13 おばあちゃんも恋をする
「何度も人生を繰り返しているって……」
「そういう記憶があるんです。今回が101回目ですね。100回目までは何も思い出さず同じことを繰り返していました。卒業パーティーでジュール様に皆の前で婚約破棄された私は、父にも見放されココシュカの祖母の屋敷に引きこもりました。生きる気力を亡くした私はそのまま病にかかり亡くなりました。なぜか今回は思い出してしまったのですけど――……フェリクス様?」
じっとエステラの話を黙って聞いていたフェリクスが、両手を握ってきた。エステラよりも大きくて温かい手に心臓がとくりと鳴った。
「……エステラが記憶を思い出してくれて良かった。君にとっては辛い記憶かもしれないのに酷いことを言ってるよね」
「フェリクス様」
「だって君が孤独の中で亡くならずに俺と出会ってくれたんだから」
顔を上げたフェリクスがふわりと笑う。陽だまりみたいな優しいまなざしにエステラもなぜか泣きそうになってしまった。
「はい、私もフェリクス様に出会えてとても嬉しいです」
「でも……そっかあ。それで君は自分のことをおばあちゃんおばあちゃんと言ってたんだ……」
「はあ、気持ちだけはすっかりおばあちゃんでしたので」
きゅっとエステラの両手の上から手を重ねたままでフェリクスがしみじみという。いまだにやっぱり気持ちはおばあちゃんのようなところがあるのでジュールにもあんな態度を取ってしまったのだ。
フェリクスは意外にもすんなりとエステラの話を信じてくれたようだった。
「君は全然おばあちゃんじゃない。素敵な女性だよ」
「フェリクス様……」
真剣な表情で見つめられてまた心臓が煩くなった。まったくフェリクスと一緒にいると心臓が持たない。じっと見つめてくるのでエステラも視線を逸らせない。
「俺も一度君のことをおばあちゃんみたいなんて言ってしまったけど、それは君といるとすごく居心地がいいからなんだ。一緒にいるとすごく楽しいし、安心できる。もっと笑顔を見たいって思う。もっともっと、君のことを知りたいって思う」
一緒にいると楽しい。それはエステラも同じ気持ちだ。フェリクスが来ると心がふわふわとして温かい気持ちになった。同じような気持ちを感じていてくれたなんて嬉しいと思った。
「エステラ、俺は君のことが好きだ」
「……ありがとうございます。とても嬉しいです。私も同じ気持ちで……ひゃあ!?」
「やった! エステラ!!」
エステラが答えを言い終わる前に急にフェリクスに抱きしめられて変な声を上げてしまった。慌ててエステラはフェリクスの胸を押し返す。本当に心臓に悪い。不整脈になったらどうしようと心配になってきてしまった。
「ふぇ、フェリクス様。嬉しいし同じ気持ちですが、私はあなたに相応しくないんです。お祭りのときにも言いましたでしょう?」
「言われたけど、納得はしてない」
フェリクスは侯爵家どころかグレーデンの王子なのだ。エステラも伯爵家の娘ではあるがジュールとの婚約破棄騒動があるわけありなのだ。こんな自分ではフェリクスにはふさわしくない。ぎゅう、とさらに締め付けられてエステラは困ってしまう。
「納得してないと言われましても……」
「それで、俺は今日ここに来たんだ。君のことを調べたのは、君の何が俺にふさわしくないのか知りたかったからだよ。でも君は何も悪くないじゃないか。だからヴィレット卿とも話をつけにきたんだ」
「え!?」
一体どういうことだろう。話をつけるとはいってもこれはアシェル家とヴィレット家の問題だ。
「元々、シュトラウス侯爵家とヴィレット侯爵家は国境を挟んで領地は隣同士だから色々と話し合うことは多かったんだ。俺もヴィレット卿とは面識があったし」
「そうだったのですか……」
頬を赤くしてちょっときまり悪そうにフェリクスが話す。
「大急ぎでシュトラウス卿に頼んでヴィレット家へ訪問できるようにしてもらって、君のことを話してきた。もちろん仕事の話の間に紛れ込ませてだけど友人としてジュールのせいで苦しめられてる彼女のことをなんとかできないかって」
「そんなこと、できるのですか?」
「すでにヴィレット卿はジュールのたくさんの悪評を聞いていたみたいで意外とすんなりと行ったよ。もちろんなんでそんなことお前に言われなきゃならないんだって顔されたけど」
それは確かにヴィレット卿ならそう思うだろう。それもあってジュールとの婚約はスムーズに解消できたのか。
フェリクスが苦笑いする。
「君のおばあ様や母親はグレーデンの貴族だと言っていただろう? だからグレーデンの貴族の血を引く女性にラコストの貴族はそのような酷い扱いをされるのですかって。一応これでも王子だからね。ヴィレット卿もグレーデンとラコストの間に何か外交問題が起きたら困ると思ったんじゃないかなあ」
フェリクスとしては正直に言いたかったけれど、それはオリバーに止められたらしい。さすがフェリクスの従者だとエステラは感謝した。
グレーデンの方が大国であるというのもあってヴィレット卿が折れたのだろう。
「……まあ、結果として君は自分でしっかりジュール殿と決別できたから俺の出る幕ではなかったかもしれないけどさ」
「いえ、そんなことありません。来ていただけて嬉しかったですよ。ほっとしましたし」
「うん、それなら良かった。……今回の婚約解消もジュール殿の問題だから君に一切非は無いとヴィレット卿が公表してくれることになったよ」
「え?」
「だからその、ふさわしいとかふさわしくないとか気にしなくていいんだよ」
そこまで話してからフェリクスは息を吐いてエステラの肩に額を乗せた。
「……良かった、俺の自惚れじゃなくて」
「心配されてたんですか?」
「そりゃそうだよ。もしかしたら本当に俺のことなんとも思ってなかったらどうしようってちょっとだけ心配してた」
「まあ!」
耳が赤くなってるのに気づいてエステラは吹き出してしまった。エステラのためになりふり構わず王都までやって来たけれど後から不安になって心配していたんだろう。やっぱりフェリクスはカッコいいけど可愛いなと思ってしまう。
「本当に私で良いのですか? こんなおばあちゃんみたいな私で」
「エステラがいいんだ。あとね、君は全然おばあちゃんじゃないけどもしおばあちゃんだとしても恋をしたっていいんだよ。だって俺の祖母にも恋人がいるしね」
「ええ!?」
顔を上げたフェリクスにそう言われてエステラは目を丸くしてしまった。それから二人で見つめ合ってついおかしくなって一緒に笑い合ってしまった。またフェリクスに強く抱きしめられてエステラもその背を抱き返した。
「フェリクス様、大好きですよ」
やっと言えた本当の気持ち。
伝えた瞬間なぜか泣き出しそうになってしまった。きっとこれが恋する気持ちなのだろう。
フェリクスが教えてくれた。
おばあちゃんでもそうでなくても恋をしていいのだ。
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