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ひとつ屋根の下

 食卓をはさんで、俺はあかりちゃんと向かい合っている。

 彼女は白のニットセーター、デニムのホットパンツ、白いルーズソックスという装いで、脚を組んでいる。

 ふたつのメロンみたいな胸がセーターを押しあげ、透けるように白いむちっとした太ももがさらけ出されている。

 顔立ちは派手だが、幼さも残っていて、にかっと笑っている。

 可愛くてエロい。


 こんな子がひとり暮らしの俺の世話をする?

 やはり根本的な問題について話し合った方がいいんじゃないだろうか、と俺は思う。


「ねえ、俺は自分の世話くらい自分でできるよ?」とまずは言ってみた。

 とたんにあかりちゃんの表情は曇り、じとっと睨まれた。

「あたしはタイへ出発する前のおばさんから直々に頼まれたの。冬樹をよろしく頼むわねって。息子をひとりで置いていくのは本当に心配なんだけど、私はどうしても異国で働く夫を支えたいの。きっと冬樹は寂しがる。あの子の世話をしてもらえないかなあ。こんなこと、あかりちゃんにしか頼めないんだけど。一言一句まで憶えてる。あたし、やるって決めたの」


 母さんは父さんしか見ていないようなところがある。

 なにがなんでもタイへついて行きたかったのだ。

 父さんが好きすぎて、単身赴任で行かせるなんて考えられない。

 母さんは誰かに俺の世話を押しつけたかった。都合よく隣に親友の娘が住んでいた。息子と仲がいい幼馴染のあかりちゃん。実際はもう縁遠くなっているのだが、小学生のときに何度も俺の部屋へ来たイメージが根強く残っているのだろう。

 それで、あかりちゃんに俺の世話を頼んで、タイへ行った。

 たぶんそんなところだ。

 でも母さんはまちがっている。

 俺はもう高校生だ。男子高生なのだ。


「あかりちゃんの気持ちはとても嬉しい。久しぶりに一緒にごはんを食べて、話ができて、小学生のころに戻ったみたいで楽しかった。でも、やっぱりきみに甘えるわけにはいかないと思う。もちろんあかりちゃんだけではなくて、空にも」

「どうして?」

 彼女はあどけなく首をかしげた。そういうところがヤバいんだよ、と思う。可愛すぎて危険。

「俺はひとり暮らしなんだよ」

「わかってるよ。だから世話をするんじゃない」

 あかりちゃんはずいっと顔を近づけてきた。

 ああもう、はっきり言わないとだめなのかな。


「ひとつ屋根の下に男女ふたり。これはだめでしょう?」と俺は言った。

 あかりちゃんはぽかんと口を開け、それから「あはっ、あはははは」と笑い出した。

「そっかあ、それを気にしてたのかあ。いやまあ、そのとおりだよね。うん、わかるわかる」

 俺はほっとした。

 正論を言い、それは彼女に通じた。

 高校生の男女がふたりきりでひとつ屋根の下にいてはいけない。そんなことをしたら、まちがいが起こる。あたりまえのことだ。


「わかってもらえてうれしいよ。じゃあ俺のことは放っておいてもらってだいじょうぶだから。自分の世話は自分でするよ」

「えっ、ちょっと待って。どうしてそうなるの?」

 あかりちゃんは不服そうな顔をする。

 あれ? 理解してもらえなかったのだろうか。

「だから、あかりちゃんといつまでもひとつ屋根の下にいるわけにはいかないから」

「いいのよ。そのことについてはふゆっちのお母さんに許可をもらっているんだから。それにふゆっち……」

 あかりちゃんはにやりと笑って、挑むように言った。

「あたしを襲えるの?」 


「えっ……?」

 思ってもいなかった台詞で、思わず絶句してしまった。

「そ、それは、できるとかできないとかいう問題じゃなくて、できるけど、しちゃいけないというか……」

 俺はしどろもどろになった。

「できるんなら、してもいいよ?」

 彼女はまだ笑っている。その微笑みには、いたずらっぽい雰囲気が漂っている。

 からかっている、と俺は思った。あかりちゃんは俺をからかっているんだ。

「ふゆっちはあたしを襲えるのかなあ? どんなふうに襲うのかなあ? ちょっと見てみたいかも。あたしは襲われたってかまわないよ?」

 あかりちゃんの顔が近い。上目遣いに俺を見て、薄桃色の唇は艶めいて、なんだか妖艶ですらある。

「だめだよ。怒られる」

 誰に怒られるのかわからないけれど、とにかく俺はそう言った。頭の中が混乱していた。


「たぶんうちの母親も、ふゆっちのお母さんも、そんなに怒らないんじゃないかなあ」とあかりちゃんは言った。

「うちのお母さん、ふゆっちのこと気に入ってるんだよ。礼儀正しくて、いい子だねって言ってる。ふゆっちは勉強もできるし」

 確かに俺は成績がいい。空と同じくらいで、高校に入ってからずっと10位以内をキープしている。

「俺は勉強くらいしか取り柄がないから」

「そんなことない。ふゆっちは素敵な男の子だよ。お母さんもそう思ってる。つきあっちゃえばいいのにって思ってるかもしれない」

「つきあっ……!」

 俺は驚いてあかりちゃんを見つめ、そして、恥ずかしくなって目をそらした。

 彼女は「ぷっ」と吹き出した。


「本当に変わらないなあ、ふゆっちは。きみはちっちゃなときから紳士だったよ。とにかく、あたしはおばさんとした約束を守る。答えたのよ、ふゆっちの面倒はあたしが見ますって。浅香もそういうことになってたのは想定外だったけど、1日交代で世話をさせてもらうから」

 あかりちゃんは男子高生の性欲を甘く見ている。

 やっぱりだめだよ。きっといつか襲っちゃうから、なんてことを言おうとしたけれど、うまく声に出せなかった。


「掃除機どこ?」と訊かれたので、リビングの収納から掃除機を出した。

 リビングの床に掃除機をかける彼女の生足が眩しい。

 見てはいけないと思って、俺はソファに座って本を読んだ。

 まだ頭が混乱していて、うまく文章の意味をつかめず、読書に集中できなかった。

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