閑話 見守る者達の思い
「……何かあったんでしょうか」
「あったんでしょうな」
「やっぱりそう思います?」
馬車での帰り道。御者席に座ったミレーヌは隣で馬を操るオリバーと小声で話していた。
祭りの間中、さすがに2人きりにするわけにもいかないので実は遠くから様子を見ていたのだ。戻ってきた2人に笑顔はなくて微妙に距離ができていた。祭りの最中のエステラはとても楽しそうだったのに。あんな風に屈託なく笑う彼女を見たのはいつ以来だろう。
「あんなに楽しそうな笑顔、王都に……マルタンにいた頃は見たことありませんでしたのに」
「…………」
王都ではいつも家族やジュールから冷たい対応を取られ、周囲からも気を遣われ距離を置かれていたエステラは孤独だった。エステラを幼い頃から知っているミレーヌだけが彼女に寄り添っていた。けれど、いつからかエステラは笑顔をあまり見せなくなっていた。
「フェリクス様と出会ってからのお嬢様はとても楽しそうで、私は嬉しかったんです。……ココシュカに来てからなんだかずいぶん達観してるというかもう全部すっかり諦めてしまったようなことばかり言っていたので」
「全部諦める? それはどういう意味ですか」
「自分のことを、隠居だとかおばあちゃんなんて言うんですよ。私より10歳も若いのに」
「そういえば、そんなこと言っておられましたな。フェリクス様と変わらない歳でしょうに」
ひそひそと声が車内に聞こえないように二人で話す。中から楽しそうな声も聞こえてこない。
「……私、お嬢様にこれ以上傷ついてほしくないのです。フェリクス様はいい人だとはわかっているのですけど怖いのです」
「あなたは優しい人ですね」
「え?」
「そんな風に懸命に主を支えることは当たり前のようでなかなかできないことだ」
急に自分に話を向けられてミレーヌは大きな瞳をぱちりと瞬いた。ちらりと切れ長の瞳と目が合って驚いてしまう。
「貴族の殿方は誰も彼も軟派ですね」
「そんなつもりはなかったんですが……まあ、主を心配する気持ちは私も同じですよ。ただ、貴女1人で彼女を支えるのはきっと大変だろうと思ったのです」
「大奥様や奥様から託されたお嬢様です。当然のことですよ。あなただって私と気持ちが同じならフェリクス様が心配でしょう?」
「まあこっちは男の子ですから」
男の子とおどけて言われて思わずミレーヌはくすりと笑ってしまった。
ふっといつも冷たい表情のあまりない口元が笑みを形作る。
「そう簡単にはへこたれないでしょう。そうでなければ騎士にもなれませんしね。大丈夫、とは簡単には言えませんが私の主はエステラ嬢に悲しい思いをさせるような人ではありません」
「そう願いますわ」
オリバーの言葉に少しだけ不安が和らぐ。
エステラは自分を隠居した老女のように言うけれど、本当はただの傷ついた少女だ。少なくともミレーヌはそう思う。
そんな彼女がいつか心から笑える日が来ればいいのに、とミレーヌはいつも願っている。
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