男色疑惑
そしてようやく情報収集である。意外なことに、玉芳は主戦力でもあった。
「わたくしは容家の花淑様の元に身を寄せておりました。花淑様はこのお妃選びの最有力候補でいらっしゃるんです。容家はご存じの通り丞相のお家柄。その愛娘花淑様となれば、容貌、身分、体つきのいずれをとっても並びない方であると。そういうわけで花淑様の所には人も物も情報も集まっておりました。いまさらわたくしが新参で侍っても意味がございませんでしたが……いえ、その話はよいのです。皇帝陛下の人となり、でございますわよね?」
雪香は勢い込んで頷いた。
「えぇ。陛下が何をお好みになるのか、ぜひとも知りたいの」
玉芳は思い出しながら話し始めた。
「これはもちろん聞いた話です。ですがどうやら、陛下は女嫌いでいらっしゃるご様子。と言いますのも、令嬢の中には宦官を賄賂で釣って、正寝殿の陛下の閨に潜む者もいたのでございます。わたくしの父や叔父を見ましても、そういう時、男性は多少好みではなくとも、据え膳を食うものではございますまいか」
雪香と水琴ははっとして目を見合わせた。確かに。よほど好みでなければあれだが、そもそも後宮に入宮しようという令嬢である。容色に自信があって当然と言える。その女性が閨に忍び込んでいるのに、手をつけない。……つまり……。
「そう、陛下は男色家なのではないかという噂があるのでございます」
「っっっ!!」
幼女趣味じゃなくて男色家!
「――ぶはっ」
後方で通海が吹き出す音が聞こえたが、雪香や水琴としてはそれどころではなかった。
「つるぺたすっとんがお好きなのも、男色家ならば納得もいきますもの。容家は総力を結集して、陛下が男色家たる証を探そうとしたのでございます。と言いますのも、陛下と御子をなすことが不可能となれば、次は陛下の甥殿下方に狙いを定めるべきでございますから」
さすがは丞相。いかに外戚として権力を握るかについて、判断が早い。
「そ、それでどうなったの……?」
おそるおそる聞くと、玉芳は重々しく頷いた。
「そこに現れたのがお嬢様、あなた様でございます。容家は今、お嬢様に注目しているのでございます。お嬢様が陛下のご寵愛をいただくのならば、男色家に非ず。しかしお嬢様を寵愛なさるふりをして、実は閨でのご寵愛がなければ……」
「……男色家、決定……」
雪香は青ざめた。あんなにあんなに可愛かった少年が、男色家。どこで育て方を誤ったのだろうか。いや、むしろ可愛かったからこそ男色に目覚めてしまったのだろうか。
男色家ならば国母は無理、と考えてから不意に雪香は気づいた。気づいてしまった。全てが一つの線で繋がる感覚は、爽快でさえあった。
「そ、そういうことなのね!?」
果王涼風の言葉で雪香を厚遇してくれた皇帝。何段階をも跳び越えた厚遇を、たかだか甥の一言で実行するその意味。つるぺたすっとん好きなのに、雪香に何かと話しかけてくれる皇帝。
美少年果王に片思いする皇帝凌風と、その男色を隠す目くらましとして雪香を利用する図式が今、はっきりと見えた。
不思議だった。もっと悲しいと思っていた。裏切られたとさえ思ってもいいのに、今の雪香の胸の内を占めるのは、爽やかな高揚感だった。
「わたくし……このために生まれてきたのだわ……!」
ずっと弟のように気に掛けていた凌風。その彼の、隠れた恋を後押しするために、雪香は今ここにいるのではなかろうか。
「斗母娘娘、感謝いたします……!」
桐美殿にもしつらえてあった、斗母元君の廟室の方を伏し拝んで、雪香は叫んだ。大丈夫、やれる。必ずや凌風と涼風の間を取り持って、隠された恋を守ってみせる。それが雪香が生まれかわった使命であるのだ……!! この使命を果たせば一人前の仙女になれるという確信が、天から降ってきた。これぞまさしく天啓!
「……嬢ちゃんがなんか暴走始めたぞ……」
玉芳はもちろん、水琴でさえ雪香の言動がさっぱり分からない中、意味不明ながらも不穏な空気を感じ取った通海は、さすが仙人というべき鋭さであった。
改めて座り、お茶を嗜んで心を静めた雪香は、さらに玉芳から情報を聞き出した。
「陛下がお胸がささやかな女性に話しかけられたのは最初の数人だけで、その選ばれた数人の中に花淑様はいらっしゃいました。そのため、それ以降も後宮に暮らしていらっしゃるのです。ですが花淑様ももうすぐ十八。このまま見込みがなければ他家に嫁がせる頃合いと、容家のお父君も案じていらっしゃるようなのです。ですが肝心の花淑様は皇后こそ御身に相応しい地位と確信していらっしゃるので……今の花淑様にとって最も目障りなのはお嬢様であり、最も陛下のお好みを探るのに適した方もまた、お嬢様なのです」
玉芳の言葉に、雪香はため息をついた。つまり、雪香は皇后になる気満々の花淑から、その座をかすめ取らなければならないのだ。全ては凌風の幸福のために。
「どうしたら花淑様は諦めてくださるかしら……」
「さすがに男色家と分かれば諦められると存じますが」
それは駄目だ。雪香は凌風と涼風の恋を守るための、隠れ蓑になりたいのだ。そして適当なところで出家する。そうなれば晴れて仙女という誉れを与えられるはずなのである。
それなのに凌風が男色家であることが露わになれば、もしかしたら果王涼風は皇帝を惑わした美少年として、遠方の地に追いやられるかもしれないではないか。そんなの絶対に駄目だ。
「決まってます。お嬢様がこれ以上なく陛下からご寵愛をいただいていて、他の方など入る隙もないってことを見せつければいいんです!」
水琴が胸を張って答えた。
「……まぁ、それが妥当なところでしょうな。容家も息女に皇子を産ませたい思惑はあるでしょうが、愛されず後宮に埋もれさせるくらいなら、他家との繋がりに使いたいと思われることでしょう」
玉芳も通海の言葉に頷いた。
「花淑様は容色の優れたお方です。早々に見切りをつけられて後宮を離れられることも、充分に考えられますわ」
雪香は頷いた。やることは決定したのである。つまり、皇帝から寵愛をいただいていることを見せつける作戦である。
「……お腹痛くなってきたわ……」
あの美貌の男性から何くれとなく話しかけられ、手を握られたり隣に座らされたりするのである。緊張に今から胃が痛いが、これは親愛なる二人のためである。二人が安心して愛を育めるよう、尽力するのが雪香の役目である。多少胃が痛かろうが耐えられるはずだ……たぶん。
まずは二人の仲がどれだけ進んでいるのか、それを調査する。敵を知るにはまず情報から。雪香頑張る!
「不安しかない」
通海の言葉に頷いた。不安しかない。でもやるしかないのだ。それもこれも仙女になるついでに、凌風の幸福な将来の地盤を固めるためである。お姉ちゃん頑張る。
そうして雪香の後宮生活が本格的に始まったわけだった。




