この世界での役目
イーリスという聖女は、女神であり、この世界に転生者を送っていた張本人だった。
一度中央協会に戻り、女神のお告げ期間が終了したことを告げ、聖女の職を辞するそうだ。
この世界は、何でもありらしい。
「カナ、俺は昏睡状態になって数日しかたっていないが、なぜここに座っているのだろうか」
執務室で、机に付いた俺は、補佐のカナに苦言を言う。
「体調も回復なされたようですので、そろそろ政務をしていただき、滞ていた流れを再開させていただきたく」
ライアンは、正統派の人生を送ってきた。しかし、保守的と言われると少し違う。
どちらかというと、先鋭的な動きに共感できる人間であるという自負がある。
故に彼は思う。
「政治とは、人一人により決めるものではないと思うんだよ」
現代的民主主義的感覚が抜けることはなく、恐らく、今後もギャップに悩まされることは間違いない。
「勿論、細かい政策や実現の方法、全体的な方向性は我々も意見を提出いたします。閣下には、裁量権を持って、全てを見極めて欲しいのです」
しかし、彼の思いは建前である。
人生経験30を過ぎるまで、政治世界とは離れた存在だった。
故に、自信がないのだ。
「しかしだな、数千万の人間に関わることを、少数人数で決めるというのは、難しいのではないか?」
圧倒的多数の受け身勢力に対して、少数の意見を取り入れることほど危険なものはない。
さらに、日本での議院内閣制の中で生きてきた身の上としては、政治とは大人数で動かすものであってほしい、また、選挙で認められた人物がすることで、国民にも国の未来に責任を持ってもらいたいと思っていた。
「そもそも、閣下の行うことは全て、各街の長が承知の上のことです」
「あれ?そうなの?」
既に、クラディウス帝国の時代は終わりを迎えてより数百年、時を経るごとに所属する国が分かり、今は王国である。
それも、貴族の権威と王族の権威が半々でバランスをとっている時世である。
「当主になって日が浅く、ご存知でないと思いますが、月に一度、クラディウス領では、本邸にて交流会を開いています。その中でも、今月中の方向性や方針を話し、反応をみるのです。各長とも連携は常に取っておりまし、問題ございません」
貴族の統治に関してはある程度の自由があるのだ。
「・・・そ、そうなのか」
「では、こちらの書類から目をお通しください」
指し示られた先の机には、書類が積み重なっていた。
しかし、想像していたほどの量はなく、またしてもなろう知識を裏切られる結果となった。
「・・・これだけか?」
「?ええ、こちらがすべてとなります」
カナは眉根を寄せつつも、ライアンの質問に答えていく。
「・・・貴族の仕事とは、もう少し激務なのかと思っていたよ」
「・・・どういったお仕事を想像なさっていたのですか?」
「ほら、地域での諍いとか、川の所有権争いとか、いろいろ」
俺は、思い浮かべられる様々な問題を列挙してみる。
しかし、カナはため息を吐いた。
「閣下、当地には規則と秩序が必要です。クラディウス家は長く古い貴族ですので、その分多くの規則、秩序がたてられおります。覚えておりますか?閣下が党首を継ぐときに継承された法の書、クラディウス家の一切の規定がそこに記されております」
「え、そうなの?」
その継承に関しては覚えていないライアンでも、法の書の存在は、青天の霹靂だった。
「ええ、そうです。ですので、閣下は気兼ねなく業務をこなしてください。まずはこちらからです」
カナは、机の書類を上からとり、ライアンに渡していく。
思った以上に形があるクラディウス家に驚きを隠せないまま、ライアンは業務遂行を余儀なくされた。
やがて夕方になり、業務が終われば夕飯まで自由に動き、夕飯は食堂でご飯を食べる。
今は夏の終わりに差し掛かった時期であり、夕飯時には、窓から夕陽の光が差し込み、幻想的風景を見ながらの食事となった。
思えば、時間をかけた食事など、学生時代以来となっていたため、久しぶりの夕飯はおいしく、心休まるものだった。
しかし、ここにいたはずの誰かを思えば、寂しい気持ちがあふれる。
「・・・一人の夕食とは、寂しいものだな」
こうして、ライアンのありふれた一日が過ぎる。
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3か月ほどが経ち、女神のお告げが終わり、魔王軍に対する一切の準備が整ったとの号令が下された。
その間は、特に変わった日々などではなく、決裁書類をひたすら確認していた。
聖女イーリスは女神との懸け橋となる役目を終え、最後に女神により残された、最大の功労者として、望みをかなえるように、という言葉通り、イーリスの希望である聖女職の辞退と共に、クラディウス家での生活を望んだイーリスは、我が家に来ることになった。
そして本日、そのイーリスが我が家に来たのだった。
「またせたわね!」
聖女、基女神は、我が家に着くなり、非常に元気な挨拶をした。
その姿は聖女時代の修道服とは異練っていた。
「元気そうでなりより」
「ええ!これからよろしくなのよ!」
「ああ、よろしくな」
こうして、クラディウス家にイーリスが加わった。
そしてついに、魔王軍への動きが開始された。
場所は変わりいつもの執務室。
イーリスはお菓子を食べつつ、ソファーでくつろいでいた。
そんな彼女を見つつ、ふと疑問に思ったことを聞く。
「なあ、魔王軍への対策とかって今、なんかやってるのか?」
「さあ、教会はなんかやってるみたいだけど、転生者たちに任せておけば問題ないでしょ」
それもそうだな。
俺は、魔王軍のことを頭の片隅において、暫く生活をしていた。
そして、数日が経ち、いよいよ領内幹部会の日がやってきた。




