帰らない灯
電車を降りて、食材を買うために駅前にあるスーパーに寄った。
「今夜はなにが食べたい?」とあかりちゃんから訊かれた。
「ソースかケチャップを使った料理だよね?」
「なんでもいいよ! ふゆっちの食べたいものをつくるよ!」
殊勝なことを言う。
「魚が食べたいな」と俺は答えた。
ふたりで鮮魚コーナーへ行く。
タイやマグロ、カツオ、サバなど美味しそうな魚が並んでいたけれど、一番食べたいと思ったのは寿司だった。
「なにがいい?」
「寿司かな」
「じゃあお寿司にしよう」
パック寿司をふたつ選んで、スーパーのかごに入れる。
ほうれんそうと豆腐も買った。
夕食は寿司とほうれんそうのお浸し、豆腐のみそ汁。
お浸しとみそ汁はあかりちゃんがつくってくれた。
俺は寿司にしょうゆをつけて食べたけれど、あかりちゃんが小皿に入れたのはソースだった。
やはりふつうには食べないのか。
「ソースで食べると美味しいよー」
あかりちゃんはにこにこ顔だ。
俺はしょうゆで食べ、彼女はソースで楽しむ。俺に実害はない。自由に好みの味で食べればいい。
ふたりで洗い物をした。メインの料理はパック寿司だったので、簡単に終わる。
いつもなら晩ごはんが終わったら帰宅するのだが、今日のあかりちゃんはソファに座ってスマホを見ている。
「帰らないの?」
「まだ帰りたくないなー。もう少しいてもいいでしょ? ふゆっちは今日買った本でも読んでなよ」
別にかまわないけれど、いつまでいる気だろう? 親は心配しないのかな?
ソファは3人掛けだ。
俺はあかりちゃんの隣に座って、本屋大賞受賞作を読んだ。
書店員さんたちの投票で選ばれた小説だけあって、相当に面白い。俺はすぐに物語に引き込まれた。
気がついたら2時間が過ぎていた。
あかりちゃんはまだスマホを触っている。
帰らないのかなと思って彼女を見ると、
「こういうのんびりした時間もいいねー」などと言う。
そろそろ彼女を帰さないといけない。
「もう遅いね。お風呂に入ろうかな」と言った。
そう言えば、さすがに帰るだろうと思ったのだ。
予想ははずれた。
「沸かしてあげるよ」
「いや、スイッチを押すだけだから」
「バスタブは洗った?」
「いつも夜にシャワーで洗い流してるよ」
「そっか」
あかりちゃんは名残惜しそうな表情をしていたが、ぱっと笑った。
「じゃあ帰るね」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい。あさってまた来るね」
あかりちゃんは帰った。夜10時になっていた。
家が隣とはいえ、こんな時間までひとり暮らしの男の家にいてよかったのだろうか。
いや、高校2年生の女の子の行動として、よいはずがない。
あかりちゃんと一緒にいると、少しずつ常識が破壊されるような気がする。
今日は彼女からの好意をひしひしと感じた。
あかりちゃんは俺に執着している?
俺のことが好き?
もしそうだとしたら、歓迎すべきことだ。
俺だって彼女が好きだ。
彼女を抱きしめて、キスしたいと思う。
問題はあかりちゃんを選ぶということは、空を選ばないということだ。
それだけがネックで、難問だった。




