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5 困った手紙とブルーベリー

「お嬢様、王都から手紙が届きましたよ」

「誰からかしら」


 フェリクス達が屋敷を訪れてから数日後、エステラが庭で花を植えているとミレーヌが手紙を持ってやってきた。

 王都には特別親しい知り合いはいない。父親からまた怒りの手紙だろうか、とエステラは土を払いながら立ち上がった。ミレーヌの表情が曇っているので嬉しい相手ではないのだろう。


「……それが、ジュール・ヴィレット様です」

「ジュール様? 何かしら」


 予想外の名前にエステラは首を傾げた。

 手紙には確かにヴィレット家の家紋の蝋封印がされている。

 ジュールとの婚約は破棄されたのだし、もう二人には何の関係もないはずだ。エステラのことなど忘れてエミリーと幸せに暮らしているとばかり思っていたので少々驚いた。



『エステラへ。

 おまえは自分が何をしたのかわかっているのか。

 さっさと田舎に逃げ帰り引きこもるとは伯爵令嬢として恥ずかしくないのか。

 俺からの婚約破棄を大人しく受け入れれば良いものを。

 エミリーのことが気に入らなかったのか? 最初から言っておいただろう。恋愛と結婚は別物だと。くだらない嫌がらせをして俺たちを困らせても惨めなだけだぞ。

 父上が、おまえとの婚約破棄は認めないと言っている。エステラ、おまえが何か告げ口して妨害をしてるんだろう。さっさと王都へ戻ってすべてを詫びて婚約破棄を受け入れろ』


「なんですかこの手紙は!」


 屋敷へ戻りさっそくジュールからの手紙を読んだ後ミレーヌが真っ赤な顔で怒った。エステラはジュールの失礼な態度は慣れっこだったので、それよりも気になることがあった。


「婚約破棄が正式に認められていないなんて困ったわ」


「貴族の婚約は基本的には家と家との契約ですからね。そう簡単ではないのでしょう」


 ミレーヌの言葉にエステラはため息をついた。

 父は何も言ってこないが、この様子だとおそらくほとぼりが冷めてからエステラを王都に戻し許しを請うつもりなのだろう。もちろんエステラにそんな気はさらさらないのだけれど。


「こんなことならいっそ卒業パーティーで盛大に皆の前で婚約破棄されていた方が良かったかしらねえ」


 公衆の面前での婚約破棄となれば隠し立てはできない。ジュールの狙い通りエステラとジュールの婚約は破棄されたとの既成事実ができあがるだろう。今更ながらエステラは少しだけ後悔した。こんなことならきっちり婚約破棄されてくるのだった。これはかえって面倒なことになったかもしれない。


「お嬢様、どういうことですか?」

「ジュール様は本当は王立学院の卒業パーティーで私との婚約を破棄するつもりだったのよ」

「な……! 最低ではないですか! 許せません!!」

「ありがとうミレーヌ。でも本当にもうどうでもいいのよ」


 怒るミレーヌを見てエステラは苦笑した。こうやって本気で自分のために怒ってくれる人がいることは嬉しいものなのだとしみじみ思う。


「――とにかく、まずはジュール様の誤解を解きましょう」


 エステラだって婚約が破棄されたと思って自由を謳歌していたのだ。これからはのんびり余生をココシュカで過ごすと決めている。だからこそさっさと面倒なことは済ませたい。

 とりあえずはジュールへと手紙を書くことにした。



 ジュールへ手紙を送ってからしばらくは平穏な日々が続いた。

 あちこち古くなった屋敷を修繕したり、荷物を整理したり、周辺を散策したりした。世話をしてくれるのはミレーヌしかいないので一緒になって家事もしなければならない。慣れないながらもミレーヌに教わりながら掃除や料理、洗濯もした。祖母のパウラも使用人が少ない屋敷の中で共に家事をしていたことを思い出す。彼女がしていたようにレースを編んでみたり庭で紅茶を飲みながら読書をしたりもした。

 エステラは王都に居た頃よりずっと充実した日々を送っていた。

 のんびりと庭に出した椅子に座って幼い頃暮らした日々を思い出す。

 天気の良い穏やかな日は良くパウラと共に外へ出かけたものだ。

 使用人たちと共に大きな籠を持って……。


「……そうだわ。ミレーヌ、ブルーベリーを摘みに行きましょう」

「ブルーベリー……? そういえば近くの森にたくさん成っていましたね。懐かしいです」

「たくさん採れたらジャムにしましょう」


 幼い頃、パウラと共にブルーベリーを摘みに行ったことがある。たくさん採れたブルーベリーはパウラがジャムにしてくれたのだ。山盛りのブルーベリーがジャムになっていく様子を覗き見る時間も、そのジャムをパンに塗って食べるのもエステラは大好きだった。このときばかりは少々お行儀が悪くてもパウラも使用人たちも見逃してくれたのだ。


「エステラ!」

「まあフェリクス様、それにオリバー様。こんにちは」


 庭にある倉庫から大きな籠を抱えてミレーヌと屋敷の入口側へ周ると、ちょうど玄関にフェリクスとオリバーが立っていた。グレーを基調とした騎士学校の制服の上からマントを羽織ったフェリクスはおそらく学校帰りなのだろう。フェリクスの少し後ろに控えたオリバーが軽く頭を下げる。


「今日は学校だったのですね」

「ああ、そうなんだ。授業が早く終わってね。それで実はこの前のシチューのお礼がしたくて」

「こちらをお持ちしました」


 さっとオリバーが紙袋を取り出す。中にはたくさんのパンが入っていた。


「あら、その袋。市場のラルフベーカリーのものですか?」

「ええ、そうですよ」

 

 反応したのはミレーヌだった。キラキラとした瞳でパンの入った袋を見ている。


「知ってるの?」

「とっても人気のお店なんですよ。朝一番で買いに走らないと売り切れてしまうくらいなんです」

「実は店長のラルフと知り合いでね。パンを取り置きしといてもらったんだ」

「まあ、そうでしたの。お礼なんていいのに……でもとっても嬉しいです」


 エステラもパンは大好きだ。それにどれも日持ちしそうなパンを選んでくれているのもありがたい。これならばしばらくは朝食のパンに困らないだろう。

 ところで、とフェリクスが足元に置かれた大きな籠を見た。


「もしかしてこれからどこかへ行くのかい?」

「ええ、近くの森へブルーベリーを摘みに行くんですよ」

「この籠いっぱいに摘むのですか?」

「まあ、それだけ採れたらですけど」


 興味深げにしているオリバーにミレーヌが答えた。そんなにたくさん今でも実が生っている保証はないけれど行ってみようということになったのだ。


「それなら俺達も手伝うよ。いいだろう? オリバー」

「……しかしフェリクス様」

「ご婦人2人だけで森に入るのも危険だし、帰りはブルーベリーがたくさん採れて運ぶのも大変かもしれないだろう。騎士見習いとしても放っておけない」


 一瞬オリバーが戸惑いを見せた。けれどフェリクスも意見を変える気はないようだ。

 オリバーが嘆息して頷いた。


「しかたありませんね」

「よろしいんですか?」

「もちろん! むしろ手伝わせてほしい」


 そんなわけでブルーベリー摘みにはフェリクス達も同行することになった。




「すごい、こんなにブルーベリーが実ってる」

「これならジャムが作れそうですね!」


 エステラの屋敷から少し歩いた先にある小道を脇にそれて茂みに分け入るとブルーベリーのたくさん実っている場所があった。今でもたくさんの青い実がついているのが見えてエステラは懐かしく感じた。


『おばあ様、見て見て! こんなに採れたわ!』

『まあ、こんなにたくさん。エステラはブルーベリーを摘むのが上手ね。傷が少しもない。優しく摘んであげているのがわかるわ』


「お嬢様?」

「あ、ごめんなさい。さっそく始めましょうか」


 ミレーヌの声にはっとエステラは我に返る。幼い頃過ごしたココシュカではふとしたときについ昔へと思考が飛んでしまう。温かいような少し寂しいような不思議な気分だった。

 エステラはそんな気分を誤魔化すように近くに有ったブルーベリーの実を摘んで見せた。


「こうやって……軽くひねれば簡単に採れます。採れない場合はまだ熟していないかもしれません。無理に採ろうとせずに熟したものを探してくださいね」

「よーし、たくさん採るぞ!」

「社交の授業もそれくらい張り切ってくれたらいいのですが」

「お、オリバー!」

「あらあら」


 オリバーの呟きにフェリクスが恥ずかしそうにする。その様子に思わずエステラは笑みがこぼれた。ミレーヌは呆れ顔だ。

 それから四人は黙々とブルーベリーを摘み始めた。あっという間に籠の中はブルーベリーでいっぱいになる。


「君は不思議な人だな。貴族の令嬢なのに土に汚れることも気にしないなんて」

「以前こちらに住んでいた時によく祖母と一緒にブルーベリーを摘みに来ましたからね」


 エステラが摘んだブルーベリーの籠を持ったフェリクスが呟いた。確かに普通のご令嬢はこんなことはしないだろう。家事だってすることはない。


「ココシュカに以前住んでいたことがあるのかい?」

「ええ、八歳まではこちらで暮らしていました」

「そうなのか……」


 家の事情はなかなか話し辛いがパウラと暮らした日々を思い出すのは好きだ。ココシュカに居た頃はありのままの自分でいられたからだ。

 もしかしたらフェリクスは何も言わないけれどエステラの噂を聞いているのかもしれない。若いご令嬢が(中身はおばあちゃんだが)侍女を一人しか付けず急に田舎の屋敷に引っ越して来たら注目されて色々噂されるのは仕方ない。まあ別にエステラは全然気にしていないのだけれど。


「祖母も貴族だったのだけれど使用人も少なかったせいかなんでも自分でやる人でした。だから幼い私も一緒になって手伝ったのです。なんでも楽しんでやる人で」


 今思い出しても年齢の割に元気な祖母だった。母を亡くしたエステラに寂しい思いをさせないためだったのかもしれない。

 いつもテキパキと動いていて、楽しそうで、笑顔で。


「……本当に、陽だまりのような人でした」

「じゃあきっとエステラと似ているんだろうな」

「え?」


 フェリクスの言葉の意図がよくわからずにエステラは首をかしげて振り返った。すぐそばのフェリクスがふっと優しくほほ笑んだ。


「だって君も陽だまりみたいに優しくて温かい人だ」

「な、……きゃ!?」

「おっと、気をつけて」


 振り返ろうとして雑草に足を取られたエステラを片手でフェリクスが支えた。肩を支えてくれるフェリクスの手の大きさに鼓動が一瞬早くなる。


「い、いやねえごめんなさい。ありがとうございます。さすが騎士様ですね」

「まだ見習いだけどね」


 今のは何だったのだろうと思いながらも慌ててエステラは身を離した。さすが男の子はしっかりしているとおばあちゃんモードになる。フェリクスは少し照れくさそうだ。


「お嬢様! フェリクス様!」

「そちらもずいぶんたくさん収穫したようですね」


 少し離れた場所でブルーベリーを摘んでいたミレーヌとオリバーがやってきた。どうやら二人もたくさん収穫できたようだ。

 籠の中のブルーベリーを見てエステラは満足気に微笑んだ。


「これならジャムが作れそうね」




「こ、こんなに砂糖を入れるのか?」

「ええ、そうですよ。ほら混ぜてください」


 大量の砂糖に目を丸くしたフェリクスが慌てて鍋の中のブルーベリーを混ぜる。

 屋敷に戻ったエステラ達はさっそくブルーベリーをジャムにすることにしたのだ。汚れを水で洗い流しヘタを取って鍋を火にかけると段々と水分が出てきたのでそこに砂糖とレモン汁を加える。ジャムを作るところなど初めて見たのだろう。フェリクスは瞳をきらきらと輝かせて物珍しそうにしていた。

 屋敷に戻った際にフェリクスが自分から手伝いたいと言ってきたのだ。


「急に手伝いたいなどと申してしまいすみません。邪魔になっておりませんか」

「まあ、こういうのはみんなでやるのが楽しかったりしますからね」


 後ろではミレーヌとオリバーがジャムを入れるための瓶を煮沸消毒して準備していた。フェリクスとエステラの交流に心配していた二人もブルーベリー摘みの間に少し親しくなったようだ。

 出来上がっていくジャムを見つめるフェリクスはまるで子供のようで可愛らしいとエステラは思う。まるで孫と一緒にお料理をしているみたいだと思いながらスプーンにジャムをすくって差し出した。


「さあ、味見をどうぞ。熱いので気をつけて」

「いいのかい?」

「もちろんですよ」


 嬉しそうにフェリクスがジャムを口に含んだ。すると大きな瞳をさらに見開いた。


「美味しい!」

「うふふ」


 どうやら成功したようだ。

 祖母と暮らしていた頃以来だったので上手くいくか心配だったか美味しくできたようだ。フェリクスが本当に美味しそうな顔をするのでエステラも嬉しくなった。


(フェリクス様は貴族だけれどあまり気取った感じもないしとても素直な方ね)


 貴族の男性というと父親かジュールか王立学院の教師くらいしか知らないエステラからするとフェリクスと話すのはとても新鮮だった。ころころと表情はよく変わるけれど眼差しがいつも優しいのだ。

 フェリクスはエステラが陽だまりのようだと言ったけれど彼こそ太陽のようだと思う。


 その後四人で出来立てのジャムを塗ったパンを食べ、帰る際フェリクス達にはジャムの瓶を3つもお土産に持たせたのだった。

またしてもちょっと長めです。


ここまでお読みいただきありがとうございました!

少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったらブクマや下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると嬉しいです。

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