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01

明けましておめでとうございます

 レアリ達が戻った。

 そのしらせを聞くなり、トルミレは足早に部屋を出た。

 こちらの静止を聞かずリオネラが飛び出してから、既に数時間が経っている。

 結界に大穴が空いたという報告以降、ケイモンとは連絡が取れていない。

 リオネラの後を追う形で調査隊も差し向けたが、こちらも到着待ち。

 いくら飛竜を用いても、その速度は巫女に遠く及ばない。

 これなら自分が行くのだったと、留守を預かった事を後悔し始めていた所だ。

 待たされる方の身にもなって欲しい。

 ――随分遅かったじゃない。

 そんな憎まれ口を叩くつもりでいた。

「――え?」

 だが戻った二人を見て、そんな思惑は消し飛んだ。

 そこにいたのはレアリとリオネラのみ。

「……あんた達、二人だけ?」

 ラストがいない。

 老師のレオとノーランも。

 遅れて来るのか。

 しかし見上げた空に飛竜はおらず、持ち上げたあごを呆然と下す。

「すみません。私達も逃げるのに精一杯で、詳しい消息までは」

「ごめん。トルミレ姉さま」

 驚きから、思考が止まりそうになる。

「て、敵は?」

 それは後だと自分に言い聞かせる。

 犠牲に見合った成果はあったのだろうと、期待にすがる思いで。

「誰も、倒せていません」

「――――」

 それほどかと言葉を失う。

 被害甚大だ。

 敵の戦力を完全に見誤っていた。

 これでは総力を挙げて勝てるかも怪しい。

「それに、私が確認しただけでも一体、結界の穴から虚無が入り込みました」

「きょ」

 畳み掛けるような事実に、思わず目をく。

 まだ外に生き残りがいたのだ。

 すぐにでも対処しなければならない。

 だがトルミレは、はやる気持ちを抑えてレアリとリオネラを抱きしめた。

「あんた達は、一先ず休んでなさい」

 この二人が戻ってくれた。

 それだけでもよしとしなくては。

「後の事はあたし達でやっておくから」

 身を離して告げる。

「姉さま……」

「ありがとうございます」

 とはいえどうすればいいのか。

 どう動くにしても情報が必要だった。

 知りたい事は山ほどある。

 まずは連絡の取れなくなったケイモンの被害状況。

 侵入したという虚無の動向。

 それらの元凶であるブラドの所在。

 既に相応の人員は送ってある。

 襲撃も視野に入れてこちら側の守りも堅めなければならない。

 だが今の戦力で耐えられるのだろうか。

「任せておきなさい」

 内心途方に暮れながらも、弱っている二人の手前気丈に振る舞う。

「にしても酷い恰好ね」

 改めて二人を見る。

 リオネラの法衣はあちこち破れてぼろぼろ。

 レアリに至ってはどこで拾ったかわからぬ布を体に巻きつけている。

 仮にも信仰の象徴である巫女がしていい恰好ではなかった。

 思わず周りの侍女や衛兵も下がらせたくなる。

 けれどあまり神経質に騒ぎ立てるのもよくない。

「そうでしょうか。これはこれで」

「いいえ。ありえません」

 努めて控えめにとたしなめるトルミレに、悪意はない。

 レアリは昔からその辺りの自覚に欠けていた。

 多少うとまれようとも、誰かが言ってやらねばならない。

 そうした善意から出た言葉である。

 こうしたやり取りは別段珍しいものではない。

 そして大抵はレアリが折れる。

「…………」

 しかし今回に限っては、不自然な間が置かれた。

 笑みは崩さず、けれどうなずきもせず。

 ただよい始めた不穏な空気を、一早く察したのはリオネラだった。

「どうだろう姉さま方、その話は後回しにしては」

「そうですね」

 鷹揚おうように頷いてから、

「まぁ、私はドレスに見えない事もないと思いますが」

 レアリはなおも食い下がった。

「物事の感じ方は人それぞれですから」

 まるで後回しにする気がない物言いに、トルミレは目を丸くする。

 普段ならレアリが随従ずいじゅうする形で収まるのだ。

 寛容の代名詞みたいな女の反応ではない。

 この騒動で珍しく機嫌が悪いのか。

「言うじゃない」

 しかしトルミレもトルミレで、そんな風に言われて引き下がれる性格ではない。

「確かに、ドレスに見えない事もないわね」

 肩を竦めて同意する。

 あくまでも表面上は。

「そうで――」

「子供同士のおままごとなら、ね」

 レアリが頷くのに合わせて皮肉を被せる。

「…………」

 再び沈黙が降りる。

 巫女同士の口論は珍しい。

 その片方がレアリともなれば尚更。

 無言ながら周囲にも困惑が広がっていた。

「あー、トルミレ姉さま。今のレアリ姉さまはあんまり突かない方が――」

「でもあんたは違う、でしょう?」

 リオネラの言葉を、仲裁ちゅうさいはいらぬとばかりにさえぎる。

「いつも言ってるけどもう少しその辺の自覚を」

「お姉さま」

 畳み掛けようとするその唇に、レアリは人差し指を添えた。

「な、なによ」

 わずかな狼狽ろうばいを見せつつ顎を引く。

 トルミレは最後まで気付かなかった。

 彼女が本物のレアリでない事を。

 直後、目前での爆発。

 衝撃に、トルミレは顔から煙を上げながら床に叩きつけられた。

 周囲の誰もが唖然と言葉を失う。

 ただ一人、レアリに化けたブラドだけが変わらぬ笑みをたたえて言った。

「口は禍の元、ですよ」


 §


 レアリが眠りについてから、それなりに経った……気がする。

 時間を確認する手段がないので正確ではないが、少なくとも一日。

 その間ラストも僕も、特に何もせずにいた。

 気になって聞いてみた所、巫女も食事は必要ないらしい。

 強いて言うならこの泉に含まれている霊子の吸収がその代わりなのだとか。

 まだ目覚める様子はない。

 ラストが付きっ切りで診ているので、自分も出来る事をやろうと立ち上がる。

「ちょっと、周りを見てきてもいい、かな?」

 ここがどこかもわからない状況だ。

 調べておいて損はないだろう。

「逃げる気?」

 冷ややかな視線。

 ラストとの信頼関係を築いていく事も今後の課題である。

「いや、逃げないよ。すぐ戻るから」

「戻って来なかったら、許さないから」

「戻るってば」

 気長にいくしかない。

 周囲に人の住処はないのか、どこも草木に覆われていた。

 霊峰程ではないが、ここの植物もそれなりの光を宿している。

 ブラドに洞穴の外に連れ出された事を思い出す。

 あの時は背負われていた。

 今は自分の足で進んでいる。

 あれからまだ一週間も経っていないのだ。

 僕にとっては目まぐるしい展開の連続だった。

 そのどれも未だ実感に乏しい。

 全て夢であってくれればどんなにいいだろう。

 だがこの悪夢が覚める事はない。

 進むしかない。

 先行きの見えぬ、この森のような道を。

 鳥の鳴き声や動物の足音が聞こえるばかりで、それらしい道は一向に見えてこない。

 泉から十分ほど歩いただろうか。

 すぐに戻ると言った手前、これ以上待たせるのもよくない。

 そう思ってきびすを返すと、近くの茂みが揺れた。

 どうせ動物だろう。

 しかし襲われる事もあるか。

 今更になって危機感が頭によぎる。

 死にはすまいが、また森を吹き飛ばすのは避けたい。

「あ……」

 そんな懸念に反して木陰から顔を覗かせていたのは、無害そうな少女であった。

 まだ子供だ。

 恐らくは十かそこらの。

 長い黒髪に、褐色の肌。

 近くに人の住処があるのだろうか。

「こんにちは」

 警戒されても困るので挨拶をしておく。

「ちはー」

 手を振ってくれる。

 やけに袖の長い服を着ていた。

「この辺の人、かな?」

 聞いている間に近づいてくる。

 幸いこちらをいぶかしむ様子はない。

「このへん」

 言葉は通じている筈だが、どうにも要領を得ない。

 正面に立たれて初めて、少女が靴を履いていない事に気付いた。

 そして袖は長いのではなく単純にサイズが大きいだけだ。

「君、迷子?」

「まいご」

 にっこり笑う。

 こんな陽気な迷子はいないと思った。

 妙な子供である。

「君のお家は?」

「おうち……」

 判然としない復唱に、思案らしき沈黙。

「……ここ」

「ンな馬鹿な」

 森で暮らす。

 そんな野生児が存在するのか。

 しかしないと言い切れる程僕はこの世界を知らない。

「お父さんかお母さんは?」

「……?」

 こちらを見上げながら、今度は首を傾げてみせる。

 数秒の硬直。

「あー」

 それから、何か思い当たったような顔で空を指差した。

「…………」

 まるで死別を示すようなその仕草に、返す言葉を見失う。

(まだこんな小さいのに)

 身を寄せる家はあるのだろうか。

 それとも本当に、たった一人でここに住んでいるのか。

 だが不憫ふびんに思っても助けてやれる訳でもない。

「ごめん」

 自分の安全すら危うい身の上なのだ。

 頭をでてやる。

 はげますつもりで。

「お互い頑張ろうな」

「……?」

 ぽかんと小さく口を開く、あどけない顔。

 わからずとも良い。

「じゃあ、僕は戻らないといけないから」

 手を振ると、鏡合わせに同じ所作。

 背を向けて歩き出す。

 変わらず聞こえる動物の声。

 そして背後には、僕のではない足音。

 いつまで経っても離れて行かないので、仕方なく振り返る。

 少女は、変わらぬ距離でそこにいた。

「ついて来ちゃ駄目だよ」

「だめ……?」

「そう」

「…………」

 上目遣いに僕を見る。

 不満げに。

「そんな顔しても、駄目なものは駄目だからね」

 答えを待たず背を向ける。

 足音は、変わらずついて来た。

 吐息を漏らす。

「駄目だってば……」



「……何それ」

 戻るなり聞かれた。

 それ、とは当然横にいる少女の事だ。

 あれから何度駄目だと言っても離れなかったので諦めた。

「えっと」

 何から説明すべきだろう。

 短い帰路の内に考えておくのだった。

「何で探索に出て子供を拾ってくるの」

「いや、拾った訳じゃ」

「返してきて」

「いや、だから――」

 返せるものなら返したい。

 だが誰に、あるいはどこに返せばいいのか。

 ここまでの経緯を説明していると、少女は泉に入り始めた。

「あ」

「ちょっと――」

 語気も鋭く見咎みとがめる、ラストの顔が凍り付く。

 頭髪が逆立つようなふくらみを見せた。

「あんた、何連れてきたの」

 視線は少女に向けたまま、硬い問いのみこちらへと。

「え?」

 答えを待たず、ラストはゆっくりとレアリから離れた。

 きつく見据えたまま少女の元へ。

「ここから出て」

 自分よりも小柄な相手に対する、過剰かじょうなまでの威圧。

 その理由は、幸いすぐに知る所となる。

 ラストの手が少女の肩に伸びる。

 直後、ラストの体が盛大に飛沫を上げながら宙を舞った。

 驚愕は二つ。

 一つは少女が暴力による抵抗に及んだ事。

 二つ目は、その体に起こった変化である。

 ラストを蹴り上げた左足。

 それが、異様な長さをしていた。

 少女自身の身長を遥かに超える長さ。

「え」

 すぐそれに合わせて他の手足も伸び始めた。

 みるみる背丈が伸びていく。

 それでいて病的な程の細身。

 褐色の肌はより黒く。

 顔が溶け落ち、頭蓋が露出する。

「あ……!」

 見間違いようもない。

 ソレは、結界の穴から落ちてきた怪物だった。

(どうしてここに――いや)

 その理由は後回しだ。

 今この場で戦闘になるのはまずい。

 未だ眠ったままのレアリが巻き込まれてしまう。

 それは当然ラストもわかっている。

 だからこそ空中に制止したまま攻められずにいるのだ。

 下手に刺激する事なく、何とかしてこの場から引き離す。

 そんな都合のいい方法を探しあぐねていると、髑髏どくろの視線が動いた。

 ラストから、レアリへと。

「っ!」

 まずい。

「駄目だ!」

 焦る気持ちから、声が出た。

 言ってから情けなくなる。

 声を掛けるくらいしか出来ないとは。

 こちらから仕掛けられない以上、主導権はあちらにある。

 逆の立場なら耳は貸さない。

 理由がない。

 しかしいかなる気まぐれか、髑髏はこちらに振り向いた。

 無防備な背中を晒すのは、ラストの意図を知っての事か。

「駄目だよ」

 判然とせぬまま続ける。

「ここで戦っちゃ」

 一縷いちるの希望を掛けた、懇願に近い呼び掛け。

 気まぐれでないなら同情か。

 髑髏の体が縮み始めた。

 すぐに元の少女の姿に。

 にわかには信じがたい反応に、ラストと顔を見合わせる。

(敵意はない、のか?)

 こちらの困惑も意に介さず、少女は泉に肩まで沈む。

 それきり、全く動かなくなった。


今年もよろしくおねがいします

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