空2 恋敵
胃袋をつかんで、冬樹の心を射止める作戦に出たが、あえなく失敗した。
わたしは料理が下手だったのだ。
やればできると楽観していたが、包丁で怪我をして、肉じゃがもつくれなかった。
意外にも冬樹は料理上手だった。
ピーラーという皮むき器の使い方を教えてもらった。
彼から料理を教わるのは楽しかったから、結果オーライだ。
冬樹がつくった肉じゃがは美味しかった。
4月3日には懲りずにコロッケづくりに挑戦した。
今度はマッシャーという料理道具を教えてもらった。
冬樹と一緒に料理をつくるのは楽しい。
わたしが挽き肉とタマネギを焦がしてしまったので、じゃがいもだけのコロッケになってしまったが、それでも美味しかった。
わたしには冬樹の家でしたいことがあった。
小学生のころのように、彼の部屋でごろごろしたい。
部屋が散らかっているからとことわられたが、それならかたづければいいのだ。
確かに書籍や雑誌で足の踏み場もないような有り様だった。
冬樹と話し合って、漫画雑誌だけでもかたづけ、古紙回収に出すことになった。
かたづけながら、わたしは懐かしの漫画を読んだりした。
しだいに整理よりも読書に力点が傾いてしまった。
漫画が面白かったし、なによりも捨ててしまったら2度と読めないものばかりなのだ。
読みたい漫画を読んでから捨てようということになった。
冬樹の部屋には、小学生のときにはなかったものがあった。
ベッドだ。
わたしはベッドに寝転んで、漫画を読み始めた。
冬樹がベッドにいるわたしを意識してくれないかと思ったけれど、彼は雑誌を読むのに集中していた。
少し寝不足だった。前夜、明日は冬樹の世話をするんだと考えて頭が妙に冴え渡り、あまり眠れなかったのだ。
いつの間にか彼のベッドで寝入ってしまった。
ふと人の気配を感じて、眠りから覚めた。
微かに目を開ける。
冬樹がすぐそばにいて、わたしを見下ろしていた。
息がわたしの顔にかかるほど近くに彼がいる。
なにか起こらないかと期待した。
わたしはぎゅっと目を瞑って、冬樹のアクションを待ちつづけた。
なにかあったら、彼の背中に手を回そうと思った。
でも、その瞬間は訪れなかった。
しばらくして、冬樹はわたしから離れ、部屋を出ていった。
わたしはがっかりした。
意気地なし!
だけど、冬樹がわたしに興味を抱いていることはわかった。
これからも1日交代でこの家に来ることができるのだ。
チャンスはまた訪れるにちがいない。
4月5日には、前日に冬樹と天乃さんが神社山の洞穴跡に行ったことを知った。
天乃さんもいろいろと行動している。
きっと彼女もあの事件をきっかけに、冬樹を好きになったのだろう。
思い出の場所に行って、彼との仲を縮めようとしたのかもしれない。
負けてはいられない。
わたしも冬樹と一緒に洞穴跡へ行った。
そこは特別な場所だ。
冬樹がわたしの命を救ってくれた場所。
わたしが彼を愛するようになった場所。
想いを込めて熱く彼を見つめ、「かっこよかったよ、冬樹。あなたはわたしの命の恩人なの」と告げた。
ほとんど告白みたいなものだったけれど、鈍感な冬樹には通じなかったようだ。
「俺なんか、たいしたやつじゃない」と彼はまた自分を卑下した。どうしてこの人はこんなに自己評価が低いのだろう。
低すぎる。
「あなたは特別な男の子なのよ」とまで言ったけど、彼の心には届かないようだ。寂しそうにわたしたちの街を眺めていた。
冬樹はわたしと天乃さんの仲たがいを気にしていた。
わたしと彼女はかつて親友だった。
昔のことだ。
いまは恋敵。
冬樹はわたしと天乃さんの仲が元どおりになることを望んでいるみたいだったけれど、それは無理な相談だ。
きみが仲たがいの原因なんだ。
天乃さんが身を引いて、冬樹への恋をあきらめるなら、彼女と友だちになってもいい。
4月6日の夜、天乃さんとは相容れないことが明らかになった。
〈今日は楽しいことがあった。むふふ〉などというチャットが送られてきたのだ。
なんなの、この思わせぶりな言葉は。
マウントを取りたいという意図が明々白々。
わたしは怒りでまた寝不足になった。
翌日、冬樹になにがあったのか問いただした。
「あかりちゃんの水着の撮影をしました」という回答。
は? なんなのそれ?
わたしは冬樹からスマホを奪い、天乃さんの水着写真の数々を見た。
布地が少ない黒のビキニ!
ポーズがいやらしい!
あの女狐、露骨に色仕掛けで冬樹を落とそうとしている。
怒り心頭とはこのことだ。
でも、冬樹とけんかしてもしかたがない。
天乃さんの思う壺だ。
「どうしても女の子の水着が見たくなったら、わたしに言って。わたしの水着姿を見せてあげる」と言って、牽制した。
ものすごく恥ずかしかった。本当にできるかどうかはわからない。
4月7日には、もっと驚くべきことが判明した。
わたしの姉、浅香妙のヌード写真集がこの世に存在し、それを冬樹が持っていたのだ。
わたしにそっくりな姉の裸の写真を彼が秘蔵していたことを知り、感情が爆発した。
最初は怒りと羞恥が襲ってきた。しかし、
「空とほとんど話せなくなって、寂しかった」
「空に似た女の人の裸を、俺はどうしても欲しかったんだ」
という言葉を聞いて、彼への愛おしさがこみあげてきた。
いいよ、姉の写真集を持っていても。
そのことは許してあげる。
問題はわたしの家族のことだ。
父と姉は対立したまま、離れ離れになっている。
いつかは和解してもらいたい。
姉のヌード写真集のことは、両親には知られない方がいい。
「これ、他の誰にも見せないでね、絶対に」と冬樹に頼んだ。




