮が湧き上がり、同時に風の精霊の力がより純粋で深遠なものになったことを感じた。まるで新たな理解の段階に達したかのようだった。


 「これは……召霊しょうれいだ。」



 ガサンは心に衝撃を受け、自分が新たな境地を越えたことを悟った。


 彼は深く息を吸い込み、両手を胸の前で組み、古代で神秘的な呪文を低く唱え始めた。


 「ベダ-アーリマン-ブトゥラダ……」


 これは古代から伝わる召霊しょうれいの呪文で、その一音節ごとに天地の風をかき鳴らすかのようだった。呪文が響くにつれ、空気中に見えない反響が現れたかのようだった。


 ガサンの声はさらに低くなり、その後、力強い口調で叫んだ。


 「風の覚魂よ、古き契約に従い、ここに降臨せよ!天の舞者よ、その力を示し、天地の息吹を呼び覚ませ!」


 呪文に伴い、周囲の風が突然激しくなり、まるで天地のすべての風が彼の呼びかけに応じているかのようだった。青い光が彼の周りで輝き、無数の気流が空中で渦巻き、徐々に巨大な姿を形作っていった。



 暫くすると、威厳と力強さを兼ね備えた霊獣がガサンの前に現れた。彼の姿は高大で、まるで天界の風の神のようであり、全身から淡い青色の光を放ち、まるで風と雲霧でできているかのようだった。目は稲妻のように輝き、四肢は優雅で力強く、尾は流れるように風に揺れている。雄大な背中には巨大な翼が広がり、風の羽のように微かな光を放ち、全身は嵐を象徴する旋回する模様で覆われていた。


 これはガサンの霊獣——アーリマンであり、風神級の存在で、無敵の力と速度を持っている。彼は頭を上げてガサンを見つめ、その瞳には知恵と力が宿っていた。その瞬間、彼らの心は完全に一つになった。


 「風神……これが私の霊獣だ!」



 ガサンは心の中で驚きと力強さに満ち、新たなエネルギーが次々と体内に湧き上がってくるのを感じた。今回は、もはや単なる風の精霊の力ではなく、風神の霊獣と完全に融合した力だった。


 「私と一体となり、風の極限を発揮しよう!」



 ガサンは低くつぶやき、自分がこれまでにない境地に達したことを感じた。彼は霊獣と意識を完全に融合させ、全身が軽やかで力に満ち、まるで嵐の核心に身を置き、無限のエネルギーを秘めているかのようだった。


 風神の力が暴風のようにガサンの細胞一つ一つを駆け巡った。彼の姿は瞬く間に空気中から消え、無形の風の刃となって空気を切り裂き、バリシャーハの暗赤色の胸にまっすぐ迫った。


 「風の舞い手よ、姿を消し、すべての障害を乗り越えろ!」



 ガサンは心の中で叫び、風の体術を極限まで発揮した。彼の拳は抗えない風神の力を帯び、まるで天空から降り注ぐ巨大な鎚のように、一気に振り下ろされ、その暗赤色の光点へと重く打ち込まれた。


 この一撃の速度と力は、バリシャーハの反応を超えていた。風の力は虚像の胸を貫き、光点を直撃した。



 大きな轟音とともに、暗赤色の光が瞬時に爆発した。バリシャーハの巨大な身体は激しく震え、致命的な打撃を受けたかのようだった。



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