89.アラサー令嬢は恋愛脳になる
「…少し、予想と違っていたね」
「でも、良い方だったと思います」
「うん…まぁ」
『精霊審査』の部屋から、徒歩5分。
私達は、来賓用の部屋の一つに落ち着いていた。
他の1年生は、『精霊審査』が終了次第、帰宅してもいいし、教師に己の精霊についての説明を求めてもよいという事になっている。
本当は、キャロルもここに連れて来る予定で部屋を借りたのだが、久しぶりの『光の守護精霊』持ちの出現ということで、学園長直々にお言葉があるらしい。
ゲームだと、攻略対象が既に決まってたり、一度トゥルーエンドを迎えた後は、対応変わってたから…
(今はまだ、誰のルートにも入ってないってことか)
『シャーロット様…』
教師にドナドナされる時に、ヒロインに名残惜しそうに名前を呼ばれてしまったので、
『また、教室でお会いしましょうね』
と微笑んでみせた。
すると、顔がパーッと明るくなったので、もしかしたら彼女も、私に何か話したい事があるのかもしれない。
(彼女も前世記憶持ち…って感じではないよね)
困りごと等あるなら、相談に乗るのはやぶさかではないが…ヒロインとは、なるべく関わらないようにしようとの決意は変わり様がない。
ちなみに、ジャックは部屋の外で見張りをしている。
仲間外れにするようで、多少胸が痛んだが、本人は当然という態度で、すっと行動に移していた。
「シャーロットは…その、好かれていたね」
攻略対象『その1』の王子様の、少し言いづらそうな様子に私はハッとした。
(もしかして、これって嫉妬?)
ヒロインに興味が無さそうな振りしていたけど、やっぱり…!
(さすが全方位型美少女だわ!)
「私が一緒に転んでしまったから、キャロル様は気にされているのでしょう。優しい方ですね」
「うん…」
控えめな笑顔に、心の中で拳を握る。
(そんな顔しなくても、王子ルートなら結構簡単にフラグは立ちますよ!)
初日のイベントは終わったから、明日から気を配らないと。
「あー確かに、僕ら教室まで一緒に行ったんだけど、君の話ばかりしてたよ」
「まぁ…」
シリウスは明るく笑っているけど、幼馴染目線で見ると、何か黒い物も感じる…
(え…もしかして、シリウスも!?)
そういえば、今日一番、彼女と接していたのはシリウスだ。
シリウス攻略には、ルックスだけでなく、彼の知的好奇心を満たす会話が必要だ。
(こんな短い間に、フラグを立てたなんて…やっぱり、ヒロインの潜在能力は半端じゃない!)
でもどうしよう。
王子とシリウスのルート…途中までは一緒だから、このまま進めればいいか…
どちらかのルートの入ったら、そちらを盛り上げる感じで。
(さすがにハーレムエンドは、リアルだとどーかと思うしねー)
ハーレムエンドが出来るのは、王子のルートだけだ。
ヒロインが王子と結ばれて、他の攻略対象者は、王子に『永遠の忠誠』を、ヒロインに『永遠の愛』を誓うのだ。
(さすがに王子が、臣下の奥様に『永遠の愛』を誓う訳にはいかないもんね)
ハーレムエンドがトゥルーエンドじゃなかったは、選ばれなかった攻略対象者達が皆独身なんてエグ過ぎると、制作側も思ったのだろう。
(それでもハーレムエンドを設定に入れてくるあたり、強い需要があるんだろうな…分かる気もするけど)
ハーレムエンドは全ての攻略対象者の好感度を、地道にせっせと、積み上げなければならない。
私はそこまで根気よくなかったんで、友人の画面で見せてもらった。
確かにトキメクものはあったが、全員が
『君と結ばれなかったのは辛いけど、君の幸せを永遠に願い続けるよ』
それが僕の愛だ…みたいな事を云ってくるのは、ちょっと、いや大分怖かった気がする。
「それにしても、これで、『光の守護精霊』持ちが、今、僕らの前に現れたという事だね」
「あぁ…本当に、力を持った魔獣がここに現れたりするんだろうか…?」
深刻な声に『あっ!』と思いつつ、反省する。
まず魔獣だわ。
(すっかり頭がピンクになって忘れてた…己の断罪がかかっているとはいえ、我ながら残念すぎる)
「魔獣が現れた記述しか残らなかっただけで、必ず現れる訳ではないのでは…?」
大小の事件を記述してある『年代記』に、『今代は光の守護精霊持ちが現れましたが、平和でした』――なんて記述は残らない。
「そっちの可能性もあるけど、やはり警戒は大事だと思う」
「だね」
「先ほどの魔術師の皆さんの反応も、そんな感じでしたね」
「事前情報として何らかの通達はあったと思う。けど、来た時には緊張感がなかったから、やはり実際に目の当たりにするまで、信じられなかったんだろうね」
「まぁそれは僕らも同じだけど」
王子が苦笑を浮かべた。
「『闇の精霊』にも知らせないとね」
「はい」
私は精霊審査は受けないけど、審査に来た魔術師達に、万が一にも気取られては大変なので、今日は『闇の精霊』にご遠慮を願っていた。
「今、『光の精霊』様は、どんな様子なんでしょうね」
1年近く前は、闇の精霊が感じ取れない程、こちらに馴染んでないとのことだったが。
「うん、その辺は早く彼女にも聞きたいね」
私はにこりと微笑んだ。
「なるべく早く、こうした話し合いの場を、キャロル様と持ちましょう」
そうだね…という王子の言葉を遮るように、シリウスが口を開いた。
「その前に、『闇の精霊』の話を聞きたい。もしかしたら、彼女に伝えない方がいい事があるかもしれない」
それもそうだわ。
ゲームでのヒロインは、『光の精霊』の状態を疑問視してなかったし、もちろん『闇の精霊』の存在も知らない。
それで上手くいくなら、何も知らせない方が正しいのかもしれない。
「分かりました」
私は深く頷いた。
「家に戻りましたら、『闇の精霊』ときちんと話してみます」
「頼むよ」
『彼女を危険にさらしたくないんだ』――…うーむ、バイアスが入ってしまったせいか、王子やシリウスの言葉に、すべてヒロインを思いやる副音声が聞こえてしまう。
これがゲーム脳というやつか…(多分違う)。
「僕らも一緒に聞きたいんだけど…」
シリウスが悩ましく眉をひそめ、私も苦笑を浮かべる。
「今日は入学初日で、殿下もシリウスも忙しかったでしょうし…本日、私は…お姉様と、帰宅する予定です」
一言一言噛み締める様に告げると、王子が金縛りにあったように固まった。
明日から場合によっては、帰りの馬車が別になるが、今日は全学年ほぼ同じ時間に終業予定なので、どちらが先に終っても馬車で待つことになっている。
「そうだね。今日は色んな情報で頭がいっぱいだ」
シリウスがしみじみ疲れたという感じで、額に手を当てた。
私が頭で、
『そうだよね~、今まで想像していただけの『聖女』様にようやく会えたんだもんねー』
等と考えていると、シリウスがじろっとこちらをにらんだ。
「何か、他人事みたいな顔してるけど、君が誰かの下敷きになった事が、今日一番頭に重かったんだからね」
そ、それを言われると。
「そうだよ、シャーロット。さっきも言ったけど、動く前には、出来るだけ僕らを思い出してね」
王子に追い打ちをかけられて、私は、以後気をつけます…と控えめに頭を下げた。
…『出来るだけ、君を想っている僕らを思い出して』…自分あてのセリフには副音声が聞こえないアラサーさんです。
…そしてヒロインと一番接していたのは、シリウスでなくアラサーさんです。




