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07

 

 レアリとウノは、大きなかごに入るだけの食材を背負って帰ってきた。

 数日分をまとめて買ってきたのだろう。

 最初はそう思った。

 だが違った。

 並べられていく食事を、ガルムは端から平らげていった。

 大した健啖家けんたんかである。

 レアリもそれは知っていたのか、驚く素振りも見せず作り続けた。

 そんな光景を見ていて、興味が湧いたらしい。

 ――今の人間はこんな物を食っているのか。

 試しに一口、とつまみ食いに来たウノが、止まらなくなった。

 そうなると流石に一人の手には余る。

 ろくな心得もないが、僕とラストも出来る範囲で手伝いに入った。

「いやー食った食った」

 甲斐あってか、ガルムは満足そうに腹をでていた。

「不敬」

 ラストが半眼でとがめると、ガルムは姿勢を正した。

「いや、巫女姫様の作ったお食事を頂けるとは、恐悦至極」

「構いませんよ」

 気にする場でもない、と鷹揚おうようなレアリ。

 ちなみに後発とあってウノは未だに止まる気配がない。

「お口には合いましたか?」

 隣に座るレアリから、控えめな問い。

 作り終えた僕らも一部取り分けたものを食べていた。

「あ、うん。美味しいよ」

 これはお世辞抜きの感想だ。

「それに、こんな作れるなんて」

 単純な量だけでなく品目も軽く三十は超えている。

 大量の食材を無駄なく使いきる手際からもかなりの練度がうかがえた。

「昔はよくみんなに振る舞っていましたから」

 恐らくは巫女になる前の事だろう。

「それで、この後はもうクレネに?」

 精悍せいかんさを取り戻したガルムが聞いた。

 起き抜けの草臥くたびれた様子は、もはや微塵みじんもない。

 漫画のキャラみたいな回復の仕方だ。

「その前に、ガルム隊長には少しツカサさんのお相手を頼もうかと」

「……え?」

 これは完全に寝耳に水だった。

 何の事かと聞こうとするより先に、レアリは笑って言った。

「頑張って下さいね」

「……はい」

 嫌な予感はしつつも、うなずほかなかった。


 §


 ステアは、エルマーと共に地下深くへと降りていた。

 これまでに立ち入った事はおろか、存在すら知らなかった区画だ。

 先日の相談からその日の内に施術を行い、一日が経った。

 体調はすこぶる良い。

 体は勿論、心まで軽くなった気がする。

「あの、どこに向かっているのでしょう?」

 専用の昇降機を降りると一直線の長い廊下。

 突き当りには大きな扉がある。

「この先は、訓練所のような部屋になります。そこで現在の貴女の力を計ろうかと」

「……どなたかと、戦うんでしょうか?」

「ええ。まず彼を倒せない事には話にならないので」

 彼。

 衛兵か、あるいは最近建物内でよく見るようになった黒衣衆の誰かか。

 ステアの頭に浮かんだ候補はその二つだった。

 未だ襲撃者の捕まらぬ中で霊峰から隊長を呼ぶとも思えない。

 エルマーが扉を開けた。

 まず目を引いたのがその広さである。

 地上のどの部屋よりも広い。

 一面を覆う芝。

 見上げる程高い天井。

 屋外と見紛う規模の室内は、半球状の造りをしていた。

 霊脈の影響からか、全体が青白い光を発している。

 そしてその中央に座る老人が一人。

「ダムド様?」

 老師の一人である。

 先日の騒動以降幽閉中と聞いていたが。

「彼は敵に内通し、レアリ様を裏切っていました」

「そう、でしたか」

 残念な事だ。

「では、ダムド様を?」

 自分が倒さなくてはならないのか。

 エルマーは黙って頷く。

 大役だ。

 だがそれだけに価値がある。

 今一度あそこに戻るためなら。

 ステア達の入室を見ていたダムドが、接近に合わせて立ち上がる。

「君は、ステアか。確かレアリ様の――」

 言い掛けて止まる。

 エルマーが下がるのを見て。

 そして、ステアの瞳に宿る殺意に気付いて。

「いずれ来るとは思っていたが、よもやそんな侍女に頼るとは」

 ダムドの体が青白い光を帯びる。

 それを見て、ステアは首を傾げた。

 彼の強さが伝わってくる。

 以前よりも正確にそれを感じ取る事が出来た。

 途方もない力だ。

「舐められたものだ。老いたりとはいえ転生者という事を忘れたか」

 だというのに、まるで怖くない。

 これも施術のお陰なのだろうか。

 ダムドが動いた。

 ステアに向かって一直線に駆けてくる。

 が、遅い。

 余りにも緩慢な動きを見て、ステアは最初ふざけているのかとさえ思った。

 しかしダムドの気迫からしてそうではない。

 待っていても仕方がないので、ステアも同じ歩調で踏み出した。

 距離が詰まる。

 ダムドが体をひねる。

 打撃の予備動作だろう。

 やはり遅い。

 落胆から、ステアは小さく息を漏らした。

 こんなものは寝ていても止められる。

 ゆっくりと伸ばした手が、ダムドの拳を掴む。

 これをどうしたものか。

 握り潰すか。

 捻り上げるか。

 考えていると、手首の骨がばきりと折れた。

(――え?)

 驚きをよそに、ダムドの拳が胸に突き刺さる。

 直後、全てが加速した。

 一瞬にして全てが遠ざかる。

 背と後頭部に衝撃。

 吹き飛ばされた自分が壁に激突したのだと、揺れる視界で理解した。

(え?)

 起き上がろうとするも、体に力が入らない。

(なんで?)

 容易に受け止められる筈だったのに。

 き込むと、口から大量の血液が零れた。

 胸に穴が空いている。

 右の前腕も中程から折れ曲がり、骨が突き出していた。

 静寂と共にあった心が、一転して恐慌きょうこうきたす。

(あんなの、止められる訳ない……!)

 止まっていたダムドが歩を進める。

 その瞳は真っ直ぐステアを見据えて揺るがない。

「ひっ!」

 無意識に短い悲鳴が漏れた。

 殺される――。

 本能が告げていた。

 逃げろと。

 だというのに体の方はろくに言う事を聞かない。

 なぜ老師相手に勝てるなどと思ってしまったのか。

 後悔と恐怖が嵐のように吹き荒れる。

 視界が明滅し始めた。

 重度の混乱からだろう。

 わかった所でどうしようもない。

 目の前に迫る死は、避けようがないのだから。

「ア――」

 意識が遠退く。

 受け入れがたい現実から少しでも逃れるために。

 一面の暗闇に落ちると、絶望から膝を抱えてうずくまる。

 近くで誰かが戦っていた。

 怖い。

 早く終わってと、耳を塞いでこいねがう。


 ――もういいよ。


 優しい声に顔を上げる。

「……あれ?」

 意識が戻ると、目の前にダムドの顔があった。

 首を掴んで亀裂の入った壁に押し付けているのは、他でもない自分だ。

「化け物」

 うめくように言ったダムドの体が、光の粒子となって消えた。

 何が起こったのだろう。

 状況に、理解が追いつかない。

 答えを求めて辺りを見回すと、エルマーが距離を置いて立ち尽くしていた。

 目を見開いて愕然と。

「ふふ」

 あんなにも柔和で落ち着きのある男でもこんな顔をするのだ。

 それがおかしくて、つい笑ってしまった。

「ふふふふふ」

 怖がった後だからだろうか。

 しばらく笑いが止まらなかった。


 §


 ――疲れたから休憩。

 そう言ってガルムは宿舎へ向かった。

 一人残され、半ば呆然と座り込む。

 当然だがまるで歯が立たなかった。

 実力差がありすぎる。

 ガルムもあまりの弱さに困惑していた……ように見えた。

 こんな事でブラド達と戦えるのか。

 今更ながら不安になってきた。

「お一人ですか?」

 そこへ、レアリが現れた。

 食堂での片付けが済んだらしい。

「ガルム隊長はどちらに?」

「疲れたから休憩って、一旦宿舎に」

「そうですか」

 言って隣に座る。

「ラスト達は?」

 聞かれる前に話を振る。

 問題の先送りでしかないとわかっていても。

「部屋で休んでいます」

「ウノはあれからも食べてたの?」

 食堂を出る時もまだ数人前は残っていた筈だ。

「ええ。気に入ったようで全部食べてくれました」

「この世界の人達は、みんなあんなに食べるの?」

 少なくともトットが作った食事は普通の量だった。

「私達虚無と呼ばれる生き物は少し特殊ですが、ガルム隊長はどうでしょう」

 小さく首を傾げてから。

「我々の血を継いでいるとはいえ、やや行き過ぎた健啖家けんたんかのように思えます」

 それを聞いて少し安心した。

「だよね」

 あれが標準ではどれだけの土地や資源があっても食糧生産が追い付かない。

 僕が気にする事でもないが。

「……ガルムさんには、勝てなかったよ」

 耐え切れなくなって、ついに自分から言った。

 きっとレアリから聞いてくる事はないように思えたから。

 こちらの消沈を、恐らく彼女は一目で見抜いていた。

 だから他愛もない会話に付き合ってくれたのだ。

 そんな優しさに、いつまでも甘えていられない。

「ごめん」

「なぜ謝るんです?」

 こちらを見据える瞳に、とがめるような色はない。

「それは――」

 勝てなかったから

 失望させたから。

 言葉に詰まっていると、レアリは立ち上がった。

 どこに行くのかと思えば目の前で膝を突く。

「……?」

 そしてこちらが見上げるより先に両手で顔を持ち上げると、唇を重ねてきた。

「っ!?」

 驚きに目を見開く。

 視界に入るのは、対照的に閉じられた少女のまぶた

 僅かに震える睫毛まつげ

 艶やかな肌。

 それらに見入っていると、やがて唇が離れた。

 ほのかに紅潮した頬。

 開かれる瞳。

 目が逸らせない。

 これは未だに両手で顔を固定されているからでもある。

 レアリは恥ずかしげもなく微笑む。

「別に勝利を求めていた訳ではありませんよ」

「……?」

 咄嗟とっさに話の続きをしているのだとわからなかった。

 動揺が大きすぎる。

 それよりも説明して欲しい事があるのに、言葉が出て来ない。

「ツカサさんは、霊峰で目覚める前に夢を見ませんでしたか?」

「え?」

 唐突な問いに、困惑が増す。

「見た、けど」

 あまり思い出したくない、まやかしの夢だ。

 なぜ今になってそんな事を聞くのか。

「その中で戦う事はありませんでしたか?」

「あったよ」

 意図が掴めない。

「霊峰に運ばれた魂に夢を見せる装置は、元は転生者の訓練用に開発されたものなんです。転生者をきたえるとなれば周囲の被害も大きくなってしまうので、極力それを抑えられるようにと」

 睡眠学習装置のようなものだろうか。

「それは……それを使ってた僕もある程度は戦える筈って事?」

 その割りには防戦一方だったが。

「現実の動きに反映出来るようになる速度は個人差があります。ガルム隊長との立ち合いは、だからまず体に覚えさせるためでした」

「そう、だったんだ」

 出来れば最初に聞いておきたかった。

 言われてみればと思い当たる節もある。

 自分が直感で動きすぎている懸念はあった。

 そしてその勘にどの程度頼るべきかという迷いも。

 未だ抜け切らぬ自己不信があだとなっていたらしい。

 根拠があるなら、もう少し自分を信じてみるか。

「こればかりは実戦をこなすしかないのですが、辛いようでしたら無理強いは出来ませんし、やめにしますか?」

 結論が出た所で、思わぬ選択肢を与えられる。

「…………」

 沈黙は逡巡しゅんじゅんからではない。

 既に腹は決まっている。

 ただ少し、考えてしまった。

 ここで頷いても、レアリは嫌な顔一つしないだろうと。

 けれどそれはきっと、落胆されるよりずっと辛い。

「やめないよ」

 度重なる敗北にさいなまれはしたが、

「僕はまだ、何者でもないから」

 進むと決めた道に背を向ける気はない。

「そうですか」

 レアリが身を離す。

 立ち上がるその顔は、心なしか嬉しそうに見えた。

「では、これで失礼しますね」

「――あ、うん」

 反射的に頷く。

 そうではないと思いながら。

「お邪魔しました」

 落ち着いた足取りで去って行く。

 まだ一番説明の欲しい事に触れていないのに。

 あのキスは何だったのか。

「…………」

 今更触れていいのかわからず、呆けた顔でその背を見送った。


次くらいで一旦区切ろうか悩んでいます

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