衝動
空の顔がすぐ近くにあった。
キスされるのかと思うほど。
でも、空は俺を見つめたまま、それ以上は接近してこなかった。
遠ざかりもしなかった。
俺がその気になったら、空の唇を奪えそうな距離で、彼女の顔は動きを止めていた。
「空……」と俺がつぶやくと、
はあ、という空の吐息が漏れて、俺の顔に当たった。
俺の心音は激しく鳴った。
男が衝動のままに動いてしまうことって、きっとあるよな。
俺はそんなことを考えた。
ここはベッドの上だ。
キスどころか、空を押し倒してしまえば、それ以上のこともできる。
やれそうだった。
拒否されなさそうだ。
誘われているようでもある。
空を押し倒して、抱いてしまおう。
俺と空の間にはわずかしか距離がなかったが、俺はさらに距離を詰めた。
空は動かなかった。
逃げなかった。
やれる。
ここは俺の部屋で、俺のベッドの上で、ひとつ屋根の下で、ふたりきりで、彼女の目は熱を持っている。
俺には経験はないけれど、これは抱いてもいい状況だろう?
空の体は細いけれど、やわらかそうだ。
胸はしっかりと出ている。
それに触りたいと思ったのは、1度や2度ではない。
腰はくびれているけれど、お尻は小さくはない。
女性として成熟しかけている魅力的なスタイルだ。
抱こう。
抱かない理由なんてないだろう?
空の息が俺にかかる。
彼女は俺に熱っぽい視線を向けたまま静止している。
俺の鼓動と同じように、彼女の鼓動も高まっているようだ。
その心音が聴き取れそうなほど俺たちは接近している。
空は待っているようだ。
俺が彼女を抱くのを待っている。
やっぱり彼女は俺を誘っている。
抱かない理由はひとつだけある。
空を抱いてしまうと、あかりちゃんを抱けなくなる。
身も蓋もない理由だ。
でも、それだけが俺の衝動をかろうじて止めている真実の理由だ。
俺は空とあかりちゃんのふたりともが好きで、どちらも抱きたいと思っているのだ。
それが俺の本心だ。
でも、さすがにそれはできない。
もし抱くなら、どちらかひとりにしなければならない。
空とあかりちゃんが交代で俺の家に来るようになってから、俺は意識して抑制的になろうとしていた。
俺のベッドにダイブする空とあかりちゃん。
俺もそこにダイブして、のしかかりたかった。
してはならない。
それをした相手に対してはいくらでも親しくなっていいが、しなかった方とのつきあいはやめなければならない。
家に来ないでと言わなければならない。
それは嫌だった。
ふたりと仲がよくしているのが、最高に気持ちよかった。
長い間、俺と幼馴染たちとの距離は遠くなっていた。
両親がタイへ行き、ふたりが俺の家を訪れたとき、俺の心臓は高鳴った。
距離を縮めた春休みの間、俺はしあわせだった。
こんなにしあわせだったことはない。
いや、一度だけあった。
小学3年生のとき、空とあかりちゃんを救い、俺も助かったとき、この上ないしあわせを感じなかったか?
空とあかりちゃんのしあわせが俺のしあわせだ。
どちらか一方が泣くなんて嫌だ。
俺は空から少し離れた。
衝動でキスしてしまわない程度に距離を置いた。
「困ったわね……」と空がつぶやいた。
「協定の第4条を実行したくなっちゃったじゃない」




