空3 淑女協定
昨夜、わたしは天乃さんが夜の10時に冬樹の家を出るところを目撃した。
彼女の行動が気になって、わたしの部屋の窓から監視していたから、玄関から出た時刻を特定できた。
遅すぎる。
わたしはチャットでクレームを伝えた。
〈いくらなんでも帰りが遅すぎるわよ〉
返信はすぐに来た。
〈何時に帰ろうとあたしの自由よ。そんな取り決めはないでしょ〉
〈じゃあ取り決めをしましょう。このままではチキンレースになってしまうわ〉
〈あたしはチキンレースになってもかまわないわよ。あたしはチキンじゃないから〉
〈わたしたちはお互いに、彼の家の中でなにをしているか知らない。協定がなければ、やったもの勝ちの勝負になってしまうわ。ここで話し合いに乗ってくれなければ、わたしは明日、彼にキスするわよ。明日はわたしの順番〉
しばらく間があった。
〈協定について話し合いましょうか〉
〈淑女協定よ。まず、告白の抜け駆けはなし〉
〈告白するのはだめなのね。告白させるのはありでしょ?〉
〈彼の告白を止めることはできない。ありもなしもない〉
〈告白させた方の勝ちということね〉
当然のことだ。
わたしは負ける気はない。
明日からは攻めていく。
〈夜は8時までに彼の家を出るということでどうかしら?〉
〈うちはそのへんけっこう寛容なのよ。お母さんがふゆっちのことを気に入っているから。夜は10時までで〉
〈9時で。拒否するなら、話し合いは決裂よ。明日わたしは実力行使に出る〉
またしばらく間があった。
〈いいわ、9時で。ところでこの協定って、ペナルティはあるの? 破ったらどうなるの?〉
〈戦争よ〉
〈どうせすでに戦争は始まっているじゃない〉
〈仁義なしの戦争になる。わたしたちは女子高生よ。行動制限をなくしたら、お互いにとって不利益になるわ〉
社会のルールから逸脱してしまいかねない。
不健全性的行為とか。
〈まあそうかもね。いちおう協定は遵守すると言っておくわ〉
〈体の接触についても取り決めをしておきましょう〉
〈セックスはなしとか?〉
いきなりそんなことを言うか。
あたりまえよ。
〈自分からキスするのはなし〉
〈えーっ、そんなのつまんない〉
〈話し合いを決裂させたい? 明日わたしからキスすることになるけれど〉
〈やれるものならやってみなさい〉
〈いいのね。本当にするわよ〉
返信はすぐには来なかった。
天乃さんは考えているようだ。
ブラフじゃないわよ。
相手が淑女協定を結ばないなら、仁義なき戦いをするまで。
〈オーケー。自分からはキスしない〉
どうやら同意に漕ぎつけたようだ。
自分からは告白しない。
夜は9時までに退出する。
こちらからはキスしない。
協定を破ったら戦争。
〈協定は成立したわね。他に決めておきたいことはある?〉
〈もうひとつあるわ〉
〈なにかしら?〉
〈もし、どうしても告白したくなったら〉
文章の途中で大きな間があった。時計の針が進んだ。
〈ふたり同時に告白する〉
天乃さんはなにを言っているのだろう。
同時に告白って、どういうシチュエーションなの?
〈ふゆっちの家で告白の衝動にかられたら、相手を呼ぶこと。あたしとあなた、同時に愛を告白しましょ〉
は?
こいつは衝動で生きてる獣なのだろうか?
勝算なしにいきなり告白したりするのだろうか?
〈そしてふゆっちに選んでもらいましょ。あたしか浅香か〉
それとも勝算があったら、そういう場面をつくって、勝負に出るつもりなのだろうか?
現状、冬樹のようすを見るに、わたしと天乃さんに優劣はない。おそらくふたりとも同じくらい好かれている。
どうする?
わたしは考えた。
いつまでも恋愛戦争をつづけていてもしかたがない。
いつかは決着をつけなければならない。
ならば、有利な状況をつくり、その告白勝負で勝てばいい。
〈いいわよ。告白したくなったら同時にする〉とわたしは返信した。




