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昔の漫画雑誌

 昼食後、俺はコーヒーを淹れた。

 豆を挽いた粉をペーパーフィルターに入れて、少しずつお湯を注ぐ。

 ふたり分のホットコーヒーをつくって、カップを食卓に置いた。


「ありがとう。いい香り」

 空は角砂糖をひとつ入れて飲んだ。俺はストレートで。

「小学生のときはコーヒーなんて飲まなかったわね」

「そうだね。あの頃はもっぱらジュースだった」

 空もあかりちゃんも俺の部屋に入り浸り、ジュースを飲み、お菓子を食べたものだった。


「冬樹の部屋に行きたい」と空が言い出した。

「散らかってるからだめだよ」

「散らかってるの?」

「ひどいもんだよ。本で足の踏み場もない」

「ふーん、散らかってるのね……」


 空は微かに笑って、コーヒーをすすった。

 嫌な予感がした。まずいことを言ったかもしれない。

「じゃあ午後は、冬樹の部屋のかたづけをしましょう」

 空もあかりちゃんも似たようなことを言う。

「いいよ、自分の部屋のかたづけくらい自分でするから」

 あかりちゃんに伝えたのと同じような台詞を空にも言った。

「わたし、以前みたいにあなたの部屋でごろごろしたいと思っているの。そのためにもかたづけないと」

「え~っ」


 俺の幼馴染はふたりとも俺の部屋でごろごろしたいのか。

 俺が理性をなくしてしまったらどうする気なんだ。

 危機意識がなさすぎる……。


 コーヒーを飲み終えると、空はさっさと階段を上っていってしまった。俺は仕方なく追いかけ、部屋を見せた。

 本の塔が立ち並び、乱雑きわまりない。

「このとおりのありさまで、とてもかたづけをお願いできるような状態じゃないんだ。自分でゆっくりやるよ」

「確かに足の踏み場もないわね。本が多すぎる。どこから手をつけたらいいのかわからないわ……」

「これでも俺は、どこにどの本があるかだいたい把握しているんだよ」

「そういうものかもね」

 空はぐるりと部屋の中を見回した。


「カラフルな表紙の本が多いわね。昔はなかったわよね?」

「ライトノベルだよ」

「うん、わかる」

 彼女は乱立する本の塔のうちのひとつに目を止め、その1番上にあるラノベを指さした。

「あれは名作」

 俺も名作だと思っている小説だった。

 同じ本を好きだとわかって、ちょっと嬉しい。

 空は小学校高学年の頃、俺に影響されたのか、よく読書をしていた。あかりちゃんよりは遥かに読書家だった。

 いまもけっこう本を読んでいるのかもしれない。


「さて、大変そうだけど、かたづけるわよ」

「待ってよ。自分でやるって言ったでしょう」

「これはあなたのためだけじゃなくて、わたしのためでもあるの。ここをくつろげる空間にしたいのよ」

 俺の制止を聞かず、彼女は本に手をつけた。

「うーん、どう整理するかむずかしいわね……」

 やめろと怒鳴ったら空を止められるのかもしれないが、人と争うのは苦手だ。

「まずは雑誌を捨てようかと思っているんだ」とあきらめて言った。

「わかりやすい方針ね。それがいいわ」


 空は本の山から雑誌だけを抜き取り始めた。

 かたづけをするのは避けられないようだ。

 小学生時代、俺は小遣いを握りしめてコンビニへ行き、漫画雑誌を定期的に買っていた。俺と空は夢中になって読んだものだった。

 捨てずに残しておいた漫画雑誌が大量にある。

 それをかたづけていく。


「懐かしい!」と空が言って、漫画を読み始めたりもした。本の整理あるあるだ。

 俺は黙々と作業を進めて、廊下に雑誌を出していった。

 ほとんどが少年誌だが、一部に少女漫画誌もあった。

 俺は少女漫画を買ったことはないから、空が購入して置いていったものだと思う。そういうこともあった。

 雑誌を廊下に出しただけで、部屋の中はかなり広くなった。本で埋没していたフローリングが半分くらいは露出した。この程度のこと、もっと早くやっておけばよかったかもしれない。


「この雑誌、全部捨てるの?」

 空は2階の廊下をぎっしりと埋めた雑誌を眺めながら言った。

「捨てるよ。そうしないとかたづかないからね。思いきって処分するよ」

「ちょっともったいないわね」

「そう思うなら、引き取ってくれる?」

「無理。こんなものわたしの部屋には入りきらない」

「捨てるしかないんだよ。古紙回収に出すよ」

「そうするしかないわよね。うーん、でももったいない。捨てたら2度と手に入らないものばかり。せめてもう1度読みたい……」

 そう言われると、俺も再読したいという気持ちがむくむくと湧きあがってきた。

「じゃあこれから読まない? 気になるものだけでも読んでから捨てようよ」

「それはいい考えね」

 俺たちの意見はたちまち一致した。


 俺は両親の部屋から座布団を持ってきて、俺の部屋のフローリングの上に置いた。

 空はその座布団にぺたんと座り、古い漫画雑誌を読み始めた。

 俺は学習机の前の椅子に座って、少年誌を読んだ。


「つづきが読みたいわ!」

 読み終えた週刊誌を閉じて、空が言った。

「その雑誌は毎週買っていたから、たぶん次の号があるよ。探してみたら?」

「そうする」

 空は廊下をごそごそして、「あった!」と叫んだ。


 俺たちはかつてのように漫画に夢中になった。いま読んでも面白いものが多い。まだ連載がつづいている大長編の昔の回を読むと、やっぱり傑作だと思って、全部読み返したくなった。

 

 空はいつの間にか俺のベッドの上に横になって、漫画を読んでいた。

 ええ~っ、そこでごろごろするの?

 俺にことわりもせず、なにをやっているんだ、この幼馴染は。

 そんなことを思ったけれど、昔に戻ったみたいな気分もあった。

 空が俺の部屋でくつろいでいるのは、なんとなく嬉しい。

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