転生後の一息
彼は、ライアンを着替えさせると、扉を開け、行き先を指し示す。
「えーと、セバス?ありがとう」
ライアンは、名前が分からず適当に声を掛け、部屋を出ることにした。
「ジョゼフにございます、ライアン様」
後ろから訂正する声が聞こえてくる。
「すまん、ジョゼフ、ありがとう」
改めて言い直せば、ジョゼフが深く頭を下げた。
部屋を出れば、絨毯が敷かれ、窓が開いているため明るい廊下が伸びていた。
天井は普通より少し高め程度なためか、小さな明かりが柱に固定され、光りを花ていた。
天井には家にある丸い蛍光灯のようなものがぽつぽつと設置されていた。
ジョゼフに導かれるまま行けば、ダイニング的な場所に付いた。
そこでは、テーブルクロスが敷かれた名が机があり、おかずとごはんが一人前用意してあった。
椅子について、食事を始めると、誰かがダイニングに入ってきた。
彼女は、「失礼します!」と元気に挨拶をすると、ライアンの右横に向かい、自己紹介を行う。
「本日から、ライアン様の補佐をさせていただきます、カナ・フォン・バレルと申します!よろしくお願いいたします」
カナと名乗った補佐は、青に赤の軍服を着て、胸に黄色の花型バッチを着けていた。
「・・・君は一体・・・」
軍服の様なものを着たカナと名乗る女性は、姿勢を崩さず、こちらに目線を送ったまま微動だにしない。
軍服を着た人間が補佐という事に、不安を覚える。
「既に聖女様はこちらに向かっております。お支度を」
昨今、二度寝で得られるまどろみは、13歳というエネルギッシュな体には、些細な障害としてかたずけられ、気が付けば頭は普通に働いていた。
悲しきかな、先ほどまで社会人として祝日を楽しく過ごしていたというのに。
「転生したら貴族だった、ベタでうけるんですけど」
あれよあれよという間に、朝食を済ませれば、いよいよ聖女との面会ということである。
要件は何かというと、女神から聖女に与えられた言葉により行動しているため、理由は特にないそうだ。
屋敷のとある応接室に迎えば、扉の両脇に男女の騎士が経っている。
こちらの騎士様、軍服とかではなく、白いコートのようなものを羽織っている。
また、腰には長い剣を下げていた。
「・・・クラディウス卿、聖女様がお待ちだ」
彼らは、扉を開ける前にノックをすると、内側から扉が開いた。
促されるまま中に入れば、中央ソファーの上でお茶を飲む女性がいた。
ライアンは前に進み、彼女の視界に入ると一礼する。
「お初にお目にかかります。ライアン・フォン・クラディウスと申します」
この世界でのクラディウス家の立ち位置は未知である。しばらくは、八方美人を貫くべきだろう。
素直に頭を下げ、謝罪の意を示す。
部屋は、絨毯や調度品が置いてあるためか、音が響くようには感じなかったが、彼女のカップを置く音がやけに大きく聞こえた。
彼女は、鼻で笑う。
「構わないは。体の調子はいかがかしら?転生の影響もあるでしょうから」
彼女の口から、転生の言葉が聞こえたのだ。
耳を疑わずにはいられない。
数日前に転生した身としては、心臓に悪いドッキリである。
彼女は、こらえる用な笑いから、大きく、笑い声を放つ。
「ふっふっふ、うっふふ、あっはっはっは!あーはっはっはっは!この時を待っていたわ!」
「は?」
思わず驚きの声をあげてしまった。
聖女は、漫勉の笑みを浮かべていた。
「ついに、ついにこの時が来たのよ!胃腸薬とも今日でお別れ!今日からは自由よ!」
聖女は叫ぶやいなや、長いソファーに足を乗っけ、肘掛けに腕枕をした。
「思えば長かったわー」
仕事帰りのおっさんのように声をあげると、ため息を吐くのみだった。
暫くして、衝撃から現実に戻ったライアンは、彼女の現状に理解が追いつかず、たまらず問う。
「聖女様、転生とはいったい何のことでしょうか?」
聖女は、寝っ転がったまま、こちらに顔を向け、呆けたような顔をする。
「あなた、田中さんよね?日本出身の」
俺は驚きに打ち震え、その場を後ずさる。
完全な異世界への転生だと思っていた自分にとって、転生を知ることが出来ても、前世を知ることはないだろうと考えていた。
ここに至り、予想を覆された思いから、聖女に恐怖を抱きつつある。
目の前の聖女は、ライアンのことを、日本人と言い当てた。それも、この外見が変わった状態に加えて、数分という間に。
では、聖女も転生者と見てよいのだろうか?
よくある、ステータスなるものが見え、自分の正体に気づいたのやもしれない。
しかしながら、ここは慎重に、同郷だからといって友好的かつ真面目と言えるかは、また別の問題なのだ。
「・・・ええ、以前は田中でした。貴方のお名前を聞いても?」
聖女は立ち上がり、ライアンを指差すと、高らかに自身の正体を名乗った。
「あなたを転生させた者よ!」
こちらに漫勉の笑みを向ける聖女に、俺は言葉を失う程の衝撃を受けた。
「なん、だと・・・!」
では、今日の訪問は、狙ったもので、俺がこちらに意識を持つのを待っていたというのか。
「いやー、なかなか転生しないからビビったわよ。まあそんなわけで、私が人の住む世界に来たわけでして?これで首の皮一つつながったわーー」
聖女は、人仕事終えたように、再びソファーに勢いよく腰を下ろす。
俺は彼女を問い詰めなければならない。
なんてことをしてくれたんだと。
しかし、目の前の聖女は人を転生させられるような力の持ち主、ここは穏便に済まそう。
「しかし、聖女様、なぜこのようなことを!」
彼女は。胸を張り、言い切った。
「魔王を倒すためよ!それに、転生して嬉しいでしょ、嬉しいはずよね?なんたって、前世は彼女無し独身の一人暮らし、方や今世はお金持ちで超偉い人、嬉しいでしょ?」
一つ失われた命を憂いて、反論を試みる。
疲れたような溜め息と共に、前世への想いを語る。
「あんな人生でも途中で投げ出していいわけないでしょ。命は唯一無二の・・・」
前世を思い出して、ふと自分の心情に気付く。
別に悪くないのでは?
別に、自分で命を絶った訳でもなし、これは目の前の聖女による行い、更にすでに数年は経過しているこの体、死に際に別の人格が入ったかのようなタイミング。
整合性が取れないシナリオではなし。どちらにしろ、生まれ変わった以上、前世には戻れまい。
彼女の言う通り、今世の生活は困ることがなさそうだし。
「・・・あれ?別に困らないぞ?」
我が意を得たりと、胸を張る聖女。
「でしょ!さあ、共に魔王と倒しましょう!」
そうだ、そこに疑問があった。
「まあ待ってください。転生させてもらったことはおいておき、別の転生者を待ってからでも遅くないでしょう」
しかも転生した先は貴族。
何故かインドアな公爵故に、貴族社会では気薄な存在。
そんな美味しい状態を壊してまで、早急な動きが必要なのだろうか?
聖女は、眉根を寄せ、こちらをみる。
「何言ってるの、今後魔王が倒れるまで、転生者が現れるわけないじゃない。私が転生させてたのよ?」
・・・おかしい、少し話が分からなくなってきた。
俺は首を傾げ、話を整理する。
「転生者が魔王を倒す仕組みですよね?」
笑顔が引きつっているのがわかる。
だが、ここ忘れていけないのは、自身も転生者である事実。先の定義は己の身にも降りかかる。
しかし、それでも確認せねばならない。
「それ以前に転生させた人たちは数人いるんだけど、みんな神とかそういう存在に否定的で。で、最後に絶対協力してくれそうで、堅実な貴方を転生させたの。環境まで用意したから、もう、転生させるので精一杯、今後現れることはないわ!それと、私のことはイリス、もしくは、麗しき聖女、イリス様と呼んでくれて構わないわ!」
「・・・・そうですか」
天井を仰げば、木材を匠に利用した模様が広がる。
俺は今、今世で初めての恐怖に震える。
「人生詰んだわ・・・」
どうやら、これまでの貴族系異世界転生と違い、俺は力もないのに、魔王を倒さねばならないらしい。
どうしよう。
とりあえず、その魔王とやらを正確に分析する必要がある。
また、現在のクラディウス家の力や今後の対策、やることは山積みだ。
とりあえず、このあとすぐに、カナと懇談だ。
「大丈夫よ!この世界にだって勇者はいるし、英雄だっているのよ?あなた一人が戦うなんて状況は起きないわ!」
確かに。
異世界ものは、主人公にやたらと優しい設定が加えられるが、今回ばかりは、異世界の秩序に則った能力しかない。
ならば、今世の俺の働きはと言うと。
「後方支援か。悪くない」
「なんだかよくわかったないけど、やる気があるのは良いことね!」
改めて聖女に向き直る。
「聖女イーリス様、この度は転生させて頂き、ありがとうございます」
改めて、感謝を伝える。
目の前の人物が人一人の人生を操ったことは確かだが、こちらの世界も悪くないと考える己もいる。
ここは、前向き姿勢で歩みぬこう。
「イーリスでいいわよ!もう聖女でもないのだから」
するところ、聖女様から距離を縮めるようなお話を頂いた。
おそらく聖女なる職はそんな簡単には辞せないが、距離感としてという意味だろう。
「ありがとうございます」
「あなたの転生を見届けられたんだから、聖女としての役割は終わり!あとは、あなたとともに魔王を討ち滅ぼすの!」
なるほど。
最初に言っていたことはこのことか。
まあ、転生させてもらった身の上、断る理由もない。
「わかりました」
「ねえ、敬語辞めにしない?」
「オッケーわかった。これからよろしくな」
「あれ、なんか軽い・・まあいっか!よろしく!」
聖女だった者、イーリスが数日のうちの聖女を解任され、クラディウス家に入り浸ることになる。




