91.アラサー令嬢は精霊と悩む
夕食の後は、今日は疲れたので…と早々に部屋へ引き上げた。
部屋に帰った後は、
「今日はコレがあるから…」
と、諦めたようにテーブルの上へ視線を投げた。
サリーも、そこに積まれた本にちらりと目をやり、無言で頷いた。
「何かございましたら、お呼びください…ご無理をなさらないように」
水差しを置いて、頭を下げ去ったサリーの足音が、完全に聞こえなくなったのを確認して、私は手を合わせて小さくつぶやいた。
「…闇の精霊様、いらっしゃいますか?」
ゆっくりと開いた手のひらの上に、コンパクトサイズの黒い鳥が現れる。
同時に、私と鳥を囲むようにして、ふわりと空気が変化した。
結界が張られたという感覚に、もう声を絞る必要はないなと思う。
黒い鳥の大きさや形は、その時その時で変化するが、色合いは変わらない。
黒の羽根と白銀の瞳。
いつの間にか見慣れた、その姿に微笑み、今日、『光の精霊』を守護に持つ女子学生――キャロルと会ったことを告げた。
「王宮の魔術師が持ってきた水晶で、確かに確認されたようです」
『そうか…』
そちらでは、『光の精霊』はまだ感じられないのかと、聞いていいものなのかな?とためらっていると、『闇の精霊』の方から声が掛かった。
『はっきりと、「光の精霊」を感じることはないが、お前から僅かに光の残滓のようなものを感じるな』
「あ! 私、今日キャロルさんと、少し触れる機会があったので…」
少しどころでなく、背後から抱くようになってしまいました、とは微妙に言いづらい。
『その娘に「光の精霊」が関わっていることは、間違いないだろう』
うん。それゲームの大前提だし!
「これから、彼女が勉強して『光の精霊』様の力を引き出すことで、結びつきが強くなるんですよね?」
念を押してみたが、『闇の精霊』の返事は芳しくなかった。
『どうだろうな…王子や宰相の息子、お前の友人たちは、力を引き出すまでもなく、最初から精霊達との結びつきが強かった』
(それは、そうなんだよね…)
王子の『火の精霊』も、シリウスの『水の精霊』も、姿こそなかったが、私に会う以前から互いに意思を交わしていた。
ついでに言えば、
『お前と私もだ』
…ですよね。
(簡単だったとは言わないけど、短期間の努力で話せるようになったもんなー)
『それが、元より我らと結びつきの強い、王家や貴族の血ゆえなら…その娘はこれから少しづつ、「光の精霊」の力を引き出せるようになるのかもしれない』
なるほど。
ゲームだとそういう流れだったもんね。
(どちらかと言えば、イレギュラーなのはこっちだしね)
そういえば…
「…闇の精霊様は前にも、人間の世界で『光の精霊』様とお会いしたことはありますよね?」
今まではどうだったのか、気になっていたのだ。
『ある』
「その時は、普通にお会いできたのでしょうか?」
『…会わなかった時もあったな』
「そ、それは何故に…」
『特に必要を感じなかった』
人間みたいに「久しぶり!何してた」とはならないのか…
「まぁ、精霊の世界ではいつでも会えますものね!」
『まぁ、必要ならな』
必要ないなら、何百年会わないでも平気そうに言われ、笑顔が引きつる。
(精霊同士の関係ってクールなのね…)
『だが人界にいるなら、気配くらいはすぐ分かったぞ』
今までと違うなら、やはり何かしらのトラブルなんだろうな。
(私の記憶以外にも、何かイレギュラーがあったんだろうか…)
無意識にうつむいていた頭に、黒の羽根が触れた。
『以前にも言ったが、お前たちに出来る事はないし、悩むことはない』
触れられた場所から、ふわっと体が暖かくなっていく気がした。
感動すると同時に、気遣われてしまって恐縮する。
(どちらかといえば、今はこちらが気遣う側だよね…)
「…『光の精霊』様が、ご無事だといいですね」
『消滅は感じない。それなりに存在しているのであろうよ』
「はい…」
『それに、「光の精霊」の力が必要なことが起きなければ、このままでも問題はなかろう』
(問題――ないのかなぁ…?)
もう休め…と、『闇の精霊』が去った後、私はまだ寝る訳にはいかないので、普段着のままベッドに横になって色々考えた。
『光の精霊』が必要になる事態というと…大規模な災害。
(精霊が守ってるこの国に、天変地異はない筈だから、主に魔物だよね)
あのゲームには『魔王』とかは出なかったから、魔物が増える理由とか攻めてくる理由もない。
(呼んだのは、シャーロットだ)
シャーロットは、『闇の精霊』の力で魔物を、北の森から召喚した。
(そう、呼んだだけなんだよね。魔物を増やしたわけでも、操った訳でもない)
命令がなくても、呼ばれた魔物は、本能のままに暴れて災害となる。
つまり、魔物が襲ってくるには、それを呼ぶ人間が必要だと言う事だ。
(『闇の精霊』以外にも、魔物を呼べる精霊がいるのかしら?)
そもそも『闇の精霊』は、どうやって魔物を呼ぶんだろう。
(ゲームだと、シャーロットが命令すると、黒い穴のような場所から魔物が出て来たのよね)
今になって思うと、あれは魔獣というより、『闇の精霊』自身の変化した姿にも思える。
おそらく『闇の精霊』はどんな姿にもなれるだろうけど、
(『魔物の姿になれますか?』…なんて、さすがに聞けないわ…)
どちらにせよ、ゲーム・シャーロットは、心臓強いなーと思う…
…そんなこんなを考えている内に、私は眠ってしまい、お姉様の本には手を触れじまいになってしまった。
普段着のまま眠っていた私を、サリーは「お行儀が悪い!」と叱りながらも、『お姉様選書』で疲れたせいだと思い、同情してくれましたが違います。
「シャーロット、もう何か読んだかしら?」
朝、学校へ行きの馬車の中で、どこかウキウキして聞いてくるお姉様に、申し訳が立ちませんでした。
ごめんなさい、お姉様。
今夜こそ…
上辺だけでも…
なんとかしたいと思います。
…同じ本を読んで感想を言い合うの楽しいよね!
…お姉様はそのために仲間を集めたけど、妹とも語り合いたいと思ってます!
次回はようやく『乙女ゲーム』!の筈…
※↓8月にUPしたお話です。悪役令嬢と聖女の話です。
よろしければ、読んでやってください~
『悪役令嬢は選択肢の幅に文句が言いたい!』
https://ncode.syosetu.com/n6624hu/




