空の接近
スマホの着信音で目が覚めた。
「もしもし」
「おはよう、冬樹。ドアホンを鳴らしても出てきてくれないから、電話をかけた」
空からの電話だった。
「ごめん、寝てた」
時計を見ると、7時10分。
俺は寝間着のまま玄関へ行って、扉を開けた。
「おはよう。昨夜、本が面白くて夜更かししちゃったんだ」
「本ねえ……」
空がじとっと俺を見る。
「天乃さんの帰りもだいぶ遅かったみたいだけれど」
そんなことにも気づいているのか。
「確かにちょっと遅かったな」
「ちょっと?」
彼女に睨まれた。
「いや、かなり遅かった……」
「わたしも夜ゆっくりさせてもらおうかなあ」
だめだよ、と言いたかったけれど、言えなかった。
俺は悪しき前例をつくってしまったようだ。
読書で夜更かしをしたというのは本当だ。
本屋大賞を受賞した小説が面白くて、午前2時までかかって全部読んでしまったのだ。
「そんなに面白いの?」
「ああ。行動力抜群の女子高生が主人公で、読み終えたら生きる気力が湧いてくるような小説だよ」
「わたしも読ませてもらおうかなあ」
「ぜひ読むといい」
自分が面白かった本を勧めてしまうのは、本好きの習性だと思う。
空が読んでくれれば、感想を語り合える。
彼女は朝食をつくってくれた。
食パンとツナマヨ、きゅうりの輪切り、オレンジ、コーヒー。
「ツナサンドにして召しあがれ」
「いいね。いただきます」
空は料理が得意ではなく、包丁で怪我をしたり、食材を焦がしたりしたが、あかりちゃんのように極端に甘い物好きだったりはしない。味覚はまともだ。
彼女がつくる料理は美味しく食べられる。
パンにツナマヨときゅうりの輪切りをのせ、オープンサンドにして食べた。ふつうに旨い。
「落ち着くね、こういう朝食」
「天乃さんの朝ごはんはどんなの?」
「ドーナツ、ぜんざい、パンケーキ」
空は眉をしかめた。
「そんなの冬樹の健康によくない」
「まあ、食べ過ぎないようにしてるからだいじょうぶだよ。あかりちゃんはたくさん食べてるけど」
「それで太らないってすごいわね」
「あの子は走っているから」
あかりちゃんは努力して、栄養と運動のバランスを取っているのだ。
食べ終わったら、眠くなった。
「寝不足だよ。眠い……」
「寝直したら?」
「そうさせてもらおうかな」
「本を貸して?」
俺は空に本屋大賞受賞作を渡して、自分の部屋へ行き、ベッドに横たわった。
目が覚めたとき、空は俺のベッドに座って本を読んでいた。
ぼうっと彼女の横顔を見た。まつげが長いなあ……。
って、なんてとこにいるんだよ。
「俺のベッドを椅子にするのやめて?」
「あなたのそばにいたかったから」
恥ずかしげもなくそんなことを言う。
昨日から俺の幼馴染たちの言動はおかしくないか?
クラス委員のことを思い出した。
「クラス委員に立候補したね。本当にやりたかったの?」
「ええ。冬樹とふたりならやりたかった。じゃんけんに負けて、残念だった。天乃さんにだけは譲りたくなかったのだけれど」
俺とふたりなら?
俺以外とだったらやりたくなかったってこと?
空の言葉が俺への好意で満ちている。
時刻は午前10時。
俺と言葉を交わした後、空は熱心に本を読みつづけた。かなり面白い本だから無理はない。
俺はきのう買ってきたアニメ化が決まっているラノベを読むことにした。
主人公が鈍感すぎる小説だった。
3人のヒロインから熱烈なアプローチを受けているのに、彼女たちの気持ちに気づかない。
もしかしたら、俺もこの主人公と同じなのか?
空とあかりちゃんは俺に熱烈にアプローチしているのか?
1日交代で朝早くから世話をしてくれている。
苦手な料理をがんばってつくってくれる。美味しいものを食べさせようとしてくれる。
神社山の洞穴跡へ行き、聖地だ特別な場所だと言う。
あげくの果てに俺をヒーローとか命の恩人だとか言う。
あかりちゃんは水着の撮影までさせてくれた。
空は女の子の水着姿が見たかったら、わたしが着てあげると言った。
ふたりとも俺が彼女たちに似ている女性のエロい本を持っていることを許容した。
それでも俺は、空とあかりちゃんが俺なんかに恋愛感情を抱くことはあり得ないだろうと思っている。
ようやく、もしかしたらそういうこともあるのだろうかと考え始めたところだ。
俺はこのラノベの主人公よりも鈍感なやつなのだろうか?
俺は空と隣り合って、ベッドに座って本を読んでいる。
「あー、めちゃくちゃ面白かった」と言って、空が本を閉じる。
「本当にすごくよい本だった」
彼女が俺に近寄る。
その顔は息がかかるほど近くにある。




