最終回 告白
協定の第4条?
なんのことだろう?
「こんな蛇の生殺しみたいなのはもう嫌。やっぱり選んでほしい」と空は言った。
選んでほしいって?
俺が空にキスしそうでしなかったことを怒っているのだろうか。
空とあかりちゃんのふたりとも平等に接しようとしていることに我慢できなくなったのだろうか。
「自分がこんなにこらえしょうがないとは思わなかったわ。天乃さんの提案をこんなにも早く、わたしが使いたくなるなんてね」
空は苦い表情で、俺には理解不能なひとり言をつぶやいた。
「しかもギャンブルじゃない。勝算がまるでない」
「なにを言っているの?」
「ごめんね。意味わかんないよね。わたしは天乃さんと協定を結んでいて、自由にできないことがあるの」
「女の子同士の取り決め?」
「そう。淑女協定を締結しているの。その取り決めに従って、いまから天乃さんをここに呼ぼうと思うのだけれど、かまわないかしら?」
なんだかわからないけれど、空とあかりちゃんの決め事なら、尊重しなければならない。
「いいよ」
空はスマホで電話をかけた。
「もしもし」
相手はあかりちゃんだろうか。
「そう。きのう決めた協定のことなの」
あかりちゃんでまちがいなさそうだ。
「4つめのやつ。早々とで申し訳ないんだけど、我慢できなくなっちゃったの」
なにを我慢できなくなったのだろう。
「うん。抑えきれないほどの衝動にかられたから、自分でも驚いた。ごめんなさい」
衝動? 俺はさっき空を抱きたいという衝動を抑えた。空もなにかの衝動にかられていたのだろうか。
疑問ばかりが増えていく。
空とあかりちゃんの間でなにが話し合われているのか。
「はい。待っているわ」
空は通話を終えた。
「天乃さんが来るわ。女の子の支度は時間がかかるから、しばらく待たないといけないけれど」
「なにをしに来るの?」
「来ればわかるわ。お願いだから、いまは質問しないで」
空は宙を睨んだ。
立ったり座ったり、俺を見たりうつむいたりして、落ち着かないようすだ。そわそわしている。
空にはしては珍しい仕草だ。
ちょうど正午になった。
昼ごはんはどうするのだろう。
あかりちゃんが到着するのを待って、一緒に食べたらよいのだろうか。
「お昼はどうするの?」
「ああ、12時ね。わたしは食欲がないから、もしお腹がすいていたら、ひとりでなにか食べてもらえないかしら」
空はいつも俺の食事を気にしてくれていた。
ひとりで食べてとは、なにかよほど重大なことが起ころうとしているのだろう。
俺も食欲がなくなってきた。
ここへ来ようとしているあかりちゃんも、たぶん昼食を取ってはいないだろう。
昼ごはんは後にしよう。
本を読む気分でもなくなった。
空とおしゃべりを楽しめるような雰囲気でもない。
彼女はうつむきがちになって、早まったかな、などとつぶやいたりしている。
俺は黙ってひとりで階下へ行き、コーヒーをふたり分淹れた。
それを持って部屋に戻り、空にカップを渡した。
「ありがとう」
空はゆっくりとコーヒーを飲んだ。
彼女はいつも角砂糖を1個入れるのだが、俺はそれを忘れていた。
空はストレートのコーヒーを黙って飲んだ。
俺は飲み終わったカップふたつを1階に運んだ。
そのときドアホンが鳴った。
玄関を開けると、緊張した佇まいのあかりちゃんが立っていた。
「こんにちは」と俺は言った。
「うん。こんにちは」と彼女は答えた。
いつもの元気溌剌としたあかりちゃんではなかった。
なにが起こっているんだ?
あかりちゃんを招き入れ、2階の俺の部屋に連れていった。
すると彼女は急に饒舌になって、空に向かって話し出した。
「ちょっと浅香、いくらなんでも急すぎるわよ。きのう決めたことを今日するって、どんだけ性急なのよ。決めてなかったら、抜け駆けしてたってこと? あなたヤバすぎるわよ」
空も口数が多くなった。
「わたしだって驚いているのよ。自分がこんなに衝動的な人間だとは思わなかった。でも、しょうがないじゃない。制御できるようなら、あなたを呼んではいないわ」
「いまからだって遅くはないわよ。やめておく気はないの?」
「それはない……」
「勝算があるわけでもなさそうね」
「ないわよ……」
「正直言って、あたしはいまは気が進まないんだけど」
「じゃあわたしひとりだけ伝えてもいい?」
「それはだめ」
空とあかりちゃんの話がまったくわからない。なにを話しているんだ?
「しかたないわね。困ったなー、どう言おう?」
「念のために伝えておくけれど、これは計画していたわけじゃなくて、本当に衝動的なものなの。協定の4つめに該当する事態なのよ」
「それは信じてあげるわ」
ふたりだけでなにかを了解しているようだ。わけがわからない。
「同時に伝えるという協定だけれど、本当に一緒にしゃべると冬樹が混乱するでしょうね。順番に言いましょう。どちらが先にする?」
「ふゆっちの混乱は避けがたいと思うけど、一緒に話して聞き取れないというのは最悪ね。じゃああたしが先でもいいかな?」
「どうぞ」
あかりちゃんは俺の目をまっすぐに見た。それからもじもじした。
「えーっと、あの……」
なにか話そうとしているが、言いにくそうだ。
「困ったなあ。急すぎるよ。あのね、ふゆっち……」
「う、うん」
彼女は意を決したような表情になって、一気に言った。
「ずっと前からきみのことが好きでした。つきあってください!」
え、えーっ?
告白だった。
あかりちゃんは顔を真っ赤にして、それでもうつむかず、俺を見つめつづけていた。
「今度はわたしの番ね」と空が言った。
今度はって? えっ、えーっ、まさか。
「す、好きなの。冬樹がことが好き。わたしとつきあって」
なにが起こっているんだ。
俺の脳の処理速度が追いつかないことが起きた。
え? 俺、空とあかりちゃんから告白された?
同時に?
えっ、えっ、ふたりとも俺につきあってって言ったの?
空とあかりちゃんが真剣な目で俺を見つめている。
俺、いまここで答えを出さなきゃいけないの?
嬉しいけれど、困ったことが起きている。
俺は空かあかりちゃんかどちらかとつきあえる。
いや、待て。
その前に言わなくちゃならないことがある。
「えっと、あかりちゃん」
「はい!」
「俺もあかりちゃんが好きです」
「やった!」
あかりちゃんが歓び、空が俺の言葉を聞いて沈んでいる。
「あの、空?」
「うん……」
「俺は空も好きだよ」
「やっぱりふたりとも好きなのか!」と空は叫んだ。
「予想どおりだったか……」
「ええーっ、ふゆっち、どちらかに決めてよ。どっちの方がより多く好きなの?」
「同じくらいだよ。決められない」
俺は本当に困惑していた。
どうすればいいのかわからない。
決断できない。
しかし、決めなくてはならないのだろう。
このままでは3人とも不幸になる。
俺が決断すれば、ふたりはしあわせになれるのだ。
「時間がほしい」と俺は言った。
いますぐ決めるのは無理だ。
「どのくらい?」と空がたずねてきた。
俺はしばらく考えた。
「半年……」
「半年か」
空もあかりちゃんも微妙な表情だった。
「いいよ、半年。10月には決めてくれるってことだよね?」とあかりちゃんが言った。
「うん」
「それまではふゆっちをあたしと浅香の交代で世話をする。それでいいよね?」
「えっ、いいの? こんな優柔不断な男の世話をつづけるのは嫌じゃない?」
「あたしは嫌じゃない」
「わたしもそれでかまわない」
空とあかりちゃんの視線が交差した。
「選ばれた方が、その後もこの家に通いつづけるってことでいいよね?」と空は言った。
綺麗な幼馴染ふたりが俺の前で対峙している。
俺は今後のことがまるで予想できなくて、立ち尽くしていた。
両隣の幼馴染が交代で家に来る 完




