最終話 たった一度の人生を
――ココシュカで暮らし始めて何度か季節が巡った頃のこと。
「今年もたくさん実がついたわね」
「ええ本当に。これならジャムがたくさん作れそうですね」
毎年のように祖母パウラの屋敷のそばのブルーベリーの群生地でエステラはブルーベリーを収穫していた。同行しているミレーヌや他の侍女達も籠を準備している。
「これならフェリクス様も喜んでくれるわね」
ふふ、とエステラは微笑んだ。
フェリクスと一緒にブルーベリーを収穫した日が懐かしい。
あれから数年経ち騎士学校を卒業したフェリクスは正式にシュトラウス家の養子になり侯爵となった。エステラはフェリクスと結婚しシュトラウス侯爵夫人となっている。最初は上手くいくのか不安だったものの、王族であるフェリクスの家族は快くエステラを受け入れてくれた。
ヴィレット卿からは婚約を解消した後丁寧な謝罪の手紙が届いた。ジュールは数々の素行の悪さから家を勘当されたらしい。貴族の身分をはく奪され王城の下働きとしてこき使われているらしい。エミリーも実家から大目玉をくらったらしい。今は一度頭を冷やすためにと王都マルタンから遠く離れた修道院に入れられているようだ。彼らが元に戻れるかは今後の努力次第なのだろう。
アシェル卿はエステラがフェリクスと結婚すると聞いた途端手のひらを返してきたが笑顔で追い返した。屋敷の前にミレーヌは塩まで撒いてくれた。どうやらエステラにすり寄れなかったことでアシェル伯爵夫人と喧嘩になり現在はかなり不仲だと聞くが自業自得だ。
色々とあったが今はフェリクスを始め周囲の人々に温かく見守られ幸せに暮らしている。
「奥様、今は一人の身体ではないのですから無茶はしないでくださいね」
「ええ、わかってますとも」
エステラのお腹には今新しい命が宿っていた。数か月後にはきっと顔を見ることができるだろう。
「エステラ!」
「フェリクス様」
馬の一団がやってきてその中にフェリクスの姿があった。ひらりと降り立ったフェリクスがブルーベリーの茂みへと足を踏み入れた。
出会った頃より少し背の伸びたフェリクスは以前より孫っぽさがなくなってしまった。その分格好良くなったのでそれはそれで嬉しいのだけれど、とエステラは密かに思っていた。
「仕事が早く終わったんだ。今日はここへ来ると聞いてたからさ」
「そうだったのですか。これから始めるところですよ」
「じゃあ俺も手伝おうかな。オリバー!」
「仕方ありませんね。今日はもう予定はありませんから大丈夫ですよ」
後ろに控えていたオリバーが相変わらずのつんとした表情で返す。この人もこれでフェリクスのことを慕っているのだ。
「エステラ、足元に気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
二人でブルーベリーを収穫していると昔のことを思い出す。あの頃のエステラは自分をおばあちゃんだと自称してフェリクスを意識しないようにしていた。誰かを好きになることが怖かったから。
けれど、勇気を出して一歩を踏み出したから今があるのだ。
(おばあ様の言う通り、私を愛してくれる方はいましたよ)
子供の頃、病床の祖母に言われたときはそんな人はいないと思っていた。でも今隣にはフェリクスがいてくれる。ミレーヌもオリバーも他にもたくさんの人々がエステラの周囲にはいる。
こっそり横顔を見つめていたらフェリクスが気がついた。
「どうしたの?」
「いえ、ふと思ったんですけど……私、たぶんもうこの人生を繰り返すことはないと思うんです」
「え……」
エステラが自分の秘密を話した時、フェリクスは疑うことなく受け入れてくれた。そしてエステラが孤独の中で亡くならなくて良かったと言ってくれた。そんな風にフェリクスが思ってくれたことが本当に嬉しかったのだ。
「私が何度も人生を繰り返していたのはたぶん誰かに愛されたかったからです。そして自分も誰かを愛したかったから――……だから、もうその願いは叶って私の心は満たされたのでもうお終い」
エステラを静かに見つめていたフェリクスがふっと優しくほほ笑んだ。出会った頃から変わらない陽だまりのような温かい瞳だ。
「そうか。じゃあ後はたった一度の人生をエステラがおばあちゃんになるまで俺と一緒に幸せに過ごそう」
「はい、フェリクス様」
そっと手を取られて指先にキスされる。
エステラは満面の笑みで頷いた。
きっとこの幸せは遠い未来まで続いている。
そんな予感がした。
最後までお付き合いくださりありがとうございました!
今回でこのお話は終わりとなります。
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また次作があればよろしくお願いします。




