転生前は悪役令嬢、今世は秘密を抱えて生きる
黒雲が空のほとんどを埋め尽くす夜。いつもなら空いっぱいに輝いているであろう星は一つもいない。
そんな空の下でもこの国の都に住む人は大広場に集まってさながら祭りのようだ。
遠くで空がかすかに光り、空を裂く。そんなことを一切気にする素振りを見せない民衆の視線は大広場野中央に向いていた。正しくは、大広場のど真ん中に設置された断頭台に向けられていたのである。
この国での処刑は犯罪者だとしても来世は明るい、正しい道を選べるようにと朝日を浴びてやるのが習わしだ。しかし今回は来世を迎えないようにという願いが込められた松明に囲まれて行われるのである。
私はついこの前まで私の護衛をしていた騎士に連れられ断頭台の上へとゆっくり階段を登る。簡単に逃げ出せないようにとしっかりと縄で両腕を体の後ろでくくられていた。服だって今まで着たことがないような粗末なものを着せられている。
階段を登り始めた頃、民衆からの怒号や罵声が私に突き刺さる。逃げ出してしまいたい、せめて耳を塞ぎたいと心から願った。しかし、そんな状況の中に私は希望を見出すことに成功した。
もし、今周りが見えていたら、民衆の刺すような視点もしっかりと感じないといけないのではないか。そう考えると目隠しをして断頭台出来の悪い護衛騎士だって優しいではないか。
そう思った瞬間、頭に硬いものがぶつかる衝撃を感じた。おそらく石が当たったのだろう。その後も何度か硬いものが頭に当たり私は気づいた。
やっぱりあいつは優しくなんてない。きっと見えないことで石とかを避けられないようにするための目隠しだったんだ。
そうなってくると、少しでも優しさを見出していた私自身が馬鹿らしく思えてくる。いや、私に私自身のことを馬鹿だと思わせたあいつが悪いんだ。
「お前たち、この無礼な男を捕らえて打ち首にしなさい!」
私は反射的にそう叫んでいた。辺りは一瞬で静まり返った。
「ねぇ、お前たち聞いているでしょう? はやくあいつを捕らえるのよ!!」
言い終わるか言い終わらないかのタイミングであるものは笑いだし、あるものはより激しく怒号や罵倒、さらには大きめの石を投げつけてくる。
なんで私がこんな目に遭わないといけないのよ! そう思った瞬間耳元であいつの声がした。
「まだ自分の立場が分かっていないようですね、お嬢様。私が教えて差し上げましょうか?」
私は勢いで
「結構よ、この私に分からないことがあると思っているのかしら?」
と答えたが、内心どうしてこんな目に遭うのかという理由は知りたいのが現実だった。だが、それは私の気高きプライドが許すはずもなかった。
少しでも私の方を向いていてほしくて、国をうまく回せずに落ち込んでいた王様を元気付けるために食糧難なのに国費で豪華な一人バイキングをしたから?
私より義妹のほうが好きな王様を独り占めするために義妹を螺旋階段の一番上から突き落としたり、おばけが出るとかいう塔に一人で閉じ込めたりしたから?
気に入らないことをした側使いや騎士をすぐに打ち首にしていたから?
王妃になるというのに勉強が嫌いで毎日逃げ出していたから? 私が馬鹿だから?
―――他人に聞けばきっと全部悪いからこうなってるし、他にもこんなことが悪いと教えてくれただろう。しかし彼女のプライドがその機会を奪ってしまった―――
そうこう考えているうちに、私は断頭台に固定されていた。私の気に入らないことをした罪無き罪人達が見た景色もこんなものだったのかと気づく。今まで見ているだけだったのに私も断頭台のお世話になるとは……。
「さあ、稀代の悪女であるお前が見る最後の景色だ。しっかりと目に焼き付け、冥土の土産にするといい。」
元護衛騎士が耳元でささやき私の目隠しをはずす。怒れる民衆たちの顔が飛び込んできた。少し視線を動かすと一段高くなっているところに王様と仲良さそうにしている義妹が見えた。何から何まで私を怒らせてくれるのね。おばけになれるとしたら絶対に二人を呪ってやると心に誓う。
一通り見させられたあと、元護衛騎士はわざとらしく片膝をつき、騎士が目上の者にする姿勢になる。
「お嬢様、どうです、この民衆の姿? これはすべてあなたが招いたことですからお間違えのないようお気をつけください。私は優しいのでもう少しだけ景色を楽しむ時間を差し上げますから、存分に反省なさってくださいね。」
丁寧な口調で告げられたが、その言葉に怒りが込み上げてきた。
そして、続けて元護衛騎士は私にだけ聞こえるように言った。
「実は、俺自身もいつ機嫌を悪くして俺の体と頭が離れ離れになるのかとドキドキしながらお前の護衛をしていたんだ。まさかお前が先にそうなるとは思わなかったよ。あぁ、これからは心が楽になりそうだ」
込み上げてきた怒りは沸点を迎え、怒りは静かに家族へと向けられた。
どれもこれも義妹が家族になってから変わったんだ。いきなり父が連れてきた女とその娘。血の繋がりはないが、美しい義妹を愛す父。義妹への愛が増えれば増えるほど私への愛は減っていった。民衆が悪だとしていることは、どうしても父に振り向いてほしくてやってきたことなのに…………。王様にさえ好かれれば父も私のことを気にしてくれると思ったのに…………。
「時間だ。」
元護衛騎士の感情のこもっていない声。その声とともに断頭台の刃は降りてきた。
一瞬、遠くで不気味に微笑む義妹の顔が見えた気がした。
―――ガラガラ ガッシャーン
光とともに鳴り響く轟音。その一瞬の光を最後に私の視界は闇に呑まれた。
私の記憶は、これが最後だった。私自身が誰にも分かってもらえず苦しむような人生なら二度目はいらない。だから、この時間に、こんなおまじないまでして処刑することを決めてくれた王様一同にはやっぱり感謝するとしよう。
そして、その決意とともに私の人生は終わったはずだった。
―――しかし、神様は優しくないようで、私にもう一度生きろというようにある伯爵家の3歳の末娘の体を与えた。あの処刑のときに来世への道を断ち切るようにと願いを込めてわざわざ松明たいて天気の悪い日の夜にやったのに二度目があるらしい
さて、次の人生、私はどう生きるべきなんだろう?
そして視界の端からずっと動かない酢漿の葉のようなものとそれに連なる『5』という数字は何なんだろうか?
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