1-1:イ世界Ⅰ
1-1:イ世界Ⅰ
地面につっぷし、倒れている凹太郎。
混濁する意識の中、目まぐるしく視覚情報が通り過ぎる。
場所はいつの間にか古い洋風建築のような、それこそ城のような場所。
デザイン的には石レンガのような場所だが、どこかモダンめいたマットさを感じた。
赤髪の少女が見えた。
少女には全身を覆う白い衣装に黒い拘束具がついていた。
その少女の泣き叫ぶ姿。
その周りに怒号をあげる人たち。
彼らは格式ばった神父風の衣装であったり、ドレス姿であったり、鎧を着ているものもいる。
怒号は凹太郎にも向けられていた。
そして、倒れている凹太郎の目に映る、地面に光り輝くのは……おそらく魔法陣。
凹太郎の意識はそこで落ちた。
*
凹太郎の意識がぼんやりと回復する。
ぼやける視界には格子状の縦線が見える。
妙な息苦しさがある。
口に何か取り付けられているようだ。
誰かの声がした。
「おう、ちょうどよい!
目が覚めたようだな!」
自信の高さを感じるような張りのある男の声だった。
その声で凹太郎の意識が完全に取り戻された。
「……!??
ほわんわぁ!?
ほはああああぁ!?
(なんじゃ!? こりゃああああ!?)」
凹太郎は叫んだ。
そこは鉄格子に閉ざされた石レンガでできた(……いや、コンクリートだろうか)牢獄の中だった。
さらに凹太郎は全身を拘束され、口には自殺防止用と思われるの器具がつけられていた。
鉄格子越しには3人いて、1人は鎧を纏った青髪の色男。
背丈は180はあるだろうか、さぞ女にはモテるのだろうイケメン顔。
いいなぁと凹太郎はぼんやり思った。
残る2人はそれこそファンタジーゲームに出てくるモブ兵士のような鎧姿で、青髪からは一歩引いたところにいた。
青髪は余裕のある風で凹太郎に話し出した。
「やぁ、すまない。
君の素性がわからないものでね。
ことの都合上、どうしてもそういう措置をするしかなかったのだ。
ひとまず、確認したい。
君に自殺の意思はあるか?」
「はひへふはひへふ!
(ないですないです!)」
凹太郎は体を制限された状態で力いっぱい否定の意思を示した。
「……ふむ、わかった。
とりあえず拘束を解こう。
その後、医師確認、聞き取りを行う。
よろしく頼むよ、君たち」
「ええ、いいんですか!?」と、後ろの兵士たちがうろたえている。
青髪は笑いながら兵士たちに凹太郎の解放を指示した。
兵士たちは青髪のことを王子と呼んでいた。
*
ことは円滑に進められた。
兵士たちによって粛々と凹太郎の拘束具が外された。
凹太郎の着ているものは白のシャツと白のパンツ。
意識を失っている間に着替えさせられたらしい。
シルクのようなすべすべの肌触りの良い生地だった。
その後に通された部屋は白基調の医務室だろう場所。
医師として挨拶してきた女性。
彼女は少しファンタジックな文様の書かれた白衣を着ていた。
茶色の髪はふくよかな胸のあたりまであり、柔和な雰囲気を醸し出す人だった。
その医師によって凹太郎の簡単な健康診断が行われた。
その医務室、そこで見受けられる文字は全く知らないものだし、置いてあるモノのデザインもいくらか奇妙だった。
よくよく見ると、白い壁面の材質も大理石かのようなスベスベで透明感のある質感を持っている。
だが、違和感として一番大きかったのは、全体としてファンタジックな様相であるのに、しっかりパソコン(のようなもの)もあることだった。
診察の過程で服をめくった時、ふと見ると凹太郎の刺されたはずの腹の傷は治っていた。
うすく日焼けの後のような跡だけが二つほど残っている。
手術した後には見えなかった。
意識を取り戻してからそこまでの過程、夢とは思えない現実の実感、それで凹太郎は一つの結論を出した。
(俺は、異世界に転移してしまったのか……?)
結論であったものの、どうしても疑問形は外せなかった。
それほどの超常現象である。
それにしても、
「理解良すぎだな、俺は」
そんなことを凹太郎は口にした。
わざわざ口にしたのは長い拘束からの解放感があったためでもあるし……。
そして、凹太郎は周囲の観察をより深くし始めた。
まず文字が違う。
のにも関わらず兵士にしても医師にしても話す言語は日本語である。
それは何故か。
凹太郎は医者の女性に無難に話しかけた。
「先生。
私の荷物はどこか知っていますか。
おそらくスマホとか一緒にあったと思うのですが。
え?
スマホは何かって?
ああ、すいません。
こういう、四角でこんくらいの……
?
どこにあるんじゃないかって?
え?
ムラ、何?
ムラズバナ……?」
そこで不思議な現象が起こった。
最初、医者の女性が言った単語「ムラズバナ」。
凹太郎に通じなかったため、医者の女性が「ああ」と言い直した言葉が次に出たのだが、それは「魔法捜査研究所」
であった。
文脈的に「ムラズバナ」は「魔法捜査研究所」が省略された単語のようだが、日本語ならそんな変化はしない。
凹太郎はもしやと思った。
「先生、すみません。
ちょっと確認したいことがあって。
これから、私の言う単語の中で知らないものがあれば言ってくれますか。
いえ、少し記憶が曖昧な感じがして、その確認に。
よろしいですか?
ありがとうございます。
え~と、じゃあ、パソコン、パーソナルコンピュータ。
……コンビニ、コンビニエンスストア。
……シーエム、コマーシャルメッセージ。
……切手、 切符手形。
……以上です」
医者の女性はその一つ一つ、不思議そうに答えた。
通じたのはパーソナルコンピュータだけだった。
だが、それでも凹太郎は自分の推理はきっと当たっている気がした。
省略された単語は通じていない。
その過程を以て、更に凹太郎はもう一つわかったことがあった。
口の動きである。
それまでなんとも感じなかったが、意識して注意深く見ると妙であった。
医者の女性の、言葉の音と口の動きがかみ合っていない。
上手な吹き替え映画のようにそれほど気になりはしないが、それでも意識すると確かに違うのだということがわかる。
なんらかの力。
としか、現時点で凹太郎には表現できなかった。
それでも、この世界には自動翻訳みたいな力が働いている。
我ながら思考が常軌を逸している。
凹太郎はそう思いつつ、
「あ、最後にもう一つ。
……探偵って単語はどうですか?」
探偵という単語を聞いて、医者の女性は何故か吹き出すようにクスッと笑った。
凹太郎が不思議そうにしていると医者の女性は、
「フジワラさん。
それは古典の単語で、現代では無職の人を蔑んで暗に表わす単語よ。
あんまり、やたらと口にしちゃだめ」
凹太郎は軽いショックを受けたが、その医者の女性がなんともかわいらしく思い、その名前を聞いてその部屋を後にした。
次に凹太郎は兵士たちに導かれ、6畳ほどの部屋に通された。
その道中。
建物の造りと材質はいよいよ、ファンタジー世界のソレであった。
石造りのソレよりは高価な大理石でできた風ではあるが、西洋のお城を歩いているように感じた。
実際、兵士たちの会話から察するに、ここは何処かの城の中のようだ。
……のだが、ところどころに監視カメラやモニターなどの電子機械のようなものも見受けられた。
やもすると、やはり夢なのかなぁ。
と思いつつも、凹太郎は通された部屋の観察を始めた。
その簡素な作りの部屋は異世界でも見間違えることはないだろう。
空間に机ひとつと椅子ふたつ。
ご丁寧に机に電灯のようなものまで不随している。
取調室そのものだった。
ところで、医者の女性の名前はララリーナ・ダズンという。
アイザック・ゴーマの小説挑戦作だぜ。
誤字、脱字は随時修正していくぜ。
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リンク貼っていいかわからないので、興味がある方は検索してみてだぜ。