26──クシャーハ
風の呪術が展開されると、白と淡い緑色を混ぜた風の渦がその黒い影の周りに急速に広がり始めた。
風の渦は鋭い刃のように、瞬く間に周囲の黒い霧を切り裂いていった。渦がどんどん大きくなるにつれ、黒い霧の中に隠れていた怪物が徐々にその姿を現してきた。
彼らはその姿に息を呑んだ。
それは蛇の胴体と人間の顔を持つ怪物であり、三つの顔が似ているが、それぞれ全く違う性格を持っている。目は漆黒の闇で、その奥には底知れぬ深淵が広がっているかのようだ。
三つの顔はそれぞれ、怒り、狡猾、陰気な表情をしている。鉄黒に緑が混ざったような肌が、赤紫の微かな光を放ち、その姿は一層不気味で恐ろしかった。
その大きさは鉱石の巨人や他の異形獣ほどではないが、街灯の高さくらいはあり、その存在感は圧倒的で、見る者に恐怖を植え付けた。
三つの頭が争い続けることで、動きが鈍くなっていた。
「なんてことだ……あれは一体何なんだ……?」と、ある男が震える声で言った。
「私たちは……もう終わりなのか?」と、絶望した若者が、震える手で持ったバッグを落としそうになりながら小さな声で囁いた。
「お願いだから……声を出さないで……」と、別の男性がほとんど泣きそうな声で懇願し、目には恐怖が漂っていた。
その時、弟子の脳裏にぼんやりとした記憶がよみがえった――
彼は学院の図書館で読んだ古文書の中で、この怪物、苦沙哈について記載されていたことを思い出した。
弟子は知っていた。この怪物がいかに危険で、もし三つの頭が争いをやめたら、さらに致命的になることを……。
クシャーハの三つの頭はますます激しく言い争っていた。突然、怒りの頭が狡猾の頭に向かって緑色の液体を吐き出した。
狡猾の頭の左側の顔が瞬時に溶け、しかしすぐに再生し、傷口は完全に癒えた。
その余った液体が地面に落ちると、「ジジジ……」という音を立てながら石を溶かし、泡のように崩れていった。
「西に行くんだ!」と、怒りの頭が叫んだ。
「いや、東だ!」と、狡猾の頭が即座に反論した。
その時、陰気な頭が突然振り向き、邪悪な笑みを浮かべて言った。「いや、先に食事をしよう。ここにはたくさんの美味しそうなネズミがいるんだ……ふふふ……」
弟子は冷静さを保とうと必死に歯を食いしばり、この状況を利用して時間を稼ぐしかないと決断した。
「ここで逃げるわけにはいかない……」彼は心の中でそう呟きながら、周囲を見渡した。
「私が奴らを引き止める。君たちは先に進んで……!」
「下がれ!」
弟子は大声で叫んだが、その言葉が終わる前に、クシャハの狡猾な頭が突然、瓦礫や崩れた建物の残骸の下から現れ、大きく開いた口で彼らに飛びかかってきた。
「まずい!」
弟子は素早く反応し、即座に呪術を加速させた。強力な風の壁が瞬時に彼らの前に形成され、まるで堅固な盾のように、怪物の攻撃を防ごうとした。
しかし、この強大な生物は簡単に倒せる相手ではなかった。狡猾な頭は全く恐れることなく、大きく口を開け、腐食性の毒霧を吹きかけてきた。毒霧はまっすぐ風の壁に向かい、耳をつんざくような「ジリジリ」という音を立てながら、壁を徐々に侵食していった。
「正面からじゃ、勝ち目がない!」弟子は焦りながら叫び、額には冷たい汗がにじんでいた。「みんな、俺についてきて、怪物を迂回するんだ!」
彼らは弟子の指示に従い、急いで方向を変え、別の狭い路地に逃げ込んだ。星雨は緊張したまま、自分の襟を握りしめ、弟子の背中にしっかりとついていった。彼女の心は恐怖と不安でいっぱいだった。
ふと、後ろを振り返ると、巨大な怪物がまだ争いながら、彼らを追いかけてきていた。その一つ一つの動きが、彼女をひどく不安にさせた。
「奴らがまだ争っているうちが、唯一のチャンスだ!」弟子は皆を励ましながら言った。「奴らが争い間に逃げ切れれば、まだ希望はある!」
彼らが急いで退避している最中、陰気な頭が突然低く呪文を唱え始めた。空気中には強烈な悪臭が漂い、それは人々を気絶させるほどの死の気配だった。
星雨は背後に寒気を感じ、心臓が胸から飛び出しそうだった。彼女は、時間がもうないことを悟った。
「もっと急げ!」弟子は緊張した声で皆を急かした。「早くここを離れないと、奴らがもっと強力な攻撃を準備している!」
彼らは弟子の導きで必死に瓦礫と廃墟を駆け抜けた。蛇の体に三つの頭を持つ怪物の耳をつんざく咆哮が、彼らの周りに響き渡り、不気味な予感をもたらしていた。
その時、弟子は突然足を止め、皆に向き直った。彼の目には、決然とした意志が宿っていた。「お前たちは先に行け!俺が奴を引きつける!」
星雨は不安げに言った。「いや……」
彼女が言い終える前に、弟子は素早く言い放った。
「勇気を出せ。俺が奴を引きつけている間に、あの低い建物の横を通り抜けるんだ。そして建物の裏手を通って、慎重に進め。一キロ先で緑の光を目印に、避難所へ行け。」
そう言い終えると、弟子は振り返ることなく、クシャハの咆哮が響く場所へと走り出した。
彼の背中を見送って、星雨は思わず叫んだ。「私は星雨!あなたは?」
弟子は立ち止まり、少し下を向いて、帽子をゆっくりと取った。その金色の髪が月光に輝いていた。彼は振り返り、微笑みながら答えた。
「ガサン・バーグだ。」
そう言うと、弟子は再び前を向き、毅然として怪物の方へ突き進んでいった。




