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08

この辺りから折り返しなので一旦区切ります

 

 焦るな。

 落ち着け。

 動揺を気取られぬよう、つとめて緩やかな足取りを心掛ける。

 道を折れ、ツカサの視界から外れる。

 そこまで来てようやく溜めていた息を吐き出す。

 何をやっているのだろう。

 レアリは自分自身に呆れていた。

 一つわかった事がある。

 自分はどうやら、落ち込んでいるツカサに弱いらしい。

 つい甘やかしてしまいたくなる。

 たとえそれが彼のためにならない時でさえ。

 これはよくない。

 改めて自戒をいる。

「おや、姫さん」

 宿舎への道中、ガルムと出くわした。

「お疲れ様です」

 この男の骨を二、三本折ればツカサも対等に渡り合えるだろうか。

 笑みの裏側にぎるよこしまな思いを、湧いた傍から彼方へ追いやる。

 本当に何を考えているのだろう。

「ちょっといいかい?」

 すれ違うだけで終わるかと思いきや、ガルムが足を止めた。

「何でしょう?」

「率直に聞きますが、俺に何かしましたか?」

「……何かとは?」

 素知らぬ顔で聞き返す。

「いや、別に悪い事じゃないんだが、飯食ってからやたらと調子が良くて、さっきの少年との立ち合いでも加減が加減にならない場面がちょくちょくあったんで、あー……」

 言っていて、自身歯切れの悪さに気付いてはいたのだろう。

「食事に何か盛りました?」

 直球で来た。

「――――」

 思いがけない方向からの疑惑に、レアリは珍しく吹き出しそうになる。

「まさか」

 ここで笑っては余計な不信を招くだけと思いながら続ける。

「隊長は、私達巫女があなた達とは別の生き物だと知っていますか?」

「そりゃ、まあ」

 長すぎる寿命から、誰の目にも明らかである。

「ではその血が多少なりともあなたに流れているというのは?」

「そりゃ」

 実感の乏しい様子で、ガルムは詰まった。

「……え、まじ?」

「まじですよ」

 動揺を察して、レアリも言葉を合わせる。

「あなただけでなく、戦闘力の突出した者はみなそうです。もちろんそれでも私達の因子は眠ったままですが」

「この変化はそれを起こした結果だと?」

「察しが良くて助かります」

 多くは虚無や転生者の力に当てられて目覚める。

 だからガルムから挑まれずとも、いずれは戦うつもりではいたのだ。

「ご納得いただけましたか?」

「ええ――あいや、あと一つ」

 頷いてから、思い出したように人差し指を立てて言った。

「あのガ、少年の事なんですがね」

「彼が何か?」

 弱すぎるという話だろうか。

 不安に表情がくもる。

「彼は何者ですか?」

「というと?」

 何か不審な点でもあったのだろうか。

 ツカサの様子ではあまりかんばしい内容とは言えなかった筈だが。

「どう見ても素人だと思ったら力と速さは常人以上。失敗からの修正も早い。十戦やって、まぁ十戦勝ちましたけど、とんでもない勢いで上達していってますよ」

「え……?」

 脳裏に複数の疑問符がともる。

 聞いていた話と違い過ぎて。

「何より厄介なのが疲労を感じさせない所です。いくら負けないといってもあれじゃこっちの体力が持たないんで、そっちから誰か応援に来てくれると助かります」


 どうにも理解が追いつかなかった。

「…………」

 ガルムと別れてから、改めて会話を思い返す。

 先程の戦いは一方的なものではなかった、らしい。

 ツカサの落ち込み方を見た後のせいか混乱が大きかった。

 どちらかが嘘をついている、という訳でもないだろう。

 恐らくツカサの目標が高すぎたか。

 あるいは自己評価が低すぎるのか。

 これに関してはどちらもありえる。

 彼のそうした傾向は、最初から見受けられていたのだから。

 どうあれ、期待以上の成長は喜ばしい。

 自然と足取りも軽くなる。

 さて、それはそれとして自分達の内から誰を出すか。

 真っ先に浮かんだのがウノの顔だ。

 事情を話せば嬉々として参加するだろう。

 次にレアリ自身。

 今の話で直接その力量を見ておきたくなった。

 ラストは恐らく無理だ。

 元々戦いを好むたちではないし、彼女の性質上模擬戦には向かない。

 とはいえ虚無が二人も加われば十分過ぎる。

 これなら思っていたより早くブラド達に挑めるかもしれない。

「……?」

 希望を胸に進めていた足が、そこで微かな違和感に止まる。

 眉を寄せて探るような視線を向けたのは他でもない、地面だ。

 しゃがみ込んで手を添える。

「これは――」

 やはり間違いない。

 地中を流れる霊脈が、その勢いを増していた。

「レアリ」

 顔を上げるのと同時に声が掛かる。

「あれ……」

 彼女も異変を察して出てきたのだろう。

 ラストが困惑の体で、レアリの背後を指差していた。

 半ば予想しながら振り返る。

 見上げる先は霊峰だ。

(遅かった……)

 天へと昇る光の筋。

 その輝きが、霊脈とは対照的に弱まっていた。


 §


「あれだな、最近人減ったな」

 クレネの大広間を歩きながら、リオネラが言った。

 元々人の出入りが多かった訳ではない。

 それでも目を向ければ、一人二人の衛兵や侍女が目に入っていた。

 今はそれすらない。

「邪魔な方々はみんな幽閉するかエルマーの実験台になってしまいましたから」

 もう化けている必要はない筈だが、レアリの姿のままブラドは肩をすくめる。

「黒衣衆もラストを探しに行ったきりだしな」

 意匠を凝らした荘厳な内装が、廃墟めいた空虚さに蝕まれつつあった。

「追手を一人始末してからの足取りも途絶えたままですし、これ以上の成果は望めそうにありませんね」

「昨日エルマーさんも同じ事を言っていて、呼び戻している最中だとか」

 二人の後ろに控えていたトットが言う。

「珍しく気が利きますね。しばらく見ませんが、彼は今何を?」

 当初の予定ではこれから行く場所にも同席する筈だったのだ。

「詳しくは何も。ですが開発局を空ける事が増えています」

「怪しいな」

「常態で怪しい人ですからね。余計な事をしていなければいいんですが」

「今更かもしれないけど、本当にやるのか?」

 地下への階段を下りながらリオネラが聞く。

「本当に今更ですね。そのためのこれまでですよ」

「私は結構今の世界も気に入ってたんだけどなぁ」

「では止めますか?」

 尋ねながらも警戒した素振りはない。

「それも今更だな。ここで止めるなら最初から協力してない」

「でしょうね」

 お互いわかり切った事を確認し合う。

 会話自体に意味はない。

 道中の暇つぶしだ。

 廊下を進み、昇降機に乗る。

 そのまま下へと降りるボタンを――押しはしない。

 代わりに側面の壁へ、霊子をまとった手をかざす。

 呼応したように光った壁が横へ滑る。

 現れた扉に、ブラドは肩を竦めた。

「こんな簡単に開く扉を共用の昇降機に造るなんて、呆れたものですね」

「いやー、実際過去に何人かはうっかり作動させて、口封じに消されてたな」

「マ――本当に?」

 うっかりマジ? と言い掛けた。

「いや冗談」

 悪びれもせず、騙せた事を得意げに。

「リオネラは可愛いですね」

「いやそんな冷めた目で褒められても……」

 リオネラはトットの後ろに隠れた。

「冗談ですよ」

 軽く流して扉を開ける。

 出てきたのは部屋ではなく下へと続く階段だった。

 霊脈の影響でかなり明るいが、

「せま」

 一人がぎりぎり通れる幅しかない。

「行きましょうか」

 ブラドを先頭にリオネラ、トットの順で降りていく。

 一番下まで照らされているが、かなり長い。

「え、これ昇降機に入口作る必要あります?」

 もっと下層の、別の部屋か通路に造った方が出入りも楽だったろう。

「昔の人は計画性とかあんまりなかったからな」

「私達もその世代ですけどね」

「だな」

 お互い足元を見ながらにやりと笑う。

 長寿ならではの自虐だった。

 やがて一番下までたどり着く。

 扉には取っ手がなかった。

 それでも行き止まりの壁でないとわかるのは中央の鍵穴故だ。

「ようやくこれの出番ですか」

 言って鍵を取り出す。

 これを見付けるのに随分と余計な手間を取られた。

「ダムドは一切口を割らないし散々でしたね」

 この通路はリオネラが知っていた。

 しかし鍵の所在は不明だった。

 本来ならトルミレと引き換えにヘリオスから受け取る予定だったのだ。

「まあ、勝手に死んだヘリオスが悪いという事で」

 お陰で丸二日、あちこち探し回る羽目になった。

「これで鍵が違ってたら笑えるな」

「いえ笑えませんよ」

 言って鍵を差し込み、回す。

 同時に扉が輝きに覆われていく。

「何か光っとりますけども」

「これ、転移装置ですね」

 試しに伸ばした手が、肘まで光の中に消える。

「この先は恐らく、全く別の場所に繋がっています」

「扉を開けたら部屋があるんじゃなかったんだな」

 力任せに壊していたら道は永久に閉ざされていただろう。

「まだこんなの造れたんだな」

 現代にはほとんど残っていない、大昔に失われた筈の技術である。

 結界が出来る前後でも、それはまれに機能する遺跡に見られるのみであった。

「多分これは元々あった物で、後から昇降機で隠したのでしょう」

 ブラドが光の中に消える。

「…………」

 次に控えていたのはリオネラだが、すぐに入ろうとしなかった。

「……リオネラ様?」

 進まないのかとトットが声を掛けると、稚気ちきに満ちた顔で振り返る。

「このまま私達だけ帰ったら面白くないか?」

「……そうですね」

 答えながら、その瞳はリオネラを見ていない。

 その肩越しにブラドの顔が覗いていたから。

 すぐ来ないので様子を見に来たのだろう。

 丁度リオネラが振り返るのと同時だったので全て聞いていた。

「その顔、さては姉さまが後ろで顔出して――」

 言い終わるよりも先にブラドがリオネラの襟を掴んで光の中に引き込んだ。

「…………」

 それを見届けてからトットも光の中に入る。

 光をくぐると、三人は広めの一室に出た。

 こちらは一転して薄暗い。

 四方を囲う壁に、中央には大きな机。

 そしてその上には光る模型が置かれるだけの、殺風景な部屋だ。

「何だこれ。触れないぞ」

 リオネラのかざした手が模型をすり抜ける。

「立体映像ですね。光の干渉を利用した物で実体はありません」

「何のためにあるんだ?」

 上半分は薄い円蓋えんがいに覆われ、下半分は一際大きな光点と、そこから根のように張り巡らされた光の筋。

 そして四方に立つ柱。

「これ、霊脈図ですね」

「……あー、確かに」

 言われてリオネラも気付く。

「こんな地中にまで及んでいるんですね」

 地表に近い部分は太く大雑把だが、下に行くにつれ細く多岐たきに渡って伸びている。

「勉強になるな」

「勉強しにきた訳ではありませんが」

 言いながら机に触れる。

 凹凸のない表面が、その度微かに光った。

「多分これで」

 何らかの操作をしたものか、霊峰の光と思われる四本の柱が細り始めた。

 一方で地中に伸びた霊脈はその輝きを増していく。

「うん。結界への供給は断たれ、じきに消えるでしょう」

 ブラドは満足そうに机から離れた。

「さて、レアリが生きていればこの異変を見過ごす筈もありません」

 その時である。

「すぐにでもやって来るでしょうから、上に戻って防衛の準備を――」

 ブラドの言葉をさえぎるように、室内を激しい振動が襲った。

 ここが地下のどこに位置するか知らないが、いずれにしろ只事ではない。

 数秒の後、ようやく揺れが収まる。

「ほんとにすぐ来たな」

「早すぎんだろ……」

 天井を見上げて、ブラドは呆然と呟いた。

 §


 ステアは退屈していた。

 ダムドを倒してからというもの、ずっとこの部屋で待機を命じられたままだ。

 力を手に入れた。

 最初はその事で喜びに満ちていた。

 だがそれも永遠に続くものではない。

 ステアの内に、新たな衝動が芽生えた。

(レアリ様……)

 脳裏に浮かぶのは、いつだって自身の仕えるべき主の顔だ。

 今ならトットにも引けを取らないだろう。

 それを知って欲しかった。

 だというのに、エルマーはそれを良しとしなかった。

 ――君はまだ不安定だ。もう少し様子を見よう。

 どこが不安定だというのか。

 自分はこんなにも完璧に近い存在になったというのに。

 一体いつまで待てばいいのか。

 エルマーはまだ戻って来ない。

 最後に調整の薬剤を打ってからもう随分と経つ。

 ステアの中で、何かが弾けそうだった。

 不安定というのはこれの事か。

 そんな事はない。

 自分はこれを制御出来ている。

(早く来い早く来い)

 見せつけてやる。

 穴の空くほど扉を見詰める。

 そこでふと思いつく。

 そうか、と。

「来ないなら、私から行けばいいんだ」

 なぜ今まで思いつかなかったのだろう。

 簡単な事だった。

 そうと決まれば部屋を出るのみ。

 足取り軽く扉へ向かう。

 この数日顔を見せず、きっとレアリも心配している筈だ。

 早く安心させてやろう。


 ――ガチャリ。


 微笑を持って引いた扉から、解放を拒む鍵の音。

「……あ?」

 何かの間違いかと思った。

「なに、これ」

 だが、何度試しても不快な音が鳴るばかり。

「ああ、あああああああっ」

 閉じ込められた。

 裏切られた。

 騙された。

 そんな思い込みが次々と芽生え、

「ああああああああああああああああっ!」

 ステアの中で、何かが弾けた。


何で区切ったのかわからない続き→https://ncode.syosetu.com/n8034hl/1/

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