照らされた気持ち
学園祭に、恋の事件はつきもの。
はーーーー。
私は、吾妻苺は、また静かにため息をつく。
薄暗い体育館。カーテンは締められ、換気のために開けられた窓の風にそよいでいる。
ステージの方を見ると、2人の生徒が、広い舞台の上で身振り手振りを交えてお話をしている。
今日は学園祭。
2日間続いた、準備期間を含むと半月ほど続いたこの学園祭も、いよいよ今日で終わる。このクラスが終わると、最後のクラスがミュージカルをすることになる。
普通の人なら名残惜しいなあ、なんてしみじみ思うだろうが、私は違う。
このため息は、前日準備の日からずっと付き纏っているのだ。
「いちご」
「……ん、はい」
小声で呼ばれ、小声で答える。
私を呼んだのは、隣に立つ青年、市川言理。ひょろりと背の高い、同じカーテン開け係の生徒だ。
「なんかぼーっとしてない?そろそろラストシーンだよ?」
「えー大丈夫だよ?楽しいし」
「ならいいけど…」
まぁ、大丈夫なわけが無いが。
私は、舞台を駆け回る少年少女を静かに見つめた。
──突然だが、私には好きな人がいた。
私が所属する部活の、副部長。
かっこよくってかっこよくってかっこいい、私の大大大好きな人だった。
そう、過去形。
前日準備の日、部活で学園祭展示を行うため招集がかかっていたのだが、彼は来なかった。
クラスの準備の方に行っているのかな?
そう思い、他の皆と作業を進めていた。
しかし、備品が足りなくなり、部長に頼まれ部室に取りに行った。すると、鍵が開けられていたはずの部室が閉められていた。のに、室内には電気がついていた。
──あれ?
恐る恐る、ドアをノックした。
……だいぶ経って、ガチャ、と鍵が開いた。出てきたのは、他の部活の子だった。
え?
その後ろから、副部長とまた知らない子が、顔を出した。その手には、某有名カードゲームのカードが握られていた。
………は?
「あ、苺、部室入る?」
「……っぁ、ぅん」
「そ」
彼は何事も無かったかのようにカードを片付け、2人を連れて行ってしまった。
……………は?
「何なん、あいつ!!!!!!!!!」
私はその場で叫んだ。泣きそうだった。
私の王子様は、何も手伝わないで、部室でカードゲームをしていたのだ。部員でもない子と3人で。
ふっざけんな。
一瞬で、嫌いになった。もう、一生好きにならないと、誓った。誓ったんだ。
───なのに。
主役の2人がいよいよ最後のシーンに駆け上がる。その舞台に、さっきの景色が重なった。
心臓がはねる。
このクラスの前は、副部長のクラスの演劇だった。
内容は、本当に、とても素晴らしかった。
そのあとエンドロールがあり、それも感動した。
うちのクラスもエンドロールやりたかったなあ、なんしてしみじみと思っていたら、突然、衣装を着ていない制服姿の男子ふたりが舞台に現れた。
へ
よく見た。その1人は、昨日のサボり魔ではないか。
どう考えたってキャストの中にいなかった彼に混乱し、舞台の真ん中で深々とお辞儀をする姿をまじまじと見つめた。
2人は他のキャストと同じように階段を下り、出口に走り向かった。
その最中、彼は、観客の方に手を振った。
スポットライトに照らされたその姿が、別の人のようにきらめいた。
ドッ
……何あれ。
キラキラ、かっこいい。
私の好きな人やば……って、あああああもう!!違うって!!
あとでミュージカルの詳細見たら、あの人音響代表だし!だから出てただけだし!でも代表だなんて流石カッコイイ……いやそいつの隣にいた子監督ですから!もっとすごい子ですから!でもやっぱり超絶カッコイイ……もー、だからサボり魔なんやってぇぇぇ
「いちご」
「はいっ」
やばい、そこそこ大きな声が出た。
と思ったが、もう体育館には電気がついていて騒がしく、舞台の上も片付け作業におわれていた。
え、もう終わったの?
「そうだよ、いちご」
呟きを拾う言理。その声は、少し尖っていた。
「すごいぼーっとしてましたけど、大丈夫なの?」
「まー………たぶん」
「大丈夫じゃないじゃん。もー俺1人でカーテン開けたんだからね?」
「ごめんなさい」
ぱん、と手を合わせる。やばい、次ぼんやりしてたら信用出来ないとか言い出しそう。やばい。
と言いつつ、静かになった言理の隣で、私はまた、手を振り輝く副部長のことを思い出した。
───私、まだ好きなの?あの副部長のことを。
話すと楽しいし、面白い。いつだって彼を笑顔にしたい。そんな気持ちが、まだあることは否めない。
あんな行動をした人に恋をするなんて、自分が許せないのは知ってる。のに、未だに彼の仕草が、笑顔が、名前が、何もかもが、私の心を奪う。思い出すだけで苦しい。苦しい……つらい……
「いちご」
「ずっ……何?っあ、カーテン」
私は体育館が暗く静かになり始めているのを察し、カーテンを締めた。よし、これでおっけー。でも副部長の方は全然おっけーじゃない……
「カーテンもあるけど」
「え?」
パ、と暗くなる。真っ暗な世界。
そして突然、舞台にスポットライトが当てられ明るくなる。言理を見上げると、真っ直ぐに私を見ていた。
「──いちごが何に悩んでるか知らないけどさ、何かあったら言って?」
「……え?」
「部活でなんかあったんだろ?いちごと同じ子から聞いた。めっちゃキレてたって」
「うっ」
痛いところをつかれた。また、何かが込み上げてきそうだった。
「だって……だって、副部長が部しつ」
「だから、頼って。」
「……え?」
「心配なことあったら、とりあえず俺に相談して。助けられるから。勝手に焦ったりしないで、頼ってみて」
「いちごがいると、騒がしくなるのが普通だろ?そんなため息ついたりぼーっとしてるの、苦しいよ」
「……言理」
はっきりと、視線が合った。
言理は私を見ていた。私も言理を見ていた。
……ふと、次の表情が見えた気がして、視線を逸らした。
顔が熱い。
苦しみが込み上げ、一筋の雫になって静かに流れ落ちた。
心臓が、高鳴っていた。
え?
何?
何事?
戸惑う私の視線の先。スポットライトが、新しい色で舞台を照らしている気がした。
つづく