90.アラサー令嬢は本を積まれる
更新期間が空いてしまい申し訳ないです(>_<)!
正門近くに行くと、馬車が止まっている場所があった。
たくさんの馬車がきちんと整列されていて、前世の大規模駐車場を思い出す。
ウイザーズ侯爵家の馬車は、門からそう離れていない場所にあったのですぐ分かった。
(馬車の位置って早い者勝ちとかでなく、家格っぽいな。それとも専用スペースがあるのかも)
ここまで見送りに来てくれた、王子、シリウス、ジャックに会釈する。
彼らはこれから、王子の馬車で、一緒に王城へ行くらしい。
「それでは、失礼致します」
「うん、また明日」
「はい」
走るなんて真似はできないが、それでもわずかに速足になって馬車にたどり着く。
見覚えのあるウイザーズ侯爵家の従者さんが、笑顔で開けてくれたドアから入ると、中にはお姉様が既に待機していた。
「お待たせして申し訳ございません、お姉様」
「大丈夫よ、私もついさっき来たの」
私は笑顔を保ちつつ、『危なかった…』とひやりとした。
一応ジャックに、辺りに貴族令嬢がいないか見計らってもらっての移動だったが、ここでお姉様と鉢合わせては全てが台無しである。
(ザコキャラは避けたのに、ボスキャラに当たったみたいな…)
出発します…の声の後、滑るように馬車は動き出した。
この世界の馬車に乗るまでは、中途半端なアチラでの知識で、激しく揺れて酔ったらどうしよう(前世では乗り物酔いする質でした…)とか、お尻が痛くなるんだろうな…と心配だったが、さすが乙女ゲーム。
王城や、侯爵家までの道は舗装されていて、些細な揺れしか感じないし、車内のクッションも柔らかく快適だ。
そんな快適な車内で、
「シャーロット、入学式は素敵だったわ…」
お姉様がうっとりとつぶやいた。
目はめっちゃ遠くをご覧になっている。
「貴女と殿下が手に手を取って、講堂を歩いている姿は、まるで『…の花嫁は指輪を捨てる』のラストシーンのようだったわ…」
前々から思っていたのだが、お姉様のつぶやくロマンス小説のタイトルは、前世のハー●クインなんちゃらを彷彿させる。
(読んだことはなかったけど、こんな感じだったよね)
図書館の壁に、ずらりと並んでいたのを見たことがある。
こんなにあるんだ!と目を丸くしたっけ。
「二人とも制服じゃなかったら…いえ、制服だからこそ、尊いのかもしれないわね」
そこから続くお姉様のお話では、『制服で駆け落ち』した話はまだないが、『貴族学園の令息と平民の女子の駆け落ち』ストーリーはあったらしい。
「でも、その平民の女の子が実は…!」
隣国の大司教の娘で、許されない子として里子に出されたらしい。
うーん中々凝ってる話だな。
ちょっと読みたい…ていうか気になる。
「あの、お姉様。貴族学園の令息とのことですが、それは王太子殿下ではないのですか?」
「まさか!さすがにそれはダメよ。不敬じゃない!」
「不敬だから、ですか?」
幼少時でなく現在進行形で、王太子に迫っている姉に、『不敬』という概念があることに少し驚きつつ、聞き返す。
「それもあるし、平民として育った子が王妃様になるなんて、あまりにも現実的でないもの」
なるほど。この世界には『王子様』とのシンデレラストーリーはないらしい。
「シャーロットは知らないでしょうけど、平民の生活は貴族とは全く違うのよ?」
いえ、多分お姉様よりよく知っております…という訳にもいかないので、お姉様のロマンス小説経由の『平民生活』を拝聴する。
お姉様によれば、平民として育った少女が貴族の奥方になるのは、一生懸命努力すれば可能(『愛があるからできる努力よね!』とお姉様)でも、王妃になるには生まれや育ちが必須らしい。
「だって、王妃様は外交もされるのよ。元平民と侮られたら国の損失になるわ。外に出さず、名前ばかりの妃にはなれるでしょうけど…実態が伴わない生活は不幸だわ」
きっぱり言い切るお姉様は、愛で目が曇る事はあっても、さすが『侯爵令嬢』だなーと感心する。
「でもお姉様、現実的でないから『お話』なのでは?」
「何を言ってるのシャーロット! どんなに不思議なお話も『もしかしたらあるかもしれない…』って思わせるから素晴らしいんじゃない!」
おぉ!真理だ。
さすがだなぁと…筋金入りのロマンス小説愛に感心していると、気をよくしたのか、抑圧されたものが噴出したのか、侯爵邸に帰り着くまで『そもそもロマンス小説とは…』を語られ、また帰ってからも『興味出たのよね!是非コレを読んでみて』の嵐にさらされた。
「シャーロット様…」
「何も言わないで、サリー…」
自室のテーブルの上、うず高く積まれたロマンス小説を前に、二人して目が遠くなってしまった。
その日のディナーの席でさりげなく、
「私と同じクラスに、『光の精霊』の守護精霊持ちが現れましたのよ」
と告げると、父も母もあまり驚かなかった。
「ほう」
「まぁ…」
(既に知っていた感じだなー。王様から話とかあったんだろうな)
今のところ、婚約を解除する素振りはまるでないけど。
「『聖女』とタイトルにある、お話はたくさんあってよ。私はあまり好きではないけど…一度お会いしたいわね」
姉にとっては、ロマンス小説の題材くらいの興味らしい。
これはこれで極端な例だろうが、既に以前現れた『光の守護精霊持ち』が魔獣を退治してから何百年もたっている。
『殆ど伝説だ』と、シリウスが言っていたが、その通りなのかもしれない。
…アマレット姉様は自分(侯爵令嬢)が、王太子に迫るのは少しも不敬と思ってません。




