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両隣の幼馴染が交代で家に来る  作者: みらいつりびと


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けんか

「冬樹は……命の恩人!」

 叫ぶようにもう一度言って、空は洞穴跡の前でへなへなと座り込んでしまった。

「はあ……長年思っていたことを、ようやく言えたわ……」


 俺は彼女の隣に腰を下ろした。

 あの日起きたことを思い出そうとした。

 懸命に歯でロープを噛んで、それほど結び目がきつくなかったから、たまたまうまくほどけて、空とあかりちゃんを解放することができた。

 それから俺は「ふたりとも逃げて」と言って……。

 いや、「きみたちだけでも逃げろ」と言ったのか……?


 空の話には、俺の記憶との食いちがいがあった。

 あの男の人の頭にかかとを落とそうとしたのは俺だ。あかりちゃんは俺が実行できなくてがっかりしただけで、蹴ろうとまではしなかった。いや、蹴る直前までいったのだったか……?

 鮮明だと思っていた記憶がぼやけて、なにが本当にあったことなのか、よくわからなくなってきた。

 もう何年も前の出来事なのだ。

 

 ひとつだけ確かなことがある。

 彼女たちは俺を実像以上に高く評価している。

 俺はかっこよくなんてなかったし、ましてやヒーローなんかではない。


「ずっとそんなことを思っていたの? 俺なんか、たいしたやつじゃないのに……」

 空の隣で俺はつぶやいた。

「ちがう、冬樹はすごいわ。ここは特別な場所で、あなたは特別な男の子なのよ!」

 彼女が強く言うので、俺はもう否定できなくなって、黙って景色を見つめた。

 展望台ほどではないが、ここからの眺めも悪くない。

 俺たちの街が見下ろせる。

 電車が駅から発車して、速度を上げようとしていた。その風景がジオラマのように見える。


 空が腰の位置をずらして俺に近づき、頭を俺の肩にのせた。

 柑橘系の甘い匂いがした。  

 綺麗な女の子が俺にぴったりと寄り添ってくれている。

 頭がぼうっとして、なにも考えられなくなってきた。

  

 空とあかりちゃん。

 ふたりともとても可愛い……。


「あかりちゃんとけんかしたの?」

 思わず口から漏れていた。

 ずっと気になっていたことだった。


 空は俺の肩から頭を離し、不機嫌そうに遠くの山々を見つめた。

「ちょっと言い争いをしたわ……」

「どんな?」

「天乃さんのせいであぶなかったとか、浅香はなにもしなかったとか言い合った……」

「きみたちは仲がよくて、あかり、くうっちって呼び合っていたよね?」

「さあ、もう忘れたわ」

 空は雑草をちぎって、宙に投げた。

 

 やっぱりけんかはあったんだ。 

 空とあかりちゃんの間に亀裂が走ったのは、あの事件が原因だった。

 いまに至る人間関係は、すべてあのときに端を発して形成されていたのだ。

  

 空が立ちあがり、スカートを手で払った。

「帰りましょう」


 登山道のマイナールートは狭くて、ふたり並んでは歩けない。

 今度は彼女が先頭に立って、山道を進んだ。

 俺は彼女の後ろ姿を見ながら歩いた。

 黒いストッキングにつつまれた脚はすらりとして美しい。

 あんまり見てはいけないと思っても、目を離すことはできなかった。 


 下山したら、正午ごろになっていた。

「お腹がすいたわね」

「そうだね。どこかで食べていこうか」

「うん」

「なにか食べたいものはある?」

「身体が冷えちゃった。あたたかいものが食べたいわ」

 あたたかい食べ物なら、心当たりがあった。

「鍋焼きうどんが美味しいお店があるけれど……」

「いいわね。そこに行きましょう」


 駅前のうどん屋さんは、俺の家族の行きつけだった。 

 老夫婦が切り盛りしている老舗で、メニューが豊富だ。

 きつねうどんや天ぷらそばのような定番メニューも美味しいが、熱々の鍋焼きうどんが俺のお気に入り。

 店に入ると、お客さんでいっぱいだったけれど、ちょうど食べ終わった人がいて、入れかわりで座ることができた。

 俺たちはふたりとも鍋焼きうどんを注文した。


 おじいさんが厨房で料理をし、おばあさんが接客を担当して、狭い店内を動き回り、うどんやそば、お水を運んだり、レジで代金を受け取ったり、食器を下げたりしている。

 忙しく働いているふたりはかなりの高齢だけれど、まだまだ元気でいきいきとしている。


 鍋焼きうどんがテーブルに運ばれてきた。

 蓋を開けると、もわっと湯気が立ちのぼった。美味しそうな具がたっぷりと入っている。

 鍋からはみ出しそうになっている海老の天ぷら、半熟の卵、紅白のかまぼこ、長ねぎ、ほうれんそう、しいたけ。

 俺たちはずずっと音を立ててうどんをすすり、夢中になって食べた。


「美味しかったわね。いいお店だわ」

 うどん屋さんから出た空は、満足そうだった。

「父さん、母さんとよく来たお店なんだ」

「タイではこんなに美味しいうどんは食べられないでしょうね」

「きっとそうだね」

 熱帯の国にいる両親は、いまごろなにをしているのだろう。

 タイの辛い料理でも食べているのだろうか。

「ご両親がいなくて寂しい?」

「うん。少し寂しいかな」

「家族がいなくなると、家の中ががらんと広く感じられるわよね。お姉ちゃんが家を出たときは、わたしも寂しかった」


 空には4つ年上の姉がいる。

 俺はあまり話したことがないけれど、清楚で綺麗な人だ。


「お姉さんはいまどこにいるの?」

「東京の美術大学。油絵を学んでいるわ」


 大学に通うために、家を出たんだな。

 そんなことを思ったとき、不意に空に似ている女の人のヌード写真集のことが頭に浮かんだ。


「ねえ、空のお姉さんって、目の下にほくろがあったっけ?」

「よく見ているわね。あるわよ、ほくろ。左目の下に」

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