9 一人ぼっちじゃない
祭りの翌日。
外は良い天気だったが、エステラはぼんやりと窓から青空を眺めていた。
というのも、昨夜から熱が出て寝込んでしまっていたのだ。
「お医者様が言うには疲れが出たからだろうと。ゆっくり休んでくださいね」
「ごめんなさいね、ミレーヌ……」
「気にしないでください。私だって以前寝込んだのですから」
二人暮らしの屋敷で一人寝込んでしまえば片方に家事の負担がのしかかってしまう。ぼんやりした意識のままで謝ればミレーヌは苦笑してエステラの額の汗を拭ってくれた。
ミレーヌが退室して一人になると昨日のことを思い出した。
(フェリクス様……)
花火を見た後、フェリクスはまだエステラに何か言いたそうだったけれど結局言葉少なにミレーヌとオリバーの待つ馬車置き場へと戻った。エステラも何を話していいかわからず馬車内でもほとんど無言だったけれど、最後に屋敷で別れるとき彼はまっすぐにエステラを見つめていた。
『また来るよ』
エステラは自分が何と答えたか、どんな顔をしていたかあまり覚えてない。もしかしたらもうその時には熱があったのかもしれない。
(フェリクス様は私にとって孫みたいな可愛い存在。ただそれだけのはずだわ)
でもそう考えると胸の奥がちくりと痛むのはなぜだろう。
また来るとは言ったけれど、もしかしたらもう来ないかもしれないなと思うと気分はどんどんと沈んでいった。自分から距離を置いたのに我儘だなと思う。
(私は……)
一体どうしたいのだろう。このココシュカでどうやって生きていくのだろう。
フェリクスとどうなりたいのだろう?
まどろみの中で答えの出ない疑問が浮かび上がっては消えていった。
***
『おばあさま! おきておばあさま!』
『はいはい、ちゃあんと私はここにいますよ。どうしたの? エステラ』
夢の中で幼いエステラは祖母パウラの眠る布団にすがりついていた。ゆっくりと瞼を開けた祖母が痩せた手でエステラの頭を撫でる。
パウラは長いこと病で臥せっていた。
『さびしいの。わたし、ずっとひとりぼっちなの』
『あら、どうしてそんな風に思うのかしら』
『だっておかあさまもいないし、おとうさまはわたしがじゃまなの。がっこうでおともだちもできなかったの……ジュールさまだって……』
話しているうちにじわりと涙で視界が滲んできた。
何度も何度も繰り返してきた。独りで生きてきた。
『おばあさまにあいたいわ……』
馬鹿みたいだと思った。
100回も同じことを繰り返して結局101回目も一人なのだ。ぎゅっと布団に顔を伏せる。パウラの手は冷たいけれど優しくエステラの頭を撫で続けてくれた。
『本当にそうかしら』
『え?』
『あなたは本当に一人ぼっちかしら? 周りをよく見てごらんなさい』
パウラの言葉にエステラは顔を上げた。
周囲はまっ白な霧で覆われていた。怖くなって祖母に身を寄せる。
『怖がらないでエステラ。大丈夫、あなたを愛してくれる人はたくさんいるわ』
『でも……』
『まずはあなたから勇気を持って一歩踏み出してごらんなさい。怖がって閉じこもっていたらいつまでも誰にも会えないわ』
エステラはゆっくりと恐る恐る祖母から手を離し踏み出した。濃い霧に向かっていくのは恐ろしいけれど、その先に誰かがいる気がしたのだ。
段々と霧が晴れていく。
その先には何人かの人影が見えた。
***
「あら、お嬢様起きて大丈夫ですか? お加減は……!?」
居間の扉を開けるとちょうどテーブルを拭いていたミレーヌが振り返った。エステラは彼女をぎゅっと抱きしめた。大いに困惑した様子の声が聞こえる。
「お、お嬢様? どうかされたのですか。まだ熱があるんじゃあ」
「ううん、違うの。そうじゃないのよミレーヌ」
エステラはミレーヌに抱きついたまま首を横に振った。
ふっくらとした温かい身体。いつだってエステラの心配をして傍に居てくれた。ココシュカにだって追ってきてくれた。
どうして自分には誰もいないなんて思っていたのだろう。
エステラは自分を恥じた。
「ミレーヌ、いつもそばにいてくれてありがとう」
「お嬢様……! 何を言ってるんですか。そんなの当たり前じゃないですか! これからだってそうですよ!」
気がつくとミレーヌまで涙目になっていて二人して吹き出してしまった。
「もう、どうしたんですか急に」
「夢にね、おばあ様が出てきたのよ。私、大切なことに気がついてなかった。ずっと受け身で誰かが助けてくれるのを待っていて……いいえ、それすら否定していたのね」
運命は自分の力で変えなければいけなかったのに。
そして100回の人生ではそれに気づかずに死んでしまった。でも今回は気づけたのだ。だからもう逃げるのはやめようとエステラは思ったのだ。
「大奥様が……」
「私、ちゃんと自分の人生に向き合いたい。そのためにも王都へ戻ってジュール様との婚約を正式に解消してもらってくるわ」
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